第34話:スイート野菜
嵐が過ぎ去った二日後。裏山に向かう道が落ち着くと、マノンさんと一緒に領民たちを連れて、野菜畑にやってきた。
すでに警備に来ていた騎士たちが、雨よけを撤去してくれていたこともあり、大きく実ったスイート野菜があちこちに見えている。
その強い甘みを表すかのように、色の濃い野菜に仕上がっていた。
「思っている以上に被害は少なく、無事に育っていますね。ところどころ収穫できそうなものも見えます」
こんなにも広々とした土地でスイート野菜を育て、大量に収穫できる日が、すぐそこまで来ている。
領民たちが育てた野菜は、嵐に負けなかったのだ。
少し前までは考えられなかったこの光景を見て、思わず胸が熱くなってしまう。
「じゃあ、各自に分かれて作業しましょうか」
「よし、俺が収穫しよう」
「いーや、俺が収穫しよう」
「馬鹿を言うな。俺が収穫しよう」
楽しみが待ちきれない子供か、と突っ込んでしまいたい。領民たちの気持ちがわからないでもないが、まだまだ嵐が過ぎ去ったばかりで、やることはたくさんある。
昨日は来れていないし、今日は収穫に向けての準備をしないと、無事に収穫することができなくなってしまう。
「撤去した雨よけを破棄しなければならないですし、嵐の影響で石や枝が飛んできていますから、先に片付けてください」
「お嬢が言うなら仕方ねえな」
「お嬢には逆らえねえよ」
「お嬢だもんな」
いったい私にどんなイメージを持っているのだろうか。野菜畑の管理者としては、これでいいのかもしれないが、無駄に信頼度が高まり続けているような印象がある。
雨よけの真実を領民たちは知らないはずなんだけど……、誰か情報漏らしてないよね? 感づいた騎士が酒場で話してるとかないよね?
公爵家で働く人たちだし、さすがにそんなことがあるわけ――。
「で、例の雨よけはどこにあるんだ?」
「馬鹿! 声が出けえよ! 口を滑らせて予備があった理由は聞くんじゃねえぞ!」
「そうだぞ。お嬢には知らないフリをする約束なんだからな」
完全にバレてるじゃないですか。どうせ内緒にするなら、もっとうまく内緒にしてくださいよ。
大勢の領民から一人ずつ感謝の言葉を受け取るわけにもいきませんし、知らないフリをしていただいた方が助かりますけどね。
それにマノンさんみたいに過剰な心配をされても困るし。
「奥方、護衛は任せて」
「作業中は手を握らないでくださいね」
「わかった。遠くに行かないように、服を引っ張ることにする」
迷惑をかけたのは私なので、マノンさんが過保護になるのは、仕方がない。
パッと見ただけでは、仕事場に甘えん坊な妹を連れてきたみたいな雰囲気になっているが。
裏山で作業する時間は限られているため、領民たちが片づける中、私はマノンさんと一緒に土と野菜の状態を見ながら、野菜畑を歩き回った。
水分を含みすぎている場所は火魔法で乾燥させ、魔力不足のものは水やりをして、収穫できそうなものには札を貼る。
どうせ歩き回るなら、私が収穫しても文句は言われないかもしれない。でも、楽しみにしている彼らに収穫を任せた方がいいだろう。
初めてスイート野菜を育てて、無事に収穫できるようになったんだから。
一通り野菜畑を回り終えると、ちょうど領民たちも作業が終わったみたいで、一か所に集まっていた。
さて、まだ時間もあることだし、もう少し働いてもらうとしよう。
「今日はこのまま解散……でもいいんですが、せっかくですので、スイート野菜を少しだけ収穫していきます。札が貼ってあるものだけ収穫して、街に運んでください」
キラーンッ! と、領民たちの目の色が変わる。それはもう、待ってました! と言わんばかりだった。
「お、お嬢。つまみ食いをしてもいいのか?」
「残念ながら、まだ収穫できるものは少ないです。なので、控え目にお願いします」
つまみ食いの許可を出した瞬間、領民たちは一斉に動き出す。
宝探しゲームでもする子供のように、すごい勢いで札のついたスイート野菜の方へ向かっていった。
「おい、こんなグラデーションが綺麗な白菜は初めて見たぜ」
「乙女心を表すような純白な芯だな」
「持っただけでわかるぜ。こいつはウマイと!」
無事に嵐を耐え抜いた野菜の収穫となり、領民たちのテンションがおかしいのは、言うまでもない。畑を荒らすほど取り乱している人はいないので、彼らの邪魔はしないでおこうと思う。
収穫が終わるまでは暇なため、地面に腰を下ろした私は、おばあちゃんの栽培日誌を読むことにした。
