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家族に売られた薬草聖女のもふもふスローライフ【WEB版】  作者: あろえ
第一部

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第14話:金色に光るもの

 日が落ち始めると同時に買い物から帰宅して、湯浴みを終える頃。パジャマに着替えた私は、薬草畑の前で座り込み、目の前に広がる光景を眺めていた。


「亀爺さまが言った通り、本当に立派な薬草に育ってきたなー……」


 薬草の葉が夕日を反射するのは、魔力がしっかりと行き渡っている証拠であり、良い状態であることを表している。それだけなら嬉しいで終わるのだが……。


 疑問を抱くのは、()()()()()()で一番良い状態になっていることだ。


 キラキラと輝くように反射するだけでなく、葉から僅かに光の粒子がこぼれ落ちるほど、魔力に満ちている。その幻想的な光景は、おばあちゃんと一緒に栽培している時でさえ、一度も見たことがなかった。


 昨日の今日でいったい何が変わったんだろう。新しい土地に移植したばかりで、普通は弱りやすいと思うんだけど。


 そんなことを考えていると、夕日で細長くなった一つの影が近づいてくる。


「夜ごはん前にウロウロするな」


 ごはんの時間を知らせに来てくれたであろうリクさんに、コツンッと頭を叩かれてしまう。


「すいません。どうしても薬草の様子が気になったので、何も考えずに眺めていました」

「屋敷内に身内しかいないとはいえ、パジャマで外に出るのは無用心だ。うちはいろいろと緩いが、気を緩めすぎるなよ」

「言いたいことはわかる気がします。ここは不思議なところですね」


 本来、公爵家に嫁いできたとなれば、それ相応に教育の行き届いた侍女たちが出迎えてくれる。でも、ここにはそういう人がいない。


 砕けた口調で話すものの、決して敬意がないとは感じないし、優しく接してくれている。事務的に対応されたり、みすぼらしい私を蔑んだりしないから、とても居心地がよかった。


 まるで、おばあちゃんが生きていた頃のような生活に戻ったみたいで、どこか懐かしい。そのことを喜んでくれるみたいに薬草がシャンッとしている。


「……こういう生活は嫌いか?」

「いえ。まだ今日で二日目ですが、ここは心の温かい人が多くて、素敵な家だと思いますよ。逆にこのまま受け入れてもらえるのか、ちょっぴり不安なくらいです」


 旦那さまにお会いしていない影響もあるのかもしれないが、たぶんそうじゃない。


 この幸せな生活を失いたくないから、完全に馴染みたくないというか、手に入れたくないというか……。私には贅沢すぎて、恐れ多いという言葉がピッタリだった。


 本当に良いところに嫁いでこられたなーと思いながら薬草を眺めていると、リクさんが隣に腰を下ろす。


 その表情はあまりにも真剣で、心配するような温かい眼差しを向けていた。


「あまり落ち込むなよ。慣れない生活で苦労するかもしれないが、絶対に後悔させないと約束する」


 あれ? もしかして、慰められてる? どちらかといえば、幸せを噛み締めていたつもりだったのに。


 どうやら誤解させてしまったらしい。


「……私、そんなに落ち込んでいるように見えましたか?」

「ん? 故郷を思い出して薬草を眺めていたわけではないのか?」

「いえ、ただの日課なんですよ。ボーッと薬草を眺めるのが好きで、暇な時間はよくこうして過ごしています」


 勘違いしていたことに気づいたみたいで、リクさんの顔が夕日のように赤くなった。


 彼は雇われた料理人のはずなのに、まるで旦那さまが言いそうな言葉を使っていたから、余計に恥ずかしい気持ちになったんだろう。


「紛らわしい奴だな。せめて、もっと楽しそうな雰囲気で眺めていてくれ」

「そう言われましても、私は十分に楽しんでいるつもりなんですが」

「背中に哀愁が漂い過ぎだ。うちの連中だったら、大の字で寝転がるぐらいが普通だぞ」


 もはや薬草を眺めていないような気がするが、なんとなく想像がつく。マノンさんだったら、ヨダレを垂らして肉を食べる夢でも見ていそうだ。


 って、納得している場合じゃない。誤解させてしまったのは私なんだから、ちゃんとフォローしておかないと。


「でも、気持ちは嬉しかったですよ。良いところに嫁いでこれたと、心から思っておりますので」


 純粋な気持ちをリクさんに伝えると……どうしてだろうか。また一段と顔が赤くなってしまった。


「どうにもレーネと一緒にいると、調子が狂うな」

「そうですか? リクさんはカッコイイので、もっと女性の扱いに慣れているものだと思っていました」

「餌付けした連中が吠えてくるくらいだ。こっちの気も知らずに、よくそんなことを……」


 ブツブツと言いながら、リクさんは恥ずかしそうに目を逸らした。堂々としているように見えて、意外に恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。


 でも、リクさんと結婚する人はきっと幸せな生活を送れるだろう。思いやりのある優しい人だし、毎日おいしいものを作ってくれるから。


 ……どうしよう。早くも私も餌付けされている気がする。


 今日の夜ごはんはなんだろう、と思っていると、挙動不審になったリクさんが薬草畑の方に顔を向けた。


「き、綺麗だな。その――」

「わかります。この薬草の光景は、とても綺麗ですよね」

「――ッ! そっちの話になるのか……」

「えっ? 他に何かありましたか?」

「いや、何でもない」


 何か間違えたかな。他に綺麗なものなんてないはずなんだけど。


「でも、こんな光景は見たことがないんですよね。薬草に含まれる魔力がおかしいわけではないので、良い反応だとは思うんですけど」

「おそらく薬草が本来の姿に近づいているんだろう。ヒールライトは、金色に輝く薬草と言われているからな」

「金色に輝く、薬草?」

「……いや、何でもない。そんな気がしただけだ」


 リクさんの言葉を聞いて、私の中に眠っていたある記憶が蘇る。


 薬草の葉から零れ落ちる光の粒子が、もしも金色に変化したとしたら、似たような光景を一度だけ見たことがあったのだ。



 あれはまだおばあちゃんが亡くなったばかりで、落ち込んだ気持ちを紛らわそうと、薬草畑で寝ていた時のこと。


 珍しく強い風が吹き荒れたと思った次の瞬間、前足を怪我した大きな狼の魔獣が現われたことがあった。


 まるで神の使いと言わんばかりに神々しく、金色に輝く光の粒子を纏っていて――。うーん……たった一度きりのことだったから、姿はうまく思い出せない。


 確か、怪我した部位に煎じた薬草を塗ってあげたら、そのまま魔獣は去っていったはず。その時に魔獣が発していた光と似ているような気がした。



 ……思い返せば、子供の頃の私って怖いな。好奇心だけで魔獣に近づき、薬を塗ってあげたのだから。


 でも、どうしてリクさんが薬草に詳しいんだろう。もしかしたら、旦那さまとそういう話をしていたのかもしれない。


「ところで、()――」

「今日の()()はもうできている。早く来ないと無くなるぞ」


 そう言いながら立ち上がったリクさんは、まだ恥ずかしかったのか、足早に去っていった。


 別に今日の夜ごはんのことが聞きたかったわけじゃなくて、領主さまのことが聞きたかったのに。でも、料理のことも気になるので、急いで後を追いかけよう。


「今日の夜ごはんは何かな~♪」


 すぐに頭の中から旦那さまのことが抜け落ち、リクさんの料理のことで埋め尽くされるのであった。

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家族に売られた薬草聖女のもふもふスローライフ

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