第22話:金色に輝く魔獣
夜が更け込み、屋敷内が静まり返る頃。
ベッドで横になった私は、窓から差し込む月明かりを眺めている。
「リクさん、大丈夫かなー」
忽然と姿を消したリクさんが気になって、さすがに今日ばかりは寝つきが悪い。この地に嫁いできて、一番不安な夜を迎えていた。
ジャックスさんの情報によると、近くを通りかかった侍女がリクさんを部屋に運んだらしく、屋敷のどこかで休養しているらしい。重症ではないみたいで、すぐに回復すると聞いているが……どうにも胡散臭い。
神妙な面持ちをしていたジャックスさんと、苦しそうな表情をしていたリクさんを見ている私は、それで納得することができなかった。
「あの時、わざわざジャックスさんかマノンさんを呼ぶように言われたのに、通りがかりの侍女が助けるなんて……」
私が肩を貸して部屋に運んでいても同じだったのでは? と考えてしまう。
それに今日は屋敷がピリピリとした雰囲気だったし、騎士たちが慌ただしく動き続けていた。夜ごはんは侍女が用意してくれたものの、どことなく落ち着かない様子で、何かが起こっているのは一目瞭然だった。
こんなときはマノンさんに聞きやすいのだが、
『奥方、今日はもう寝よう。明日も朝が早い』
すんなりと教えてくれるはずもなく、やけに早く寝かせようとしてくる始末。何か様子が変だなーと、疑心暗鬼になっている。
当然、そんな状態でゴロゴロしていても眠ることができなかった。
このままソワソワした気持ちで過ごすくらいなら、気晴らしでもした方がいいかもしれない。
「さすがにみんな寝付いた頃だし、薬草でも見に行こう」
音を立てないようにコソコソとベッドから起き上がり、月明かりを頼りに裏庭へと向かった。
思っている以上に外は寒いなーと思いながら歩いていると、薬草菜園の前で信じられない光景を目の当たりにする。
薬草からあふれ出る魔力が月明かりに照らされ、金色に輝いているのだ。
何度も子供の頃からおばあちゃんと眺めているが、こんな現象を見るのは初めてのこと。この地を祝福するような神々しい光に、心を奪われるような光景だった。
しかし、私がもっとも驚いたのは、それではない。この光景を作り出したと言わんばかりに、金色のオーラを放つ狼の魔獣がいるのだ。
薬草からあふれ出る金色の魔力と、魔獣が纏う金色の魔力が同調しているみたいで、神秘的な印象を抱く。
まるで、その二つが魔力で会話しているかのようだった。
「子供の頃に見た、怪我をしていた魔獣……かな?」
そして、私はこの魔獣を子供の頃に一度だけ見た記憶がある。おばあちゃんが亡くなった頃、煎じた薬草を前足に塗ってあげた魔獣にそっくりなのだ。
覚えてくれているかな、と期待する気持ちはあるが、大人になった私が無闇に魔獣に近づくことはない。危険な行為であるくらいは、容易に想像がつく。
まだ気づかれていないみたいなので、ジーッと見て観察していると、薬草の香りをクンクンと確かめた魔獣は、ゆっくりとそれを口にした。
「狼の魔物なのに、薬草を食べるんだ」
現実離れした光景が目に映り、逆に冷静になってしまう。仮にこの魔獣が肉食だったら、食べられるのは私であり、今すぐ逃げるべきなのだが……もうちょっと見ていたい。
呑気にそんなことを考えていると、私の気配に気づいたのか、ゆっくり振り向いた魔獣と目が合った。
その吸い込まれそうな赤い瞳に、ゴクリッと息を呑む。
本当に殺されるかもしれない。早くここから逃げるべきだ。そうわかっていても、魔獣の赤い瞳から目が離せず、体が動かせなかった。
しかし、動揺する私とは違い、魔獣は気にした様子を見せない。
私に興味がないのか、昔の記憶が残っているのかわからないが、また薬草を食べ始める。
