6 作戦
再び応接間。
部屋には先ほどと同じ顔ぶれが、先ほどと同じ位置どりで集まっていた。
知府夫妻は相変わらず暗澹とした顔で沈んでいる。
俯き気味の雪蓮と壁に寄りかかっている弟子を一瞥して、清流は口を開いた。
「さて、火眼金睛の件ですが」
続く師匠の言葉に、弟子の黄雲は度肝を抜かれる。
「私と弟子で迎え討ちます」
「師匠!?」
思わず叫んだ黄雲へ、清流は笑いかけた。
「どうした? ああ、そうだな。巽も連れて行かねば」
「いやあのアホはどうでも良くて! どういうことです!」
黄雲、寝耳に高圧水流でも食らったような心地である。てっきりその火眼金睛とかいう大妖怪、師匠がなんとかするものだと思っていたからだ。
しかし清流は涼しい顔でさらりと言う。
「そう気を荒げるな。当たり前のことさ。ご息女を喰らいにここへやって来るというんだ、こちらから出向いて叩きのめしてやるだけのこと。お前も当然我が戦力だ」
「いや、簡単に言いますけどねぇ……!」
「し、しかし……清流殿」
師弟の漫才に割って入るのは、崔知府。
「それなら娘はどうなる? まさか連れて行くなどとは……」
「いえ、ご息女にはこの街へ留まっていただく」
でなければ意味がありませんので、と清流。
「我らが迎撃に出るは、この街と娘御を守るため。ここから西、亮水のほとりで奴を待ち構えます」
清流の言う地点は、紅火山から亮州を目指すとするなら必ず通る場所だ。周囲には河川と荒野のみで、人家を巻き込む恐れもない。
「雪蓮殿は、今まで通り清流堂にてお過ごし頂く。まだこちらのお屋敷は魔除けが整っておりませんので」
彼女の衣食のため、侍女を派遣してほしいと清流は付け加える。知府はその提案に頷いたものの、それでも不安そうな瞳を清流へ向けた。
「しかし……あなたがいなくて、本当に大丈夫だろうか? ほれ、例の役者がまた現れたら……」
「ふむ。その懸念でしたなら、我が亮州……いや、燕陽の神にご協力願いましょう」
「どういうことだ?」
崔知府の表情は、不安から疑問へころりと変わる。
しかし清流は、はぐらかすように笑って答えた。
「仔細は明朝、我が住まいにお越し頂ければお分かりになりますかと」
「ほ、ほう……」
「で、我らは明日さっそくここを発ちます」
「あ、明日!」
師匠の言葉は、再び弟子を驚愕させる。いくらなんでも急すぎる。
そう思ったのは黄雲だけではない、全員だ。知府も思わず身を乗り出して声高に言う。
「それはまた、なんとも急ではありませんか!」
「敵がいつこちらへ来るか全く読めませんので。それに、行動を早めたい理由はもう一つありまして」
「もう一つ?」
先を促す皆の声に、清流は続ける。
「先に弟子と異国の忍びを目的地まで向かわせます。私は進路を別に取り、北の天究山へ」
「この国の最北ではありませんか……なにゆえに?」
天究山は知府の言葉通り、太華の北端にある高山だ。名前どおり、天を衝くほどに高い山である。
「天究山は我が師の住まい。火眼金睛の襲来前に師と見え、助力を請います」
「師匠の師匠……」
黄雲は清流の言葉を反芻する。
少年は師の経歴を、正直よく知らない。先ほど休憩する師匠との会話で、彼女が齢五百を超えるらしいということを初めて知ったばかりだ。師の師ともなれば、なおさら知らない。
「ふむ、清流殿のお師匠をか……。だが、天究山は北の彼方だ。魔性の襲来に間に合いますか?」
「無論。私は水の氣に長じておりますので、河川や地下水脈を通じてちょちょいのちょいと移動ができますゆえ」
軽くおどけた調子も混ぜながら、清流は言う。しかし、その表情はすぐに真剣なものへと変じる。
「さあ、伯世殿。今後の方針は以上でよろしいか?」
「…………ひとつ、お聞きしていいか」
少しの逡巡を挟み、崔知府は尋ねる。
「もし、火眼金睛を仕損じた場合は?」
紡がれた問いは重々しく響いた。
魔性の牙が迎撃隊を破り、守るべき娘や街へ迫ったなら。
「ありえません」
答えた清流の声は、冷たい。
「息の根を止めて見せます。必ず」
彼を見返す視線も、氷のようだった。
「そうか」と一言答えて、崔知府は清流と黄雲へ、順に視線を向ける。
「我が娘と亮州城のため、お力を尽くして頂きたい」
よろしく頼む、と彼は口を真一文字に引き結んだ。




