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04 公爵夫人

注意

実際にはしてませんが、ハン〇バル先生のなさることを彷彿させる表現があります。




ボーーーン   ボーーーン




 鐘の音がした。







ボーーーン   ボーーーン





 ああ、うるさい。

 これは、玄関ホールにある大きな柱時計だわ……。

 うるさいのよ、アレ……。

 嫁いできた時から嫌いだった。







ボーーーン   ボーーーン





 急き立てるように鐘は鳴り続ける。

 うるさい、うるさい、うるさい!!!

 あの音は嫌いなのよ!

 アレは、今この家で唯一私の思いどおりにならない物なのよ。

 夫も、娘も、使用人も、全ては私の言うがまま、思うがままに動く。それなのに!

 何が先祖代々受け継がれてきた、由緒正しき物、よ! 私の思いどおりにならないものは要らないわ!

 やっと一つ片がついたというのに!








ボーーーン   ボーーーン





 う、る、さ、い!!!

 がばりと跳ね起きる。

 辺りを見渡し、え、と首を傾げた。

 二階から一階へと続く階段の、踊り場?

 何故、こんな場所に?

 部屋のベッドで眠っていたはずなのに……。

 ネグリジェのままだ。

 私は、確かに眠っていたはず。

 何が起きているの?






ボーーーン   ボーーーン









 ああっ! またあの音!

 うるさいったらない!

 こうなったら、夜中のうちに壊しておこうかしら? 何か、中に詰め物でもして。それで、音が出なくなれば、流石の夫も先祖代々、とか言わないで棄てるんじゃないかしら?

 いい案を思いついた。

 そう思って立ち上がる。そして、ぎくり、と動きを止めた。



 踊り場には大きな鏡が設置されている。その鏡に、私が映っている。それは、いい。では、これは?











 にたり、と笑う化け物が、私の後ろに映っている。

 髪は全てむしりとられ、右目は抉られ、顔の左半分は焼かれていた。乳房は両方とも覆うほどの釘を打ちつけられ、左足は切り落とされた、裸の、女。

 思わず振り返った。

 誰も、いない。



 何?

 何なの?

 もう一度、鏡を振り返る。






 い、る!!!!!!

 化け物が、化け物が、鏡の中に、いる!!

 化け物はにたにたと笑いながら、仰向けに四つん這いになった。そして、そのまま、鏡を突き破ってきた!

 後ろにはいない、鏡の向こうにだけいる化け物が、鏡の中、私より前に来て、そのままがしゃん、と派手な音をたてて鏡を突き破って出てきた!

「きゃぁああああああああっ!!!」

 咄嗟に走り出す。

 化け物は、四つん這いのまま、駆け出した私の後を追ってきた。


 急いで階段を駆け上がると、手近な部屋のノブを掴む。

 開いていない!!

 化け物が来ている!

 どこか、どこか開いている部屋!!


 がちゃがちゃと扉のノブを鳴らし、三つ目で開いた部屋に滑り込む。ちらりと確認した後方、すぐそばに、化け物が迫っていた。

 伸ばされた、全ての指がおかしな方向に向いた手。すれすれで躱し、必死に扉を閉める。

 ばたん、と大きな音をたてて扉は閉まった。

 すかさず鍵をかけた瞬間、どん、と扉に衝撃。次いで、ノブががちゃがちゃとしつこく回される。

「ひぃいいい……!!」

 駄目だ、あの調子でノブを回されたら、いずれノブが壊れ、扉が開いてしまう!

 どこか、どこか隠れられる場所を!






 見渡した室内。ベッドと、クローゼット。窓には床まで届くカーテン。







 ああ、どこなら? どこならアレに見つからない?

 クローゼットの中? ベッドの下? カーテンの後ろ?

 早く、早く、早く!!

 ノブはがちゃがちゃとまわり続け、今にも壊れそう。

 私は、音をたてずにクローゼットを開き、その中に隠れた。運良く、ゴミの古いドレスがいくらか入っていた。



 あの女の生んだ娘。私の幸せを奪った女の、娘。

 先日死んだと聞いて、諸手を上げて喜んだ。

 すっかり忘れていた。

 あのゴミにはゴミに相応しい格好をさせていたから、まともな服があることも忘れていた。こんなところに押し込んでいたのね。今度棄てさせなければ。でも、今は、私の丁度良い隠れ場所になる。




 ドレスの間に紛れるように、息をひそめる。

 やがて、がちゃん、と大きな音がたった。その代り、今まで響いていたノブを回す、がちゃがちゃとうるさい音が消える。











 耳が痛いほどの静寂。




 口元に手を当て、必死に呼吸を飲み込む。













 ぎぃいいいい……










 軋んだ音をたて、扉が開いた。

 震えだす体を無理矢理押さえつける。

 べた、べた、と奇妙な移動音。

 ああ……どうか、どうか、化け物が気づきませんように!

