【11】後日譚
冬休みに入り、十二月二十一日となった。
朝から空は黒雲に閉ざされ、綿のような重々しい雪が次々と舞い降り続ける。長く厳しい冬がみるみる町を塗り潰していく。そんな寒々しい情景とは対照的に、その室内は暖かい空気に満たされていた。
和室であったが、本棚にはバトル系の漫画やライトノベル、格闘技関係の雑誌や書籍が並び、懸垂マシーンを始めとしたトレーニング器具が配置されていた。
一見すると体育会系の男子の部屋にも思えるが、随所に可愛らしい動物のキャラクターがあしらわれた小物が見られた。
桜井梨沙の自室である。
その部屋の中央のこたつで、木製の菓子入れに山盛りにされた蜜柑を挟んで、桜井と茅野が向き合っている。
茅野は何やらノートパソコンを開いて作業をし、桜井は丸くなった猫のような顔で突っ伏してウトウトとしていた。
この日、茅野は、弟がそろそろ受験に向けて本気モードになってきたので、桜井の家へとやって来た。自宅にいては、真剣な顔の弟に悪戯をしたいという欲求を抑えられそうになかったからだ。
そんな訳で、もうあと数分で正午になろうというときだった。
唐突に茅野のスマートフォンが着信を告げる。
茅野は作業を中断して、こたつの上に置いてあったスマホを手に取った。すると桜井が口元をむにゃむにゃとさせながら眠そうに目を擦った。
「誰から?」
「九尾先生からよ」
茅野はそう答えると、スピーカーにしたスマホを再びこたつの上に置いた。すると、九尾の声が室内に響き渡る。
『この前の茂刈山の件なんだけど』
「ああ……」と茅野が返事をする。桜井は眠そうに「あれね……」と言って、山盛りの蜜柑を一つ手に取り皮をむき始めた。
『……あの彼岸と繋がっていた井戸はちゃんと封じたわ』
「流石ね」
と茅野がそっけなく言う。九尾は更に言葉を続けた。
『……でも、あの術を行った呪術師が見つからない。誰が何のために十月頃にあった集団自殺の死者を甦らせたのかしら? それが解らないのよ』
そこで、桜井がもしゃもしゃと食べていた蜜柑を飲み込んで、誰にともなく言う。
「あの鉈男さん、やっぱ集団自殺した人だったんだ……」
そして茅野が数秒だけ思案顔を浮かべてから口を開く。
「いったん井戸をあの世と繋げてしまえば、後は髪の毛を井戸に投げ込むだけで死者は復活してしまう……という事で間違いないかしら?」
『そうね。たぶん、そういう状態だった。長らくあの井戸は』
その九尾の答えを聞いた茅野は満足げに頷いて言葉を続ける。
「招魂の儀式において“髪の毛を井戸に落とす”という行程は『殯山縁起』を見れば誰でも知る事ができる訳だから、正直にいってしまえば、まだ今回の件については情報が少なすぎて断定はできないわ」
そこで桜井が「だいたい解らなかったか……」と言って、蜜柑を一つ摘まんで食べた。茅野の話は更に続く。
「ただ、恐らく術を行ったであろう存在に関しては、何となく想像がつくわ」
『想像で良いわ。誰なの?』
「それは、鴉よ」
『カラス? カラスという名前の人物がいるのね? 外国人かしら?』
その九尾の言葉に対して、茅野は首を横に振った。
「違うわ。学名“Corvus macrorhynchos”カラス科カラス属の鳥類。あの茂刈山に住むハシブトカラスの事よ」
『えっ。鴉って、鳥の鴉? 鳥の鴉が呪術を?』
驚愕する九尾の言葉に、茅野は不適な笑みを浮かべながら頷いた。
「呪術といっても、井戸が南来法師の頃からあの世と繋がったままになっていたなら、髪の毛を井戸に落とすだけよ。鴉は基本的に知能が高く、一説によれば人間の四歳児くらいはあるらしいわ。道具を使う知能があり、固い胡桃の殻を道路に置いて、車に割らせたり、水道の蛇口を捻って水を飲むことも出来るらしいわ。また自らを虐げた人間の顔を五年近く覚えて集団で復讐しようとしたりもする。更にそうした知識や情報を群で共有する社会性もある。彼らは私たちが考えている以上に頭が良いのよ」
『で、でも、鴉が何で人間の死者を?』
「思い出してみて。あの茂刈山で発生した事件や事故のほとんどは、北側の工事現場で発生している」
『あー、うん。そう聞いたけど……』
「それは、あの山に住んでいた鴉たちによる、自らの縄張りを荒らす人間たちへの報復だったのではないかしら? 鴉たちには明確な動機があるわ」
「有力な容疑者だ」
桜井がきりっとした顔つきで言うと、茅野は頷いて言葉を続けた。
「きっと、過去に鴉たちは、あの山に住み着いた行者が招魂の術を行って死体を自由に操っていたところを見ていた。そして、その方法が何十年も群の中で共有されて受け継がれてきたのではないかしら?」
『そ、そんな……』
「今の説を裏付ける状況証拠として、私たちが出会った男の人は、鴉に襲われて頭皮の一部が露出するくらいの怪我を負っていた。そして、あの集団自殺者の死体にも、頭部に同じような傷があった。これは、鴉が手駒になりそうな人間の髪の毛を採集した痕なのではないかしら?」
『呪術を使う動物……それが本当なら、大変な事だわ……』
「もしかすると、過去にあったという大きな雪崩れも、鴉が何らかの方法で発生させたものなのかもしれないわね。これは流石に考えすぎかもしれないけれど、あの山の鴉は少し異常よ。注視した方が良いわ」
茅野がそう言うと、九尾は『篠原さんに知らせなきゃ』と言って、礼を述べると通話を終えた。
「まさか、鴉さんたちの仕業だとは……」
さしもの桜井も驚いた様子で言葉を発する。
「確定ではないけど、まさに大自然の猛威ね」
と、言って茅野は悪魔のように微笑む。すると桜井がどこか感慨深げに言った。
「それにしても、スポットって探せばけっこう見つかるもんだね」
「そうね」
と茅野は静かに微笑み、窓辺を見つめる。すでに積雪は五センチに届きそうなぐらいに達していた。それでも天気は好転する気配を全く見せない。
「……また、この雪が止んだら、どこかにまだ見ぬ埋もれた心霊スポットがないか、探してみましょう」
「それまで、しばしのお休みだねえ」
と、言って桜井はこたつから足を出して腰を浮かせた。
「お昼作るよ。煮込みうどんでいい?」
「そうね。お願いするわ。それから食後に温かい珈琲も良いかしら?」
「らじゃー」
と桜井は元気よく返事をして、自室を後にした。
(了)
Next haunted point『四辻邸』




