第13話:幸せの味
新しい服を買ってもらった後、マノンさんと遅めの昼ごはんを食べることになった。
「ヘイッ、お待ち。串焼きのレモン風味だよ」
「うん、ありがとう」
「ありがとうございます」
串焼きのオジサンに渡されたのは、一口で食べたら話せなくなるほど大きな肉が三つも刺さっている串焼き。どうにもマノンさんの行きつけみたいで、愛想のいいオジサンが手を振って見送ってくれていた。
「やはり串焼きの〆はレモンに限る」
「そういうものなんですね」
と言いつつ、私は本日五本目の串焼きを頬張った。
買い物が長引いたこともあり、この時間は定食屋さんがやっていない。そのため、串焼きの買い食いツアーをしていたのだ。
「ここの串焼き屋さんは、鶏肉にレモンでしたか。なかなか良い酸味ですね」
「もう一本買う?」
「いえ、大丈夫です。これ以上食べたら、夜ごはんが食べられなくなってしまいます」
朝から肉まんを食べて、遅めの昼ごはんに串焼きばかり食べていたら、お腹はパンパンである。
何気ない顔でマノンさんも焼き鳥を頬張っているが、彼女は今日十本目の串焼きだった。
いったいこの小さい体のどこに入っていくんだろう。
買い物した荷物を両手に抱えながら、マノンさんは器用に食べ続けていた。
「私のものですし、荷物を持ちましょうか?」
「ううん。侍女の仕事」
やっていることは侍女だけど、このプライドの高さはライオンかもしれない。意外に頑固でプロフェッショナルである。
串焼きを食べ終えた後、屋敷に帰るのかなーと思っていたら、
「奥方、特別に幸せというものを教えてやろう」
と言われて、一軒のカフェに案内され、二人で席についた。
向かいに座ったマノンさんが早くもルンルン気分になる中、店員さんが持ってきてくれたのは、
「お待たせしました。こちらがスペシャルパンケーキになりますね」
イチゴと生クリームがたっぷりと使われた、ふわふわのパンケーキ。これには、さすがに私もテンションが爆上がりした。
「王都以外でも食べられたんですね。パンケーキという代物が……!」
貴族にとってお菓子とは、格別な幸せを感じる特別なものである。その中でも最上級の幸せと言われ、王都で爆発的な人気と噂されているのが、このパンケーキだった。
なお、これはすべて義妹の情報である。いつも王都から帰ってくると新作スイーツを自慢されるため、いつしか私も詳しくなっていた。
「うちの街では、去年に店ができたばかり。仕事中に食べるパンケーキは別格の味がするから、たまにサボりに来る」
そこはライオンのプライドがないんですね、と思っていても、無駄に突っ込むようなことはしない。だって、もう我慢できないから。
早速、パンケーキをパクリッと一口食べる。
甘いパン生地が雲のように柔らかく、しっとりとした濃厚なクリームと混ざり合い、儚く喉の奥へと消えていく。後を追いかけるようにイチゴを口に入れると、サッパリとした酸味で癒された。
「これは、確かに幸せの味ですね」
「うむ。仕事中にこっそりと食べるあたり、罪深い味わいがより引き立て――」
「何してるんだ?」
「ヒョーーー!!」
マノンさんが毛を逆立てるほど驚くのも、無理はない。仕事をサボってパンケーキを食べているところを、リクさんに見つかってしまったのだ。
「どうしてリクさんがこちらにいらっしゃるんですか?」
「夜ごはんのデザートを買いに来たら、見慣れた奴が食べていてな。何をしているのかと声をかけたところだ」
リクさんがベシベシとマノンさんの頭を軽く叩いているが、彼女はもう気にしている様子を見せない。
バレたものは仕方ない、と言わんばかりに諦め、普通にパンケーキを楽しんでいる。
とても幸せそうなデレデレの笑顔を見せながら。
「勝手に食べてしまって、すいません」
「いや、構わない。金を使うのは、貴族の仕事の一つだ」
たぶん、マノンさんだけで食べていたらサボりと解釈され、私と一緒に食べるのは公務という扱いになるんだろう。
実家みたいな田舎貴族とは違って、ややこしい。豪遊することが仕事と思われるのは、何とも言えない気持ちになってしまう。
ただ、複雑な心境を抱いているのは私だけで、リクさんは平然とした表情を浮かべていた。
「どちらかといえば、レーネが普通に過ごしているようで安心した。買い物も無事に済んだみたいだな」
「心臓には悪かったですけどね。嫁いだばかりでこんなにも買っていただくなんて、本当に申し訳ないなって……」
「気にするな。うちの食費と比べたら、レーネの買い物なんて可愛いもんだぞ」
「ふふっ、確かにそうかもしれません」
朝の食事風景を思い出す限り、リクさんも仕入れに頭を抱えるほど、コストがかかっていると推測できる。
いや、まあ……それでも私の服の方が高いと思うけど。未だに値段が怖くて聞けていないし。
そんなことを考えていると、ふと気になることを思い出したので、リクさんにチョイチョイと手招きした。
「あの、ちなみになんですけど。ちょっとだけ耳を借りてもいいですか?」
「ん? どうした?」
顔を近づけてくれたリクさんの耳に向けて、小声で確認する。
「旦那さまはどんな服装がお好みですか?」
「なっ!?」
拒絶反応をするかのように、リクさんが顔を真っ赤にして驚いてしまった。
「な、何を言っているんだ!」
「シーですよ! シー! 声が大きいです」
店内で大きな声を出したら、小声にした意味がないじゃないですか、まったくもう。
「そういうことを聞くには、マノンさんは疎そうなんですよ。他の侍女の方に言ったら、屋敷全体に広がりそうなくらい緩そうだったので、リクさんに聞くしかないと思いまして」
買い物をした後に聞くのもなんだが、少しでもよく思ってもらうためには、旦那さまの好みは早めに知っておくべきである。
今後の買い物に役立つし、婚約するなら必須の情報だと思うのだが……。なぜかリクさんの顔が赤くなる一方だった。
「――ッ!! とにかく飯を食え。話はそれからだ」
なるほど。どうやら旦那さまは、ナイスバディの女性が好みらしい。私みたいなガリガリでは、恋愛対象外になりかねないのだろう。
それを考えると、リクさんが言いにくそうに顔を赤くしたのも、納得がいく。
知らなかったとはいえ、カフェみたいな公共の場でそんなことを言わせようとしていたなんて。リクさんには申し訳ないことをしてしまった
「わかりました。ありがたくごはんを頂戴したいと思います」
「そうしてくれ。遠慮せずに過ごしてくれた方が助かるのは事実だ」
二人の内緒話を終えると、マノンさんがリクさんの袖を引っ張った。
「夜ごはんのデザートはショートケーキがいい」
「お前は遠慮という言葉を覚えろ」
「ライオンは誰の指図も受けない。がおーー」
「わかったわかった。怖いからショートケーキにしておく」
「ふっ、やはりリクでもライオンの威厳には逆らえないらしい」
意外にマノンさんは世渡り上手だなーと思った。





