【08】映像③
◇小高敬士のビデオカメラの映像②
雪と砂利。撮影者である小高のトレッキングシューズの爪先が映り込んでいる。画面が上に振れる。
そこは茂刈山の西側登山道入り口の駐車場だった。
あの小笠原達也の残した動画とは違い、周囲の木々はすっかりと葉を落とし、地面から生えた雑草は白髪のように色褪せている。
駐車場の隅に銀のミラジーノが停まっている。
その車体を画面中央に捉えたまま小高の声がする。
「あの車、地元民が言ってた銀色の車か?」
画面は続いて駐車場の奥にある山道と、その入り口に立つ『茂刈山西側登山道』という看板をとらえる。画面はそちらへと近づいて行く。
二回ほど咳払い。
「……では、まずは集団自殺現場となった洗沢を目指そうと思いますけど」
看板の横を通り過ぎる。なだらかな上り坂を進んで行く。小高が独りで喋り続けている。
「……気になるのは、あの住職が言っていた2人の女子高生……竹中がインタビューした警察関係者が言及していた2人の女子高生……で、さっきの地元民の言ってた若い女二人。もしかして、同一人物……」
木の枝が揺れる音。鴉の鳴き声。小高がふっと、鼻を鳴らす音。
「馬鹿馬鹿しい。不気味な事件が起こると現れる女子高生って何なんだよ……くだらねぇ。偶然だろ」
以降は黙々と山道を進む。16時03分頃にかなり暗くなってきたために、懐中電灯をリュックから取り出して点灯する。やがて、洗沢に到着した。小笠原達也の動画とは違い、周囲の風景は寒々しい冬の装いとなっている。
画面が横に振れて対岸の鳥居を中央にとらえる。
「あれが、きっと、例の鳥居です。そして……あの辺りかな?」
沢の斜面を下る。そして、比較的平らな場所を映しながら立ち止まる。
「ここが例の集団自殺のテントがあった場所ですね」
特に何も残されていない。枯れ草の茂みに囲まれた直径5メートルほどのスペースがあった。そこから3メートルくらい下った先に渓流が流れている。
「では、続いて、例の鳥居の向こうへ行ってみたいと思います」
どうやら、小高はこの動画をYouTubeに投稿するらしい。それについて話しながら、渓流の浅瀬を渡り対岸へ。斜面を上り始める。枯れ草の茂みの中に立つ鳥居を見上げる。そして再び画面は地面を映す。
「道があるな……あれ?」
ここで、画面は地面をズームする。すると、そこには雪についた足跡があった。
「誰だ? YouTuberでも来てるのか?」
更に地面をなぞるように撮影。
「足跡……2人? 2人分ある。これとこれ」
地面についた二つの足跡を交互に指差す。
「2人……2人の女子高生……馬鹿な……こっちは普通の登山道じゃないんだぞ? 何のために……女子高生が」
画面が上に振れて、再び雪と泥濘に覆われた山道を進み始める。
「足跡、こっちに続いています」
そうするうちにすっかり日が落ちて周囲は夜の闇に包まれる。しばらく、暗い森の中を無言で進む。湿った地面と雪を踏み締める音、そして鴉の鳴き声だけが聴こえる。
20分ぐらいして、懐中電灯のライトの中に、木々の向こうに見える切り立った岸壁が映り込む。その岸壁には大人の男が一人通れるぐらいの洞穴があった。
その洞穴の入り口の両側には1m50cm程度の錆びた鉄杭が打たれており、その間には細い注連縄が渡されている。
「あれが……あの洞穴が、殯宮の……」
木々の間を抜けて洞穴に近づく。すると、洞穴の中に何やらライトの明かりらしきものがチラチラと見える。
「誰か、いる?」
近くの木の幹の陰に隠れる。
小高の荒い息遣い。真夜中なのに鴉が鳴いている。懐中電灯を消すと、暗視モードに切り替える。そっと木の陰から、再び洞窟の入り口を撮影する。やはり洞窟の入り口の奥に真っ白いライトの明かりが見える。慎重な足取りで洞窟に近づいて行く。
