第30話:家族の食事……とは?
夜明けと共に嵐が過ぎ去った、翌日の早朝。無事に薬草菜園を守りきり、肩の荷を下ろしていると、あちこちで大きな物音が聞こえてくる。
窓ガラスに打ち付けていた板を剥がして、いつもの平凡な日常を迎え入れようと準備しているのだ。
雨漏りした水をバケツで捨てていたり、寝不足で欠伸をする人がいたり、土嚢を撤去したりと、街に大きな変化が生まれている。
家が浸水被害に遭った人もいるみたいだが、そういった被害の詳細を把握するには、最低でも一日以上は時間がかかる見通しだった。
心配していた野菜畑に関しては、疲れ果てるように戻ってきた騎士たちを見れば、結果はすぐにわかる。
何とか守りきれた……と、その哀愁漂う背中がすべてを物語っていた。
土砂崩れに警戒しながら、慣れない雨よけの修理に神経を使いすぎたんだろう。
野菜畑を管理する者として「ご苦労様です」と声をかけたら、ほとんどの人が疲れ切った表情のまま頷くだけだった。
まさに疲労困憊という言葉がピッタリな雰囲気である。
次はもっと余裕を持って丈夫なものを作ろうと、心に誓った。
今日はまだ始まったばかりだが、ゆっくり休んでほしい。そう言いたいところだが、疲れ果てた獣人たちがすぐに休むはずもない。
野生で暮らす動物のように目をギラギラとさせた彼らは、とある場所に吸い込まれていく。
もちろん、徹夜明けの湯あみを終えた私も、同じ場所に向かっていた。
今までにないくらい殺気に満ちた戦場……もとい、食欲に満ちた場所、ダイニングである。
亀爺さまや侍女を含めた草食系獣人たちはのんびりしたものだが、朝だけ肉を奪い合うストロングスタイルの肉食系獣人たちは暴走気味だ。
右手にフォークを持ち、左手にもフォークを持っているため、強い意思で肉を食べたい気持ちが伝わってくる。
もはや、パンやスープはいらない。肉をよこせ、と言っているように感じた。
そして、リクさんがいつも以上に大量の肉を大皿に載せてやってくると、獣人たちは戦闘体勢を取る。
肉を突き刺す準備をする中、彼らの前に皿が置かれようとした時、僅かに時間が止まった。
みんなの注目が肉から外れ、別の場所に集まっているのだ。
その場所とは――、
「奥方の席は向こう」
ストロングスタイルに挑戦しようと椅子に腰を下ろした、私が注目を浴びていた。
「ちょっと参加してみたいなーと思いまして」
特に深い意味はないが、あえて言うなら、これが家族になるための儀式だと思っている。
以前、マノンさんが『一緒に食事を楽しまないと、家族になった気がしない』と、言っていたから。
たとえ、リクさんが眉間にシワを寄せて難色を示したとしても、席を離れるつもりはない。
「レーネ、悪いことは言わない。やめておけ」
「いえ、参加します。もし肉が食べられなくても、文句は言いませんので」
「そういう問題ではなくてだな……」
許可を出そうとしないリクさんだったが、もはや空腹の獣人たちを待たせる術はない。
私に向けられていた視線が、いつの間にか肉の皿に移っているのだから。
「奥方、後悔しても知らないよ?」
「目標は、肉三枚です!」
「私の目標は、肉三キロ」
肉食の意識が高すぎない? と思っているのも束の間、止めても無駄だと思ったであろうリクさんが、テーブルの上に皿を置く。
その瞬間、食欲に身を任せた勝負が始まった。
バクバクバクッ! と、空腹の獣人たちが猛烈な勢いで肉を襲う。
両手に持ったフォークで肉を突き刺し、口に運んで咀嚼する。たったそれだけのことなのに、みんなの手がとんでもない速さで動いていた。
はたして、これは食事なのだろうか、狩りなのだろうか。
調理された肉に対して、襲うという言葉がピッタリだと思うあたり、もはやこれは狩りと言っても過言ではな……いや、食事である。
明らかに前者なのにもかかわらず、変な錯覚を起こしてしまうほど、みんなの食欲がすごすぎた。
しかし、私も朝ごはんを食べなければならない。なぜなら、徹夜明けでお腹が空いているから。
恐る恐るフォークを持ち、狙っていた肉を突き刺そうとした瞬間、どこからともなく誰かのフォークがやってきて、肉が奪い去られてしまう。
あれ、取られた……? なーんて思っていても、誰も気にかけてくれない。同じテーブルに着く獣人たちは、必死になって手を伸ばし、咀嚼し続けていた。
あえて言うなら、ちゃんと咀嚼していて、みんな偉い。一応、味わって食べているみたいだ。
まあ、皿にはいっぱい肉があるわけだし……と思い、別の肉に目標を変えても、それは同じこと。もう少しで肉にフォークが刺さる、という寸前で誰かに奪われる。
その結果、フォークが空を切り、皿にカツンッと当たってしまった。
いったいどうして……と、思っているのも束の間、まだ一口も食べていないのに、山盛りだった肉が早くも半分になろうとしている。
もしかしたら、みんな闇雲に手を出しているわけではないのかもしれない。目の前の肉から食べているわけではなく、誰かが皿から取りそうな肉に狙いを定めて、先に手を付けているんだ。
なんて意地汚い……! 食べ物の恨みは怖いとよく聞くが、今日ほど食事で人が変わると思ったことはなかった。
どちらかと言えば、今まで満足に食べられなかった私がその役目を担うと思うんですけど!
食事の時だけ化け物思考になるなんて、聞いてないよ! みんないつもの優しさを取り戻してくれ!
空腹の獣人たちに私の思いが届くはずもなく、カツンッカツンッと、次々にフォークを空振りしてしまう。
フンッフンッフンッ! と、連続でフォークを突き出しても、肉は刺さらない。
ちょっと勇気を出して、肉の塊に突き刺そうとすれば、あらゆる方向からフォークの雨が降り注ぐ。
ブスブスブスブスブス スカッ
なぜここだけ協力プレイ……! 本当に食欲に身を任せて奪い合っているのか!?
これは新たなイジメではないだろうか、と落ち込んでいる暇はない。山盛りにあった肉が、あっという間に無くなろうとしていた。
今なら言える。この席に着いたことを、ちょっとだけ後悔していると。リクさんの言うことを大人しく聞いておけばよかったと。
でも、せめて一枚くらい食べさせてよ! と、渾身のフォークを突き出すと、今までにない感触があった。
ブスブスブスブスブス ブスッ
絶対に奪われてはならないと思い、勢いよくフォークを引くと、みんなの視線が集まる。
「奥方。最後の一枚を奪っていくとは、なかなかやるな」
こうして、なぜか私が勝利したみたいな雰囲気になり、朝ごはんが幕を閉じた。
次に参加する機会があれば、もっとみんなの食欲が落ちている時にしようと心に決める。
そう思いながら食べる肉は、やっとの思いで取れた達成感と、家族として受け入れてもらったような雰囲気が重なり、格別の味がするのだった。