 べたべたと室内を動き回る音。



 私を探している。



 ばさっと何か、布が振り払われるような音。音の位置から、きっとカーテンね。危なかった。もしもカーテン裏を選んでいたら、見つかっていた。

 しかし、僅かな安堵は一瞬で消え去る。

 クローゼットの扉が開かれた。

 上がりかけた声をなんとか飲み込む。漏れそうな呼吸を抑える。

 化け物が、開け放たれたクローゼットを覗き込んだ。

 ああ、もう、駄目なの……!?



 あの女に私の幸せを奪われた時呪った神に、今になって必死になって祈る。どうか、助けてください、と。



 祈りが通じたのか、化け物はドレスを一瞥し、興味なさげにクローゼットを離れた。

 どっと冷や汗が流れ出る。けれども油断はできない。だって、まだ目の前にいる。

 化け物は、今度はベッドの下を覗き込んでる。

 あ、あああ、あそこも、選ばなくて良かった。完全に化け物の視線の高さ……! すぐに気づかれていたわ。



 再びうろうろと室内を這いまわり、私の姿を探す化け物。やがて、この部屋から窓伝いにか、化け物が辺りを探している時にか、とにかくこの部屋を出て行ったと考えたのだろう。部屋を、出て行った。



 あ、ああ、良かった……。

 今のうちに逃げよう……。

 ああ、でも、どうして……?

 どうしてこんな……?

 今日は私しか屋敷にいないのに……。

 夫は仕事で、娘は王宮に。

 今この屋敷には私と使用人だけ。使用人なんて物の数には入らないし、これだけの音が鳴っても出てこないところを考えると……もしかしたらもう……。

 どうにか逃げ延びなければ。

 でも、どうすればいい?

 屋敷を出るの?

 こんな寝間着姿でどこへ行けと?

 いいえ、とりあえず屋敷にいるよりはマシかもしれない。




 そっと部屋の外の様子をうかがう。

 化け物は……いないようね。

 ああ、失敗したわ。あの化け物がどっちへ行ったのか、確認すればよかった。

 出口は下。どうか、化け物が下へと行っていませんように。

 祈りながら、足音を立てないように静かに部屋を出て、階段へと向かう。

 そっと、そっと階段を下り、踊り場にガラスがないことに気づいた。



 どういう、こと?

 あの時、鏡は砕け散った。その鏡が、今、目の前にある。まるで私をあざ笑うかのように、元通りに。

 っ!

 いや、ね……またこの鏡から出てきたらどうしよう。早く通り過ぎましょう!


 急いで下へ。

 階段を降り切れば、玄関ホール。外へはすぐだ。

 嬉しくて駆け寄った私は、絶望に震える事となる。

 玄関が開かない。

 どうして!?

 鍵はかかっていないのに!






ボーーーン   ボーーーン

「ヒッ!?」

 急に鳴りだす柱時計。

 慌てて振り返った私は、時計の針が、奇妙な動きをしていることに気づいた。ぐるぐると反時計回りに回っている。

 鐘の音は、思い出したように鳴ったり鳴らなかったり。



 いや、いや、怖い!



 危機感を覚え、走り出す。

 咄嗟に、目についた地下への階段を駆け下りた。その後ろで、柱時計から化け物がずるりと出てきたことに気づかず……。













 私が駆け下りた先は、食料の貯蔵庫。

 公爵家に相応しい広さをしている。

 石造りでひんやりと冷たい。

 天井からは鳥や牛、豚、魚などの肉が吊るされ、台の上には野菜や果物。チーズなんかもかごに入っておいてある。

 壁際には、埋め尽くすほどサーバーがずらりと並び、床には樽が並べてある。




 それにしても……なんだか臭いわね……。

 まるで、何かが腐ったような……。




 こみあげるものがあるけれども、叫び、走ったせいで、喉は乾いている。とはいっても、ここはあくまでも貯蔵庫で、食器などはない。仕方がないから、本来なら使用人がワインの味を確かめるためのグラスを手にし、サーバーを捻った。








 溢れてきた赤黒い液体。

 どろりと重たい。

 確かに、常備してある樽のワインは赤。でも、これは……!








「いやぁああああああっ!!」

 グラスを投げ捨てる。

 床に落ち、ガシャンと音をたてて割れたグラスから溢れた液体。

 私の足元に、サーバーから流れ出た液体が広がっていく。

 必死に蛇口をひねるも、壊れたようにくるくると回るだけで、一向に止まらない。

 パニックになった私は気づかず、必死に蛇口をひねる。しかし、次の瞬間、壁際を埋めるように並べられたサーバー全てから、中身が溢れだした……!

「いやっいやぁああっ」

 よろける。

 たまたま足元にあったのか、ワイン樽にぶつかった。

 本来なら樽一杯にワインが詰まっているはずのそれは、私がぶつかっただけで、容易く倒れる。そして、蓋が開いた。

 蓋の中から何かが飛び出す。

 良く見れば、それは、赤黒く変色した麻袋。

「あ……あ……」

 形状から、想像してしまう。

 そう、その麻袋は、まるで……そう、髣髴させてしまう、そんな形をしていた。まだ生きているのか、呻きながらうごめいている。

「ひぃいいいいっ」

 腰を抜かし、血だらけの床に尻もちついた私の目に、吊るされていたものが目に飛び込む。

「ぎゃぁあああああっ」

 吊るされた、首のない……。それは……性別なんて、関係ない。まるで、豚か何かのように、吊るされている。



 あ、あああ、なに、これ……

 違う違う違う!!!

