第18話:スイート野菜の栽培2
安請け合いしたスイート野菜の栽培が始まると、裏山に集まった警備兵や領民たちで大賑わいになっていた。
周辺の安全を確保するために部隊を組む騎士団、荒れ果てた地を耕す領民たち、そして、この光景をボーッと眺める私とマノンさん。
まるで一大イベントでも始まるかのような雰囲気に、私は唖然としていた。
「おーい、こっちに木材を持ってきてくれないか?」
「こっちはでけえ石が出てきたぞ。若いもんで運び出してくれ」
「小川が近くて助かったぜ。水がうめえ~」
嫁いできて、まだ一週間。まさか旦那さまとお会いするより先に、領民たちと触れ合う機会が訪れるとは。
順番が違うと突っ込めばいいのか、展開が早すぎると突っ込めばいいのかわからない。もはや、時の流れに身を任せて、スイート野菜を栽培するしかなかった。
まあ、私を中心に栽培するといっても、ほとんど監修するような立場である。肉体労働は領民たちに任せて、うまく栽培できるようにアドバイスだけだ。
その証拠に、現場の指揮を執っているのは、最初に出会った老兵ジャックスさんだった。
「手の空いた騎士は仮設テントを立ててやれ。休憩場所を作っておいた方がいいだろう」
本人が言うには、顔の怖い人が上に立った方が争いが起きにくいから、という理由で指揮を執っているそうだ。
指示を受けた騎士たちがテキパキと動いているので、実は見た目以上に怒ると怖いのかもしれない。
私にとっては優しい老兵さんなので、深く気にしないでおこう。
なんといっても、大掛かりな仕事になっている方が気掛かりだから。
「どうしてこんなことになっているんでしょうか。普通に使用人だけで作ると思っていたんですけど」
「ダンナのことだ。嬢ちゃんの実績作りも兼ねているんだろう」
「私の実績作り、ですか?」
「公爵夫人の良し悪しなんて、領民にはわかりにくいのさ。だが、大きな仕事をくれるとなれば、話は変わってくる」
「生活を豊かにしてくれると評価が高まる、ということですね」
「そういうこった。これから継続的に栽培するのなら、領民に仕事を与えた方が治安も安定するだろう。ダンナもいろいろ考えているのさ」
なるほど。これだけ広い土地で野菜を栽培するのは、難民や貧困層が生まれないような政策の一環でもある、ということか。
てっきりスイート野菜を食べたいだけかと思っていたけど、旦那さまはしっかり考えてくれているみたいだ。
どうりでリクさんに栽培のことを詳しく聞かれたはずだよ。ちゃんと旦那さまに話を通してくれているんだなー。
ん? ということは……私がここで取る行動は、すべて公爵夫人としての行動になるはず。おそらくジャックスさんを通じて、旦那さまに報告されることだろう。
つまり、旦那さまの好感度にも響くに違いない。もっとしっかりした方がいいのではないだろうか。
「参加した領民たちに農家出身の者が数名いるが、今後の作業はどうする?」
私の心が見透かされているのか、ジャックスさんに今後の展開について聞かれてしまった。
これはもう、絶好のチャンスである!
「基本的に普通の野菜作りと同じなので、任せてしまってもいいかもしれません。その分、お給金を上げた方がやる気にも繋がるかと」
「ふっ、嬢ちゃんもわかってきたな」
だって、旦那さまがそういう感じなら、そうした方がいいじゃないですか、なーんて言えるわけもない。
「やることはたくさんありますからね。騎士の皆さんにも、魔物の骨と皮を用意してもらいたいんですけど、大丈夫ですか?」
好感度アップのボーナスチャンスに突入した……と思っていたら、事態は一変する。
「嬢ちゃん、悪いことは言わない。骨だけはやめておけ。敵を作るぜ」
急にジャックスさんが神妙な面持ちになったと思ったら、今までボケーッとしていたマノンさんまでピリピリとし始めている。
これが本当のライオンの威厳かもしれない。メラメラと燃えるオーラのようなものが見えるではないか。
「奥方、骨が欲しいの……?」
「えっ? いや、あの~……ダメ、ですか?」
「ダメとは言わない。でも、順番は守るべき」
順番……とは何だろうか。魔物が多いこの地域において、骨なんていくらでも余っていると思うんだけど。
そんなことを考えていると、ジャックスさんが何かを諭すように、私の肩に手を置いた。
「嬢ちゃん。骨付き肉を食べたい気持ちはわかるが、ちゃんとダンナに申請するんだな。順番抜かしをすると、ペナルティが付くぞ」
骨付き……肉? 何だか変な誤解をされているような気がする。
「えーっと、普通の魔物の骨が欲しいんです。肉の付いていない普通の魔物の骨が」
「ん?」
「んん?」
急にポカーンとした二人の顔を見れば、完全に話が嚙み合っていなかったと確信した。
「普通の野菜は魔力を取り込む力が弱いので、それを強くしないといけないんですよ。そのために、魔物の骨を粉末にして、畑の肥料にするんです。だから、肉付きの骨はいりません」
こちらの事情を説明すると、そういうことね、と言わんばかりに二人は納得する。
「よかった。奥方は敵ではなかったか」
「嬢ちゃんのことだ。そんなことだと思っていたぜ」
めちゃくちゃホッとしてるじゃないですか、と突っ込んでしまいたい。まさか二人とも骨と聞いて、骨付き肉を連想するとは思わなかった。
わざわざ領主さまの許可を必要とするのは、それだけおいしいからなのかな。うーん……ちょっと食べてみたい。
「嬢ちゃんの希望くらいなら、すぐに叶えられるだろう。不要な魔物の骨はいくらでもあるし、魔物の皮もそれなりに用意できるはずだ」
「じゃあ、よろしくお願いします。後はところどころ注意点がありますので、こちらの指示に従って栽培してもらえたら大丈夫です」
スイート野菜を作るのに、専門的な知識を必要とするところは少ない。農家出身の人に任せれば、きっとうまくいくはず。
「でも、私は今まで人前に出る機会がありませんでしたから、そのあたりはジャックスさんを中心にして――」
「おーーーいっ!! いったん作業を中断しろ!! ベールヌイ公爵夫人から話があるそうだ!」
えええええええええーーーーーっ!!!!!! ちょ、ちょっとジャックスさん!? なぜそのようなことを……!!
私の味方じゃなかったんですか! どや顔を向けてこないでくださいよ!
急に集合がかかったこともあり、大勢の人が戸惑いながら集まってくる。屋敷で働く騎士以外、私のことを知っている人はいないので、物珍しそうな瞳で見つめてきていた。
本当にこんな痩せている娘が、公爵夫人で合っているのか、と。
こんなことになってしまった以上、ズバッと言わなければならない。まだ見ぬ旦那さまの顔に泥を塗るわけにはいかないし、わ、私は……こ、公爵夫人なんだから!
「ちゃんと野菜が実っても、つまみ食いは少なめでお願いします!」
ズバッと言うことを間違えた気がすると、みんなの視線を感じて悟るのだった。