その光景をずっと眺めていた私は、魔獣が神秘的なオーラに包まれていることもあり、不思議と危険な生き物とは思えなくなっていた。
「そういえば、子供の頃も暴れることはなかった気がする。煎じた薬草を塗り込んでいるときも、大人しくしていたっけ」
子供の頃の記憶を思い出し、案外大丈夫な生き物なのでは? と思い始めた私は、結局、興味本位に近づいていく。
決して薬草畑を守りたいという正義感があったわけではないし、子供の頃に治療した傷痕が気になるわけでもない。
この屋敷に嫁いできて、獣人たちと過ごし続けた私は、ずっと我慢していたことが一つだけあった。
それは――、
「うわぁ、モッフモフ……」
人族にはないモフモフの毛並みを触ること。獣人たちの耳や尻尾を触ったら怒られてしまいそうで、今までずっと触れなかったのだ。
でも、この魔獣は嫌がる様子を見せない。
私が触っても、撫でても、優しく抱き着いても……。何をしても怒る素振りすら見せず、薬草に夢中になっていた。
私もモフモフに夢中になっているが。
「あの時の魔獣で合ってるのかな。前足の付け根に怪我の跡があればそうだけど、うーん……モフモフすぎてよくわからない」
毛繕いをするように毛をかき分けていると、急に魔獣がピクッと反応して、距離を置くようにジャンプした。
怒ったのかな……とその後ろ姿を見ていたが、そうでもないらしい。魔獣は別れを伝えるように振り返り、闇夜に消えていく。
そして、この場には金色に輝く薬草だけが残っていた。
「やっぱりあの魔獣が何かしたのかな。こんなにも薬草が綺麗に輝くなんて、見たことないんだけど」
別に薬草に悪影響を与えたわけではないと思うし、魔獣の被害にあったのも数本だけ。今後の薬草栽培に問題はないだろう。
問題があるとすれば、魔獣という存在についてだ。もしあの魔獣の餌が薬草だった場合、街に被害が出る可能性がある。
今まで実家で薬草を栽培していて、魔物を集めたことはない。でも、薬草に魔力が満ちた今の状態が、周囲にどのような影響を与えるのかわからなかった。
「無害だったらいいんだけど、なかなかそうもいかないよね……」
今回も魔獣と意思疎通ができたとは言えないし、あの魔獣が完全に無害だと断言することはできない。
薬草が魔物を引き寄せる可能性があると思うだけでも、憂鬱な気持ちになってしまう。
薬草を育てることは、旦那さまが必要とされていることであり、おばあちゃんとの約束でもある。ただ、薬草の育て方だけを教えられた私には、本当に安全なものなのかどうかわからなくなっていた。
考えてもわからない答えに戸惑いながらも、ふと星空を見上げると、おばあちゃんの言葉を思い出す。
『我が家に受け継がれてきた薬草だけは、絶対に絶やしてはならないよ。レーネは薬草を育てるために生まれてきたんだからね』
子供の頃に交わした、おばあちゃんとのたった一つの約束。記憶が薄れた今頃になって、本当はもっと伝えたいことがあったのではないか、そう考えてしまう。
心優しいおばあちゃんが『絶対に絶やしてはならない』と、強い言葉を使うはずがない。そうまでして、私に薬草を作らせなければならなかった理由があるとしたら……。
あの魔獣と薬草は何か関係があるのかもしれない。
「子供の頃、あの魔獣があの地に顔を出したのは、おばあちゃんを弔うためだったのかな」
さすがに深く考えすぎか、と思いつつ、金色に輝く薬草を眺める。
もしかしたら、薬草栽培にこだわる旦那さまは、何か知っているのだろうか。アーネスト家とベールヌイ家は、何か深い関わりがあるのかもしれないが、私にはわからなかった。
ただ、なんとなく今回の出来事が偶然ではないような気がする。そう思わずにはいられなかった。
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