第28話:家族
嵐が勢力を増す中、薬草の前で風魔法を展開する私は、何とか吹き飛ばされないように踏ん張っていた。
「こうして薬草を守るのは、久しぶりだなー……」
あれはまだ、おばあちゃんが亡くなったばかりのこと。
当時、一人でまともな雨よけが作れなかった私は、嵐が来るたびに身を呈して守っていた。
子供の力で設置した雨よけなんて、強風が吹けばすぐに壊れてしまう。家族を頼ることはできなかったので、独りで大雨に濡れ、強風で体がよろけながら、風魔法で守ってばかりだった。
いつ雨が止むのか、いつ風が止むのか、いつ雷雲は過ぎ去るのか。もう二度と朝が来ないんじゃないかと思うほど過酷だったと記憶している。
そして、現実は残酷なもので、希望の朝が訪れても良いニュースが訪れることはない。薬草の被害を目の当たりにして、己の無力さを痛感することになるのだから。
そういう時、私はいつも色々と考えた。
どうしてこんなことをしなければいけないんだろう。
ここまでして薬草を守る必要はあるのかな。
本当は育てる意味がないんじゃないか……と。
まだ子供だった私に薬草の価値なんてわからない。独り立ちするのがあまりにも早すぎて、薬草を育てる意味が見いだせず、おばあちゃんとの約束を恨んだこともあった。
でも、それももう過去の話。独りで薬草を育て続けてきた私にも、ようやく心の変化が訪れている。
「今はなんとなくわかる気がするよ、おばあちゃん。間違った道を歩んでいたわけじゃないって、自信を持って言えるから」
今まで薬草を育てることに必死すぎた。おばあちゃんとの約束だからと、言い訳するように栽培していた。でも、今は違う。
旦那さまが必要としているのなら、育てたい。嵐が来るのなら、守ってあげたい。もっと薬草を育てて、気軽に使ってもらいたい。
この地で過ごす温かい人たちのためにも、私は自分の意志で薬草を栽培していることに気づいた。
薬草が変わり始めたように、私の心も変わり始めている。希望を抱くことなく、ただ薬草を作り続けてきた空っぽの自分から、ちゃんとした大人になろうとしている。
私はもう、家族のような心がゆがんだ人に変わることはない。今ならそう断言することができる。
「みんなで取り組んだ野菜畑も、おばあちゃんから受け継いた薬草も失いたくはない。急に現れた嵐なんかに負けるもんか」
心を強く持って嵐に挑むものの、私の体は雨に濡れているため、スッカリ体温が奪われていた。
寒くて震える手に感覚はなく、風魔法の制御だけは取り乱さないように集中している。
どれだけ雨風が吹き荒れようとも、悲観する必要はない。私はもう……一人じゃないんだ。
誰にも止めることができない嵐を前に、凛として立ち向かっていると、ついには雷鳴まで轟き始めた。
あまりにも急な轟音に身構えた瞬間、急に手の震えが止められる。背後から手をつかまれ、体を支えるように抱き締められているのだ。
思わず、驚いて後ろ振り向くと、悲しそうな表情でリクさんが見下ろしていた。
「えっ!! どうしてこちらに? 野菜畑の方にいるんじゃなかったんですか?」
「お互いさまだ。屋敷の中から様子を見ると言っていただろ」
「……魔法で防ぐとも言いましたけど」
「こんな嵐で外に出るやつがどこにいる」
どうやら薬草菜園用の雨よけを、野菜畑に使ったと気づかれたらしい。かえって、心配させてしまったみたいだ。
「どうしてこんな無茶をしたんだ」
「あぁ~……私、風邪を引かない体質なんですよ。まだまだ華奢に見えるかもしれませんが、体は丈夫なんですよね。ほらっ、よく言うじゃないですか。馬鹿は風邪ひかないって」
「……だな」
「えっ? なんですか? 雨でよく聞こえないです」
「本当に馬鹿だと言ったんだ!」
これ以上は心配させないようにと、冗談っぽく言ってみたのだが……逆効果だったらしい。心から心配してくれているみたいで、必要以上にギュッと抱き締められてしまう。
ただ、そんなことを男性にされるのは、生まれて初めてなわけであって……。
「ちょ、ちょっと!? リクさん!?」
「無茶をするな。レーネが嵐で飛ばされたら、誰が責任を取るんだ」
「子供じゃないですから、飛ばされないですよ。あの、ちょっとこれは、さすがに……」
しどろもどろになりながら、私は必死に抵抗する。
別に嫌がっているわけではないし、突き放そうとしているわけではない。
しかし、いくら非常事態とはいえ、良い年した男女が抱き付いているのは、とてもよろしくない光景に見えるだろう。
まだ会ったことがなかったとしても、私には旦那さまがいるのだ。こんなところを誰かに見られたら、良くない噂が立つと言うか……、人肌にホッとしすぎると言うか……あっ!
慣れない出来事に心が乱れて、魔法の制御を失いかけると、リクさんが補佐して安定させてくれた。
「もっと人に頼ることを覚えろ。これくらいの魔法なら、俺にも手伝うことはできる」
「でも……薬草を守るのは、私の仕事じゃないですか」
「薬草栽培はレーネにしかできないかもしれないが、すべてを押し付けるつもりはない。こういう時くらいは、深く考えずに頼ってくれ。俺たちは家族だろ」
強く抱き締めるリクさんに素直な気持ちをぶつけられると、何も言い返せなくなってしまう。
実家で虐げられた私は、ベールヌイ家に嫁いできて、幸せな生活を送ってきた。不自由のない生活どころか、何から何までお世話になっている。
それなのに頼るなんて……と、以前の私なら思っていたかもしれない。私とリクさんの家族に対するイメージが違いすぎて、うまく受け入れられなかったのだ。
でも、今はなんとなくわかる。リクさんがイメージする家族とは、子供の頃に過ごしたおばあちゃんとの思い出に似ている気がした。
もしかしたら、この温かい気持ちを共有できる人を、本当の家族と呼ぶのかもしれない。
血の繋がりではなく、心の繋がりが本当の家族を作るんだ。
「……以後、気を付けます」
「わかればいい。嵐が去るまで、何としてでもこのまま凌ぐぞ」
リクさんの力強い言葉と温かい腕に抱かれ、私は素直に指示に従った。
今日くらいは甘えても許されるかもしれない。
だって、家族なんだから。
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