【09】環境破壊者
高校生最後の冬休みが差し迫った十二月十七日の事であった。その日の放課後、桜井梨沙と茅野循は旧校舎部室棟二階の片隅にあるオカルト研究会部室で、ゆったりとした時を過ごしていた。
あつあつのココアが入ったパンダのマグカップに口を付けて、桜井梨沙はぼんやりとした表情で窓の方を見た。すると、外では雨に混じって霰がパラパラと降り注いでいた。
「天気予報見たら、そろそろ本格的に降り始めるみたいだし、その前に一発、きつめのスポット入れときたいねえ」
その桜井の言葉を黙って聞いていた茅野は、湯気たつ珈琲カップに角砂糖を三つ入れると、深刻そうな表情で口を開いた。
「梨沙さん……」
「どったの?」
桜井がきょとんとした顔で首を傾げる。すると茅野は絶望的なまでに黒い珈琲へと視線を落としながら言った。
「……近場の目ぼしい心霊スポットがもう無いわ」
「無い? 無いって、どういう……」
「私たち、心霊スポットに凸し過ぎたのよ。近隣のスポットが全滅してる……」
「嘘でしょ……」
「これから冬休みだから県外遠征は悪くないにしても、最近はまたコロナ感染者数が増加傾向だし、やはり近場で済ませたいわね。雪も降りそうだし」
「おおう……」
桜井は椅子に座ったまま大きく仰け反った後で言った。
「深刻な環境問題に直面するとは……」
そのときの彼女の表情は、これまでにないほどの焦燥が滲んでいた。スポットにおいて幾多の狂人たちを己の拳で沈めてきた彼女らしからぬ焦りっぷりである。
すると、茅野は「これは、早急な資源確保が必要ね……」と呟いて、神妙そうに思案顔を浮かべる。そして、スマホを手に取ると何やら画面に指を這わせ始めた。
「どうするの?」
桜井が尋ねると、茅野はスマホの画面に目線を落としたまま答える。
「自家発電よ」
「じか……はつでん……」
「ええ。私たちが自分たちで心霊スポットを発掘するのよ。取り敢えず、近隣で事件や事故が多い地域をピックアップしてみましょう。その中に実は心霊スポットだった場所があるかもしれないわ」
「お、いいね、それはそれで楽しそう」
桜井も自らのスマートフォンを手に取る。そうして数分後、先月の終わりに雪鴉のメガソーラー建設予定地で発生した殺人事件に茅野が行き着く。更に調べてみると、その一帯では、集団自殺や事故が多発しているらしい。
その検索結果を受けて、桜井が満足げに微笑む。
「これは、当たりっぽいね」
「……この雪鴉という土地について、少し調べてみましょう。何か変な因縁があったら、儲けものよ」
そう言って、茅野は懇意にしている郷土史家の九段昌隆へと連絡を取る。
そうして、翌日の十八日の放課後に柿倉の彼の元に向かい、美味しい栗羊羹とお茶をご馳走になりながら、雪鴉の地名の由来などの伝承を聞かせてもらう。
それから、十九日の終業式終わりの昼過ぎ、九段に紹介してもらった明光寺の住職と面会し、例の巻物『殯山縁起』を閲覧した。
その後、二人はいったん近隣のスーパーに寄って買い物を済ませると、茂刈山へと向かったのだった。
銀のミラジーノに乗って、茂刈山西側登山道入り口に到着した桜井と茅野は装備を点検すると、まずは集団自殺のあった洗沢を目指す事にした。
そこにある鳥居の向こうに、かつて殯宮として利用されていた洞窟がある事を、明光寺の住職から聞いていたからだ。
二人は桜井を先頭に登山道を進む。
その道すがら、桜井が何事かを思い出した様子で視線を上げて話を切り出した。
「それにしてもさ、途中で犬の散歩してたお爺さんとすれ違ったけど……」
「ええ。何となく覚えているわ」
「すれ違った後にミラーを見たら、あのお爺さん、すっごい何か言いたそうな顔で、あたしたちの車を見送ってたけど、何だったんだろうね……」
「それは、こんな時期に、ほんのちょっと前に集団自殺があった山の方へ行こうとしてるのだから、不審がるのも無理はないわ」
「ねえ、循」
「何かしら? 梨沙さん」
「もしかして、今のあたしたちって、他の人から見たら、めちゃくちゃ不審者なのでは?」
「それはそうよ」
「やはりかー」
と、桜井はわりとどうでも良さそうに言った。その瞬間、頭上に張り出した枝に止まった鴉が、ぎゃあ、と鳴いた。
「鴉多いね。本当に」
桜井が歩きながら上を見て言い、茅野がそれに同意した。
「そういえば梨沙さん」
「何?」
「鴉を、食べた事は?」
「え、鴉って、食べられるの?」
「ええ。フランスの一部の地域では食されているそうよ。日本でも少ないけれど、食べられる店はあるらしいわ」
「へえ……」
と、桜井は舌舐りをしながら、ちょうど右前方の白樺の枝に止まっていた鴉へと、食欲のこもった視線を送った。
すると、その鴉はどこか慌てた様子で、梢の向こうへと飛び去って行った。
二人が洗沢の鳥居を潜り、森を抜けて岸壁の洞窟に辿り着いたときには、すっかりと日は落ちていた。
「これが、あの世と繋がった井戸……」
桜井が神妙な顔つきで井戸の底を覗き込む。ヘッドバンドライトの明かりでは、まったく底は見通せない。わずかに水の流れる音が聞こえてくるだけだった。
「まずは深さを測りましょう」
桜井の反対側にいた茅野が、足元にあったピンポン玉程度の石ころを井戸へと投げ込んだ。
二人で井戸を覗き込みながらじっと待つが……。
「音がしないね」
「ええ」
「本当に、あの世に繋がっているのかな?」
「だったら、良いわね。もしも、この世の中の心霊スポットにすべて凸し終えてしまったら、この井戸を降りて、あの世に行ってみましょう」
「いいねえ。あたしも、こっちじゃ強くなりすぎたからね」
その二人の言葉は半ば冗談であったが、この相棒とならどこまでも行けるという意味では本気であった。
桜井と茅野は井戸から顔を上げて笑い合い、お互いに友情を再確認した。洞窟内には、何となくエモい空気が流れ始める。
すると桜井の鋭敏な感覚が、入り口からこちらを覗き込む何者かの気配を捉える。狩人の目付きで入り口の方を睨む。
「何奴!」
茅野も怪訝な顔で入り口の方を見た。
「そこに誰かいるのかしら!?」
桜井が入り口の方に向かう。
すると、入り口の陰に隠れていた何者かが、駆け出す足音が聞こえた。
「こんな時期に、こんな所に来るなんて、あたしたちか本物の不審者だけだよ!」
「ええ。梨沙さん、追うわよ!」
二人は急いで洞窟から出ると、逃げ出した何者かの背中を追った。




