【07】資料⑥
◇小高敬士の備忘録(3)
12月18日。県庁所在地の駅近くにある居酒屋で、情報提供者である警察関係者と面会する。
そして雪鴉のメガソーラー開発現場で発生した殺人事件についての話を聞いた。その防犯カメラの映像に映っていた犯人の服装が、どうもドクママこと徳間真の失踪時の格好と酷似しているのだという。
事件の概要は以下の通り。
・メガソーラー建設は市長の肝入りで始まった計画で、老人介護施設『雪鴉荘』が建設されるはずだった山肌と、その周囲の広範囲の山林が予定地となっていた。
・今年の春先に着工が始まった際に、近くの農地の用水路に土砂が流入した事が原因で、近隣住民と激しく揉めていた。
・工事現場で細かい備品の盗難や、およそ偶然とは思えない機械の故障などのトラブルが相次ぎ、警備会社に依頼して夜間警備を行うようになった。
・事件の発覚は、その警備会社から。
・事件のあった工事現場は人が入れそうなところは3メートル近いフェンスと金属製のゲートによって塞がれており、監視カメラも配備されていた。
・凶器の鉈は、工事現場近くにあった農地の作業小屋のもの(後で小屋の所有者から届け出があった)
・フェンスやカメラがない場所もあるが、それはすべて山沿いの切り立った場所で、人間が侵入するには困難であった。
・貴重品や現金を含めて、盗難にあったものは一切なかった。
以上である。
警察関係者は、もしも犯人が集団自殺の現場から失踪した徳間真だったとしても相当おかしいのに、犯人はどこから現れて、どこへ逃げたのかがさっぱり解らないと口にした。これには全面的に同意である。そもそも犯人が徳間であったならば、工事現場を襲撃する動機が不明である。
では、たまたま犯人が似たような背格好だっただけで、徳間真ではないのだろうか。普通に考えるのならそうなのであろうが、今回の事件と例の集団自殺が、まったく無関係とも思えない。
やはり、あの茂刈山、ひいては雪鴉一帯で発生した事故や事件には何かの目には見えない繋がりがあるのではないか。
そこで、竹中のインタビューで彼が述べていた“あの山はおかしい”という発言について聞くと、彼は迷った末にある人物を紹介してくれた。
その人物は矢田市にある明光寺の住職で近隣の歴史や伝承に詳しい。どうやら、くだんの住職は人と会う予定があるので、その後なら会っても良いとの事だった。
この日は駅近くのホテルに泊まり、翌日の昼頃に会いに行く事にする。その後、茂刈山の自殺のあった洗沢へ直接行ってみる事にする。あの鳥居も気になる。そろそろ本格的に雪が降り出すらしいので、現地に足を運ぶのは、これが最後のチャンスであろう。
◇明光寺の住職へのインタビュー(インタビュアー:小高敬士)
――それでは録音始めましたので。
住職「よろしくお願いします」
――茂刈山一帯……特に雪鴉の工事現場では、様々な事故が発生していましたよね?
住職「あー、老人ホームの時の? 今回の事件もそうですが、あれはたぶん山の神様が怒っているんです」
――山の神様? ……そういえば、茂刈山の西側登山道入り口から登った先に洗沢という場所がありますよね。
住職「あー、はい。自殺のあった?」
――はい。そうです。あそこの渓流を挟んだ北側に、鳥居がありますよね? 古い石の神明系の形の。
住職「はい」
――あれは、どういった云われがあるんですか? その山の神様と何かの関係が?
住職「そうですねえ。では茂刈山という名前の由来から話しましょうか。なぜ、あの山はそう呼ばれているのか」
――何か特殊な意味でも?
住職「ええ。あの山はもともと霊山で、現世と黄泉の国の境目であるという伝承がありました」
――はあ。
住職「それで“雪鴉”という地名に関する伝承については?」
――はい。大きな雪崩があって、そのあとに鴉が住み着いたと。
住職「そうです。そして、鴉というのは日本古来より、あの世とこの世の道案内役とも言われています。山の神様っていうのは、あの山に棲む鴉の事なんですよ。過去の雪崩も鴉たちが山を大切にしない傲慢な麓の人間を罰するために起こしたとか……そんな昔話もあります」
――鴉ですか。
住職「それで、山の名前にもなっていますが“もがり”という言葉の意味はご存知ですか?」
――いいえ。
住職「ちょっと待ってください」
(1分48秒間の沈黙。何やらごそごそと音がする)
住職「茂刈山の“もがり”は、本来はこう書くんですよ。この木箱の蓋にあるこの字です」
――ちょっと、貸してもらって良いですか?