昨晩も読んでいたのだが、まだリクさんの魔獣化を止める方法は見つかっていない。ただ、色々と腑に落ちることはいくつかあった。
おばあちゃんが若い頃も薬草が金色に輝いていたこと。私が生まれる頃に薬草が変わり始めたこと。そして、この地で薬草が輝きを取り戻した理由が判明した。
「栽培者の魔力から心を読み取り、それが反映されるなんて……」
善意を持った栽培者が育てると浄化の魔力が宿り、悪意を持って育てると瘴気を生成する。薬草が成長するにつれて、周りに住む人々の心も反映されるらしく、非常に栽培が困難だと記されていた。
何よりも驚くのは、すべての薬草がこの性質を持つこと。その割合が低すぎるあまり知られていないが、ヒールライトは顕著に表れるらしい。
どうりでヒールライトが絶滅危惧種に指定され、実家でうまく栽培がいかなかったわけだ。植物学士が国家資格であることにも納得がいく。
でも、今はヒールライトでリクさんの治療薬が作りたいわけであって――。
「奥方、解決策は見つかった?」
「いろいろと知らないことが書かれていますが、薬のレシピは記載されていません。薬草のことばかりですね」
栽培日誌である以上、過度な期待をしてはならない。おばあちゃんの手紙に書いてなかった時点で、望みはかなり薄いような状態だった。
「薬のレシピが見つかるといいんですけど、なかなかうまくはいきませんね」
「大丈夫。それは奥方のせいじゃない。奥方にプレッシャーをかけるのは良くない」
「ん? リクさんに言われたんですか?」
「ううん。奥方は頑張りすぎるタイプだから」
植物学士の私にしかできない仕事があるだけで、頑張っているつもりはない。実家で薬草菜園を営んでいる時と比べたら、のんびり仕事ができている方だった。
騎士や侍女の方が厳しい仕事をしているはずなんだけどなー、と思っていると、ジャックスさんが小さな皿を持って近づいてくる。
そこには、栽培したばかりのスイートカボチャの切り身が載っていた。
私の護衛という仕事を優先して、つまみ食いに参加できなかったマノンさんが素早く動き、それを口にする。
「んっ! 生のカボチャが柔らかくて、甘い」
「収穫したばかりのスイート野菜は、特に柔らかい傾向がありますね。天気がいい日に干しておけば、もっと甘みが増しますよ」
敏感な獣人の舌にはデザート感覚なのか、味を想像したのであろうマノンさんとジャックスさんが、ゴクリッと喉を鳴らしていた。
「嬢ちゃんは食べねえのか?」
「私はリクさんの料理をお腹いっぱい食べたいので、夜ごはんの時間まで待ちます」
「なるほど。そっちの方が賢いかもしれないな」
正直に言うと、実家で生のスイート野菜ばかり食べていたから、あまり思い出したくない味なだけである。
生でも十分おいしいとは思うものの、私はリクさんの心のように温かい料理が食べたかった。
「そういえば、ジャックスさんは私のおばあちゃんと会ったことがあるんですか?」
「まだ俺がガキの頃に、何度かな。さすがに寿命で亡くなったが、親父の命を助けてもらったよ」
五十年前に起こった魔物の災害……か。ジャックスさんが騎士団に勤めているように、お父様も立派な騎士だったんだろう。
疑っているわけではないが、実際に会った人に話を聞けると、本当におばあちゃんがここで薬草栽培をしていたと実感する。
「昔のおばちゃんを知っている人と出会っていたなんて、不思議な感じです。私はおばあちゃんが聖女と呼ばれていたことも知らなかったんですよ」
「あの人は、自分から武勇伝を語るような人じゃねえよ。国から支払われた報奨金すら、何も言わずに寄付して帰っていったような人だからな」
な、なんと……。聖女と呼ばれる所以は、そういうところか。自分のおばあちゃんのこととはいえ、さすがにそれは驚いてしまう。
もし同じ立場だったら、おばあちゃんと一緒の行動が取れるかと聞かれたら……たぶん無理!
いま報奨金をいただいたら、おしゃれな服を買って、もう少し女の子っぽく見える努力をするだろう。リクさん……もとい、旦那さまにはいろいろ幻滅するような姿を見せているような気がするから、何とか巻き返したい。
だから、今のうちに言っておくべきだ。報奨金をもらう予定なんてないけど、聖女と呼ばれたおばあちゃんと比較されても困る。
「私に変な期待はしないでくださいね?」
「あの人に恩を返す機会ができてよかったとしか思ってねえよ」
そう言ったジャックスさんに、頭の上にポンポンッと手を乗せられ、出会った頃と同じように子ども扱いされるのだった。





