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家族に売られた薬草聖女のもふもふスローライフ【WEB版】  作者: あろえ
第一部

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第15話:ふっくらとしたハンバーグ

 ダイニングにやってきた私を待ち構えていたのは、デミグラスソースがかけられたハンバーグだ……!


 溢れんばかりの肉汁を閉じ込めた、と言わんばかりにふっくらしていて、部屋全体に肉の良い香りが漂っている。


 早速、席に着いた私はフォークとナイフを手に取った。


 ハンバーグにフォークを突き刺すだけで肉汁が溢れてくる中、ナイフを入れたら、もう最後。熱々の蒸気と共に肉汁が雪崩のように流れ出ていってしまう。


「むふっ」


 ちょっと変な声が出てしまうくらいには、おいしそう。いや、食べなくてもおいしいとわかる。


 一口大に切ったハンバーグをデミグラスソースにちょんちょんっと付け、口の中に運ぶ。


 鼻に抜けるちょっぴりスパイシーな味と肉の甘みに、コクのあるデミグラスソースが……たまらん! ちょいと付け合わせのパンの上に乗せて、いただきましょうかね。


 子供みたいにワクワクして食べ進める私は、少しばかり我を見失っていた。しかし、朝のように賑やかではない光景を見て、僅かに違和感を覚える。


 買い物中にマノンさんが教えてくれたけど、夜は料理の量が決められているらしく、ガツガツとは食べられない。


 さっきも街に繰り出して酒を飲もうとする人たちとすれ違ったから、物足りない人はそうしているんだろう。


 でも、それにしても雰囲気が暗かった。


 誰もが大好きなハンバーグだというのに、みんなの表情はバラバラ。おいしそうに食べる人もいれば、不満そうに食べる人もいる。


 特に、同じテーブルに座る草食系獣人さんたちは浮かない顔だった。


「どうかされたんですか?」

「タマネギのニオイがキツイ~」

「タマネギの苦味が残ってる~」

「タマネギ嫌い~」


 えっ? タマネギ入ってたの? と思う私は、味音痴だろうか。一見、何も入っていないように見えるんだけど。


 そんなことを考えながらハンバーグを食べ進めていると、ダイニングの様子を見ながらウロウロしていたリクさんが、大きなため息を吐いて近づいてきた。


「やっぱりダメだったみたいだな」

「やっぱり? リクさんの料理は手が込んでいて、とてもおいしいですよ」

「そんなことを言ってくれるのは、レーネくらいだろう。なかなか獣人の舌を唸らせるのは、難しくてな」


 リクさんに『獣人の舌』と言われて、何となく察した。


 きっと人族の私にはない悩みを抱えている、と。


「良くも悪くも獣人は、五感が鋭い。必要以上に味覚や嗅覚が働く者は、敏感に反応してしまうんだ」


 なるほど。だから、ここの人って食いしん坊が多いのかな。おいしい時は格別においしいけど、口に合わない時はとことん合わないんだろう。


 料理を作るリクさんにとっては、国王さまに料理を提供するのと同じくらいのプレッシャーがあるのかもしれない。


「タマネギを擦って炒めたものの、みんなの口には合わなかったらしい。普段はスイートオニオンを使って臭みを無くしているんだが、昨今の高騰で仕入れることができなくなってしまったんだ」

「あぁー。薬草栽培の研究の副産物で作れるようになった、スイートシリーズの野菜ですね」

「苦みが出ない野菜として重宝していたんだが……ん? 薬草栽培の、副産物……?」


 あれ? 知らないのかな。植物学士の試験でも、必ず出題されると言われるくらいには有名な話なんだけど。


「魔力を用いて野菜を作ると、青臭さが甘味に変換されて、栄養が豊富になるんですよ。おまけに成長も早くて、作物も実りやすい。普通の野菜と違って魔力を管理する必要があるので、植物学士と農家が提携して作ることが多いですね」

「そ、そうか。スイート野菜について、随分と詳しいんだな」

「一応、植物学士ですから。毎年作っていましたし」


 専門外であれば、普通はここまで詳しくないかもしれない。しかし、アーネスト家でまともな食事ができなかった私は、コッソリと栽培して食べていたのだ。


 とはいっても、家族にバレたら取り上げられるとわかっていたため、家から離れた場所で細々と作っていただけ。でも、そのおかげで栄養失調にならず、今まで生きてこられたと思っている。


 だって、スイート野菜は調理法にこだわる必要がなく、カボチャでも生で食べられるから。


 たまに弱い魔物や動物が食べに来て、死活問題になったこともあったし、良い思い出ばかりじゃないけど。


 今となっては懐かしい思い出だなーと思っていると、周囲の視線に気づく。


 ゆっくりとフォークを動かして、口にハンバーグを一口入れても、誰も私から目を離そうとしない。私が食べているところを見たいわけでもなさそうだし、何か期待されているような気がする。


 これは、スイート野菜を作れ、ということだろうか。


「あの~、作り……ます?」

「作……れるのか?」

「はい。種も持ってきていますので、野菜を育てる場所と……作る量によっては、人手が必要になるかと」


 この時に何気なく提案した私は、知らなかった。


 マノンさんのように肉が好きな獣人がいるように、スイート野菜をこよなく愛する獣人がいることを。


 そして、これが大勢の人を巻き込む一大事業になることを。

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