第17話:スイート野菜の栽培1
一週間後。スイート野菜を作ることになった私は、マノンさんと一緒に裏山に足を運んでいた。
屋敷の裏庭で薬草と一緒に栽培できたらよかったけど、薬草菜園を圧迫してまでやることではない。かといって、急に市街地で作り始めるわけにもいかなかった。
スイート野菜を栽培した経験のある私が行き来できる範囲であり、広さも十分に確保できることを考慮してもらった結果、裏山に落ち着いたのだ。
もちろん、領地に関わることなので、旦那さまの許可が必要になる。そのあたり、マノンさんに確認したところ、
「ん? 知ってるよ?」
と、キョトンッとした顔で首を傾げられた。
どうやら私に旦那さまの情報は入ってこないが、私の情報は旦那さまに入るらしい。嫁いできて一週間も経っているのに、まだ顔合わせもしていないため、妙な不安が芽生え始めている。
もしかしたら、見た目がタイプではなく、嫌われたのではないか、と。
なんと言っても、魔物がはびこる危険な裏山に、マノンさんと護衛をつけずに二人だけで訪れているのだ。大事にされていたら、もっと護衛騎士を付けてくれるだろう。
その事実に気づいたときには魔物が現われ、窮地に立たされた……はずだったのだが。
「ん? また餌を求めてやってきたか。愚かな魔物め」
そう言ったマノンさんが森の木々に体を向けると、大きなウルフが姿を現す。
「がおーー」
「キャヒンッ」
マノンさんが得意とするライオンの威厳ポーズで、あっさりと魔物を追い返してしまう。
なぜ魔物が怯えて逃げるのかはわからない。あまりにも可愛くて逃げたと言われた方が納得できる。
しかし、一つだけ確かなことは――、
『ガサガサガサ』
『ドシンドシンドシン』
思っている以上に魔物に囲まれていたということだけ。以前、マノンさんに危険があると言われ、高い服を買ってもらった言葉の意味を体感していた。
「フッ、やはりライオンこそ最強」
魔物を追い払ってドヤ顔するマノンさんを見て、私の乙女心はコロコロと揺れ動いている。
やっぱり旦那さまに好かれているのかもしれない。絶対に魔物に襲われないラブリー侍女、マノンさんを専属侍女にしてくれているのだから。
「私は一生魔物とわかり合えない気がします」
「魔物は雑食だから、仕方ない」
「そういう意味ではないですけどね」
どうやらマノンさんは少し天然が入っているみたいだ。そこがまた一段と可愛らしい。
***
安全に裏山を登り続けると、少し開けた場所が見えてきた。
随分前に魔物同士で争いでも起きたのか、木々がなぎ倒されていたり、地面がくぼんでいたりと、荒れ地になっている。人の手が加えられた形跡はなく、ちょっとしんみりとした場所だった。
「目的地に到着。ここでスイート野菜を作りたい」
「屋敷を出てから、ちょうど三十分くらいですね。このくらいの距離なら、農作物も馬で運びやすいと思います。でも、魔物に荒らされる心配はありませんか?」
「元々、この周辺はうちの縄張りだった。問題ない。魔物が来ても、騎士団が何とかする」
他力本願かな。それぞれに与えられた役目を果たすという意味では、間違っていないけど。
「昼間ならともかく、夜間の警備も必要になりますよ」
「夜行性の獣人もいるし、警備は万全」
「そこまでして、スイート野菜を作る価値は……?」
「ある」
あるんだ。コストと苦労が割に合わないような気もするものの……、売買を目的としたわけではないから、深く考えなくてもいい気がする。
スイート野菜が高騰して手に入らないなら、自給自足するしか道はないのだ。
問題があるとすれば――、
「まさかここまで広い土地を提供されるとは」
思っていた以上に期待されていて、後に引けなくなっていることだろう。趣味でやるレベルを軽く超え、事業レベルの土地が提供されている。
どれほどみんながスイート野菜を食べたかったのか、人族の私にはわからない。獣人の死活問題に、安直に踏み入ってしまったことを自覚した。
安請け合いするには、リスクが高すぎる。嫁いできたばかりで、こんなに大きな仕事を引き受けるべきではないだろう。
今からでも遅くない。もっと規模を縮小してもらうように旦那さまに伝えてもらおう。
そう思っていると、マノンさんが私の服をチョイチョイと引っ張った。
「もう準備は終えている。人手も集まった」
不穏なことを言われたと同時に、私たちが登ってきた山道から大勢の人たちが歩いてくる。
それは鎧を着て警備を努める騎士団と、畑を耕す準備万端と言わんばかりに鍬を担ぐ領民たちだった。
「スイート野菜が育てば、うちの子の学費も楽になるのかねえ」
「どうだろうな。近年は専属農家でも不作なほど難しいと聞いているぞ」
「仕事がもらえるだけでもありがてえべ」
取り返しのつかない事態に陥っていることに気づいた私は、心の中で叫ぶ。
思っていた規模と違うんですけどー!