住職「どうぞ」
――殯山縁起?
住職「この“殯”というのは、古来日本で行われていた葬送儀礼で、通夜の起源だと言われています」
――通夜の……。
住職「昔は医学も未発達だった事から死の定義自体が曖昧でした。だから、誰かが死んだ後に“殯宮”という場所に死者を安置して、蘇生を願いつつ、白骨化するまでの経緯を見守ったのだそうです。そうする事で、その者が本当に死んでしまったのかどうかを見極めたのだといいます」
――なるほど。医学が未発達だったからこそ、本当に死んでしまったのかが解らない。だから、生者を死体として埋葬してしまうのを防ぐために一定期間の猶予を見た訳ですね。西洋でも生者が間違って埋葬されたときのために、鐘つきの棺があったと聞いた事があります。
住職「“ジョージ・ベートスンの鐘楼”ですね。日本でも、古来からそうした早すぎた埋葬は問題視されていた訳です。その殯があの茂刈山で行われていた。あの山の北側の山頂近くに、その殯宮として使われていた洞窟があったそうです」
※紙の音。
住職「もともと、そんな死とは縁のある土地であったみたいなんですが、この巻物を見てください」
――ちょっと、待ってください。この絵の人物は?
住職「詳しくは解っておりませんが、恐らく天保の頃に、あの山に一人の行者が住み着いたと言われています。その行者は遥か南からやって来た事から“南来法師”または“儀来法師”と呼ばれていたとあります」
――その行者はいったいなぜ、あの山に?
住職「詳しい事は解りませんが、死者の魂を呼び出す招魂の儀式を行っていたそうです。その呼び出した死者を自由に操る事ができたそうです」
――招魂ですか……。
住職「この巻物に描かれている古井戸を、神通力によって、黄泉の国と繋いだそうです。その古井戸に死者の髪の毛を投げ入れると、死者の魂が現世に再び招かれると……」
――なるほど。青森のイタコの口寄せのような感じなんですかね。いや南から来たというなら、ユタなのか……?
住職「ええ。琉球神話での死後の魂が行き着く場所である“ニライカナイ”は“儀来河内”という漢字を当てます。何か関係があるのかもしれませんね」
――兎も角、そうした事をやっていた者がいたと。
住職「そういう事です。それから、この巻物には、他にも送魂の儀式についても記されています」
――ソウコン?
住職「招魂で呼び出した死者の魂を再び黄泉の国に追い返す儀式の事ですね。これによると、髪の毛を投げ込んだ古井戸に、何か3つの物を順番に投げ込むだけでいいらしいんですが」
――その3つのものとは?
住職「それが巻物の状態が悪くて、ちょっと判別が出来ないんですよね」
――それは残念ですね。
住職「それで、その古井戸がまだあの山の北側のどこかにあるらしいのです。そのため、あの辺りの土地は忌地とされていて、昔から変な事ばかりが起こる。鳥居はその境界を表す目印なんですよ」
――なるほど。
住職「そういえば、こちらからも一つ良いですか?」
――はい?
住職「何かインターネットとかで流行っているんですか?」
――はい? 何がです?
住職「実は昼頃に女子高校生が2人、訪ねてきまして。彼女らも雪鴉地区や茂刈山についての伝承に興味があるみたいでした」
――えっ。女子高生……たぶん、流行してるとかそういうのはないと思いますけど……その女子高生はいったいどんな子たちなんですか?
住職「何でも、学校で民俗学研究会という部活に入っているらしくて。知人で郷土史家の九段さんの紹介だったんですけど……」
――たぶん、学校で流行ってるとか、そういうのではないとは思いますけど。
◇巻物の写真。
(行衣を着たざんばら髪の浅黒い肌の男が、地面に寝た女の死体を見下ろしている絵が書かれている。その右側に丸い古井戸のようなものがある。その絵の上部に草書体で文字が並んでいるが、状態が悪く判別不能)




