第21話:私の旦那さまはどこに……
野菜畑から戻ってきた私は、薬草が順調に育っていることもあり、薬草菜園で株分けをしていた。
どうやら薬草もこの地を気に入ったみたいで、日に日に魔力量が増え、品質が向上している。こんなにも早く株分けできるほど成長するのは、これが初めてのことだった。
なんといっても、ヒールライトは絶滅危惧種に指定されるほど、栽培が難しい。本来なら、株分けも細心の注意を払わなければならなかった。
それなのに、ここまで順調に栽培できていることを疑問に思ってしまう。
私の魔力に反応した薬草を連れてきたとはいえ、栽培する場所を変えただけで、ここまで変わるだろうか。
前は水が多いだの、魔力が多いだの、土が固いだの……あちこちで文句を言うように葉を揺らしていたのに。
今では嬉しそうに葉を揺らして、心地よさそうにノビノビと過ごしていた。
「随分と良い子になったねー。ここの土はそんなに心地がいいのかな? んー? どうなんだい? 過ごしやすいのかい? うりゃうりゃ」
「まだ明るいんだから、それくらいにしておけ」
猫と遊ぶように薬草と戯れていると、急に背後からリクさんに声をかけられてしまう。
ただでさえ薬草に話しかけると変な目で見られることが多いのに、まさかこんな姿を目撃されるなんて。
薬草よりも心地よく過ごしているのは自分だと悟った瞬間である。やってしまった……という後悔だけが強く残っていた。
「ど、どうしてリクさんがここに……?」
一方、見慣れた光景だな、と言わんばかりにリクさんは平然としている。
「喉が渇いてないかと思って、様子を見に来ただけだ」
おぼんにお茶を載せて持ってきてくれたリクさんは、純粋に心配してくれていたんだろう。野菜畑から戻ってきた後、私はずっとここで作業していたから。
それなのに……うぐっ。もっと真面目に作業しているタイミングで持ってきてほしかったよ。
少しばかり複雑な心境を抱きつつ、リクさんから温かいお茶を受け取った。ズズズッ……と口にして、先ほどの出来事を何とか揉み消せないか考える。
いつもはこんなことしていませんよ、と言えたら、どれだけ楽だろうか。実際には、いつもこんなことしてばかりなので、何も言い返す言葉が見つからない。
よって、話題を逸らすことにした。
「まだ始まったばかりですが、スイート野菜の栽培は問題なくできそうですよ」
「そのようだな。早くも野菜の芽が出たと、マノンが騒いでいたぞ」
裏山まで一緒に行っているし、荒れ地を畑にするところから見ているから、マノンさんは早くも野菜に愛着が湧いているのかもしれない。
ちなみに、いまマノンさんは敷地内の庭で洗濯物を干している。私が薬草の世話をしている時は、普通の侍女として生活していることが多かった。
「思っている以上に栽培しやすい土地だったので、二週間程度で収穫できると思います。出だしは順調、と言ったところでしょうか」
「領民に協力してもらっている以上、出だしは重要だ。盛り上がりに欠けるだけでも、街の雰囲気が変わってしまうからな」
そういえば、ジャックスさんが言っていたっけ。旦那さまは私の実績にするつもりだ、と。
リクさんが街の雰囲気まで気にしているのであれば、きっと旦那さまと詳しい話をしているに違いない。
思わず私は、リクさんにグイッと顔を近づけて、真相を確かめることにした。
「それは旦那さまの意見ですか?」
「……ま、まあ、そうだが」
「やはりそうですか。旦那さまは優しいですね。いつも気にかけてくださっているような気がします」
「きゅ、急にどうした? これくらいは普通のことだろ」
こっちが逆にどうしたのかと聞いてみたい。リクさんが領主さまでもあるまいし、そんなに顔を赤くする必要はないだろう。
「ずっと思っているんですけど、旦那さまがとても大切にして下さっていると、肌で感じるんです。こう……なんて言えばいいんでしょうか。すごく優しくありませんか?」
「そ、そうでもないぞ」
「そうでもありますよ! 貴族としての純粋な優しさがあるというか、人としての思いやりがあるというか、男気を感じるというか。ずっと気になっているんですよね」
会えないからこそ妄想が膨らみ、ヤバいことを言っているような気がする。でも、真面目なリクさんだったら問題ない。
むしろ、私が好意的な印象を持っていると、旦那さまに伝えてくれるだろう。
あなたの妻は大切にされていると感じていますよ、と。
「よくそんなことを恥ずかしからずに言えるな」
「薬草にも話しかけないと伝わりませんからね。人も言葉にしないとダメなんですよ」
「な、なるほどな……」
おばあちゃんの教え理論で強引に納得させた後、思い切ってリクさんに相談を持ち掛ける。
「それで、旦那さまのために何かしたいんですけど、どうしたらいいですかね?」
「……いや、今のままで十分だ。薬草をしっかり育ててくれ」
旦那様のためなら何でもしますよ、とアピールしたつもりなのだが、なぜか照れたリクさんは目を逸らしてしまった。
ここまで強めに言っても会わせてくれないとなると、会わせられない大きな理由があるのかもしれない。
随分と細かく連絡がいっているみたいだし、屋敷のどこかに旦那さまがいるのは、間違いない。
旦那さまが重病で寝込んでいるのか、それとも、化け物公爵と呼ばれていることに強いコンプレックスを抱いているのか。
思い切って聞いてみようかな、そう思った時だった。急にリクさんが胸を押さえて座り込んでしまう。
「リクさん! 大丈夫ですか?」
「うぐっ……心配するな。ハアハア、大したことはない」
玉のような汗を流すリクさんは、とても大丈夫そうには見えない。急激に持病が悪化したかのように、呼吸が荒くなっていた。
「悪いが、ジャックスかマノンを呼んできてくれないか?」
「えっ? 薬師の亀爺さまではなくて、ですか?」
「ああ。他には知らせなくていい」
「……わかりました。ちょっと待っていてください」
僅かに違和感を覚えつつも、獣人同士にしかわからないものがあるのかと思い、考えることをやめた。
どちらかといえば、体調が悪そうなリクさんを置いていく方が心配だが……、こればかりは仕方ない。
私が薬草を煎じるにしても時間がかかるし、今は人手が必要だろう。
リクさんに背を向け、先ほどまで庭で洗濯していたマノンさんの元へ向かう。しかし、すべて洗濯物を干し終えたみたいで、マノンさんの姿は見えなかった。
その代わり、ちょうど野菜畑から帰ってきたジャックスさんを屋敷の入り口で発見する。
急いで事情を説明して、薬草菜園に戻ってくると……、そこにリクさんの姿はなかった。
まるで何事もなかったかのように、薬草が風でユラユラと揺れている。
「あれ? リクさんがいない。ついさっき体調が悪くなって、座り込んでいたんですけど」
「……そうか。わかった、この件は俺が対処しよう。嬢ちゃんは気にするな」
そんなことを言われても、気にしないで過ごす方が難しい。目の前で急に人が苦しみ、助けを求めていたのだ。
何より、ジャックスさんの神妙な面持ちが異常事態だと物語っている。
「本当に大丈夫なんですか?」
「まだ大丈夫だ。念のため、嬢ちゃんは屋敷の中で過ごしてくれ」
「……わかりました」
困らせるわけにもいかないと思い、ジャックスさんの指示に従い、私は屋敷の中に戻ることにした。
まだ大丈夫、その言葉が何を指しているのか、不安に思いながら。