そっと、洞窟の入り口の左横を背にしてから、カメラで中を覗き込む。洞窟の入り口から5メートルくらい先に広がったスペースがあり、そこに古井戸がある。その古井戸を2人の人物が覗き込んでいる。
「何だあいつら……」
洞窟の中に2人の少女がいる。少女たちは何かを話しているが会話の音声は拾えていない。一人は小柄で癖のある髪の毛をポニーテールにしている。もう一人はミリタリーコートを着た長身で、肩からデジタル一眼カメラを掛けている。2人とも頭にヘッドバンドライトを巻いていた。年齢は10代半ばから後半。どちらもかなりの美少女だ。
「女子高生!? 本当にいた……2人の女子高生……」
2人の少女は、ずいぶんと真剣な顔つきをしている。
「何やってるんだ。こんなところで……それに、あの古井戸……お寺の巻物に描かれていた……」
そのまましばらく、その状態が続き、唐突に2人が顔を見合わせて笑い始める。
「……な、何なんだよ。何がおかしいんだよ。あの井戸……南来法師……招魂の術……おかしな女子高生の2人組……何なんだ……何が起こっている!?」
そこでポニーテールの少女が、獣のような鋭い眼光で唐突にカメラの方を向く。
「何奴!」
カメラを慌てて引き戻したために画面が大きくぶれる。画面は森の中を映す。
「やばい……気がつかれた?」
少女のうちのどちらかの声が洞窟の奥から聞こえた。
「そこに誰かいるのかしら!?」
洞窟の奥から足音が近付いてくる。
「やばい……やばい……」
雪の上を駆ける足音と共に、画面が激しく揺れる。暗い冬の森をしばらく闇雲に進む。
「やばい……やばい……ぜったいにやばい……女子高生、絶対にまともじゃあない……あれは、おかしい……普通の女子高生が、こんなところにいる訳がない……」
荒い息遣い。
しばらく画面が揺れる。
背後から懐中電灯の灯り。
「やばい……やばい……ああっ。やめろ! 何だ! くそ……」
画面がよりいっそう激しく揺れる。バサバサという羽ばたきの音と、黒い何かが画面を遮る。鴉の嘴がアップで映る。遠くから少女たちの声がする。
「そっち、崖だよ!」
「危ない!」
続いて小高の悲鳴。
「あっ、うああああ……」
画面が更に激しく揺れる。ブロックノイズが走り、落ち葉や雪、木の幹、枯れた雑草などが次々と映り込む。画面が左回りに回転する、
やがて画面は下部が雪と落ち葉に埋もれ、木の幹を映したまま動かなくなる。少し遠くで小高の声が聞こえる。
「痛ぇ……足を踏み外して落ちた? 取り敢えず、懐中電灯……」
がさがさと落ち葉や雪を蹴散らすような音。5分くらいして、懐中電灯の明かりで画面が真っ白に染まる。
「カメラ……あった」
画面が再び揺れ動く。レンズについた水滴と枯れ葉を払う手袋に包まれた右手。そして、画面は不意に前方の木立の間に佇む人影を映し出す。
汚ならしい長髪と裾の長いベンチコートを着ていて、右手に鉈を持っており、右側を向いて俯いている。その人物がゆっくりとカメラの方を向く。
人相は徳間真にそっくりであったが、白眼をむいており、その顔面には黒々とした返り血の飛沫がついている。まったく生気の感じられない無表情で、上半身を前後左右に揺らしながらカメラを見詰め続ける。
「徳間……真さん……?」
その人物は歯茎をむき出しにして大きく口を開けて叫び声を上げ、右手の鉈を振り上げる。
小高の悲鳴が聞こえる。
画面が右に回り、再び荒い息遣いと雪の上を駆ける足音と共に激しく揺れる。
「うわあああああっ」
再びカメラが地面に落下し、画面に一瞬だけノイズが走る。地面の積雪と木の根元が暗い画面の中に浮かび上がっている。
「うああああああ……」
遠ざかる小高の悲鳴と足音。カメラを蹴飛ばされたらしくアングルが変わる。
バッテリー切れまでそのまま。




