第24話:予感
金色に輝く魔獣が現れてから、一週間が経つ頃。
薬草畑を眺める私の前に、まるで何事もなかったかのように、平然とした顔でリクさんがやってくる。
「朝ごはんの準備ができたぞ」
「あっ、はい。すぐ行きます」
あの日、体調不良で姿を消したリクさんは、翌日にはケロッとしていた。何食わぬ顔で朝ごはんを用意していたため、本当に大したことはないと思うが、どうにも怪しい。
しかし、リクさんが話したくなさそうなので、深く追求しないようにしていた。
私も実家のことを聞かれたくないから、気持ちはわかる。リクさんが元気でいてくれたら、それでいい。
どちらかといえば、今はもう一つの変化の方が私の頭を悩ませている。
「リクさんの言った通り、本当に金色に輝き始めたなー」
魔獣の影響を受けたのか、薬草が進化したのか、詳しいことはわからない。でも、薬草の葉に含まれる魔力が金色に輝き、一段と立派な薬草になろうとしていた。
もうそろそろ薬草を収穫したり、領内に出荷したりできる頃合いだ。今では実家で管理していた薬草菜園と同じ規模まで大きくなっている。
このまま良い方向に向かってくれたら嬉しいんだけど。いったいどうなることやら。
野菜畑に関しても、領民たちが頑張ってくれているため、予想以上に順調に進んでいる。
周囲一面に白菜・大根・かぼちゃなど、様々なスイート野菜が顔を出し始めていた。
「おい、早くもこんなに実り始めたぞ」
「初年度で豊作かよ。しかも、昨日より一回り大きくなっていないか?」
「そんなわけないだろ。でかくなっているわけが……でかいな」
領民たちのやり取りが微笑ましく感じるのは、私がここに馴染み始めている影響かもしれない。
みんなで一つの目標に向かって働いているため、自然と親交が深まっていた。
毎日の草抜きだったり、夜間警備だったり、風よけ作りだったり。
なかには、スケッチブックに絵を描き始め、栽培の光景を街で伝える人まで出てきている。そのおかげもあって、今では街に変な噂が流れ始めていた。
この地に豊穣の女神が舞い降りたのではないか、と。
もちろん、私のことを差しているわけではない。すっかり『お嬢』というあだ名が定着したため、街にぶらりと立ち寄っても、拝んでくる人はいなかった。
いや、さすがに拝まれても困るけど。
そんなこんなで今日も水やりに訪れた私の目の前には、見違えるような光景が広がっていた。
ほんの数週間前までは、ただの荒れ地に過ぎなかったのに、今は違う。旬のスイート野菜がぐんぐん育ち、近日中に収穫できると思われるほど、青々とした光景が広がっている。
これには、雑草と戦い続けた領民たちも微笑ましく眺めていた。
「日に日に成長する姿を見ていると、愛着が湧いてくるよな」
「わかるぜ。今日はここに泊まって、我が子の成長を見守るか?」
「馬鹿野郎! お前のイビキで枯れ果てるわ!」
そこは野菜の心配よりも、自分の体を心配してほしい。風邪を引いたら、野菜畑で働くこともできなくなってしまう。
まあ、ここまで成長したら、水と魔力量を間違えない限り、枯れることはない。あとは私次第……と、言いたいところなのだが。
どうにも雨よけを作っているグループを見ると、そうも言っていられなかった。
「あぁ~、もう限界。さすがに力が入らない」
「魔物の皮、相当硬いよね。針がうまく通らないよ」
「みっともないねえ。もうちょっとシャンッとしな、シャンッと」
相変わらずリーダーお婆ちゃんが引っ張ってくれているが、思っている以上に作業が進んでいない。
もっと早く完成すると思っていたのに、規模が大きすぎることもあって、まだ六割程度しか作れていなかった。
軽い小雨くらいなら、私が地面を乾燥させれば問題ない。でも、大雨が降ったら……と思うと、できるだけ早く完成させておきたかった。
今は空を見上げても、大雨が降る気配はないが、長年の経験から危険を感じてしまう。
「奥方、どうかした?」
浮かない表情を浮かべていたこともあり、マノンさんが心配して声をかけてくれた。
感覚の鋭い獣人の方が天気の変化に気づきやすいと思っていたけど、意外に違うのかもしれない。
「空気が変わり始めた気がするんですけど、マノンさんは何か感じませんか?」
「んー……別に。森の香りがするだけ」
それならいいか、と楽観的になれたら、少しは楽だったかもしれない。しかし、スイート野菜をよーく観察してみると、顕著に反応している。
敏感な植物たちが葉の魔力を根に集め始めているのだ。まだ雲も広がっていない空の下で、風が吹いていないにもかかわらず。
何かが起こる前触れなのか、それとも、嵐が来る予兆なのか。この地で栽培した経験がないから何とも言えないけど、私の経験上、嵐が来る可能性が高い。
「一応、雨よけを早く完成させるようにしましょうか。裁縫に不慣れかもしれませんが、男性の皆さんにも手伝ってもらいましょう」
収穫間際に天気が荒れないことを願いつつ、雑草を抜こうとしていた領民たちを集めるのだった。