 さっきまで、確かに鳥や豚、普通の肉だった!!

 ああ、でも、今、目の前にあるのは、確かに……





「おっぐぅうえええええっ」

 今日のメニューを思い出してしまった。

 今日は、肉が、メインの……。

 魚なら良かった。疑う必要がないから。でも、肉は……肉は……アレは……なんの、肉……?

 肉に合うと一緒に出されたワイン……赤の、ワイン……。

 私は、何を食べ、何を、飲んだ?

「おぇっうえぇえええっ」

 胃の中がひっくり返る。

 涙と涎と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、何度も、何度も。











 ずる……









 微かに聞こえた音。

 びくり、と肩が跳ねた。

 上から、した。






 ずる……    ずる……

   ずる……     ずる……






 上から、何かが這いずってくる……!!!

「ッ」

 脳裏をよぎる化け物の姿。

 いやっ! またアイツなの!?

 どうしよう、どうしよう!

 どこに逃げれば!?



 慌てて辺りを見渡す。

 肉と、赤黒い、異臭を放つ液体に塗れた部屋。

 目に飛び込んだ、更に地下へと続く階段。

 私は咄嗟に階段を駆け下りた。






 この屋敷に、食糧庫と、あのゴミを閉じ込めた地下牢以外、無いはずなのに……。











 必死に階段を駆け下りた私は、足がもつれ、転がり落ちてしまう。

「ぎゃあっ」

 がつり、と先にあった木の扉にぶつかり、勢いのまま押し開き、その先の部屋へと転がり込む。

 ここは、どこ?

 急いで起き上がり、辺りを見渡す。そして、驚愕に目を見開いた。

 部屋の中に鉄格子。ぼろい布切れと、ツボが一つずつ。

 ここは、あのゴミを折檻と称して閉じ込めた、地下牢……。



 どうして?

 どうして?

 どうして?

 何故?

 どうやって?

 ここは、食糧庫とは反対側の地下室……。




 けれども、驚きはそれだけではない。地下牢には使用人たちが揃っていた。

 今頃!

 今頃現れて!

 私が、女主人である公爵夫人が、あんな目にあっていたというのに!!

 怒りに目の前が真っ赤に染まるけれども、それよりも早く、使用人の一人が木の扉を閉めた。そして、別な使用人が、私の髪を掴み、鉄格子の中、使用人たちの間へと引きずっていく。

「痛いっ痛いっ!! アナタ、私にこんなことして許されると思っているの?!」

「うるせぇ、クソ女!」

「あんまりうるせぇと、二度と口がきけないようにするぞ!」

「ヒッ!?」

 恫喝。

 夫にも怒鳴られたことがない私は、恐怖に凍り付いた。



 何故?

 何故?

 何故、使用人ごときが、私にこのような口を利く!?

 使用人たちにぐるりと取り囲まれ、死人のように青褪めつつも、怒りに顔を歪める顔を見渡した私は、恐怖に震えた。

 どうして?

 何故?

 彼らは私に怒っているの?



「よくもっ! この、嘘吐き女!」

「この公爵家が危機に陥った時に助けてくれた家のお嬢様を……!」

「何が引き裂かれた恋人たち、真実の愛、よ!」

「お前たちのせいだ!」

「全部、お前たちが悪い!」

「私たちが誤解したのも!」

「奥様が亡くなられたのも!」

「お嬢様が亡くなられたのも!」

「公爵家が、借金塗れで、もう立ち行かないのも!」

「捕まった!」

「もう、逃げられない!」

「終わりだ!」

「全部、お前たちのせいだ!」



 な、何を言っているの?

 何の話?

 彼らは、いったい、何を言っているというの!?



「うぐっ」

 突然、髪を離されたと思ったら、お腹を蹴られた。

 それを皮切りに、取り囲む使用人たちの手が、足が、次々飛んでくる。一様に、お前たちが悪い、と言いながら。

 何が起きているのかわからない。

 鼻血が出た。

 骨が折れた。

 顔が腫れあがる。

 足がおかしな方へと曲がっている。



 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!



 どれだけ経ったか。私に感覚はない。ただ、ひくひくと痙攣しているだけ。

 指の一本も動かせない。

 使用人たちの手が止まっているのに気づき、ようやく終わったのだ、と安堵する余裕もない。けれども、怒り狂っている使用人たちは、そんなこと気にせず、私へと手を伸ばした。

 沢山の手が、ネグリジェを引き裂く。破り捨てる。あっという間に、裸にされた。

 がしゃり、と折れた足に何が嵌められる。

 冷たく、重たい感触。

 それは、私があのゴミがここで生活する際に取りつけた、足枷。鎖で壁に繋がれたもの。

「ま、まっへ……な、に、して……」

「うるせぇ、豚!」

「お前も同じ目にあえ!」

 また、怒鳴られた。

 全身が痛い。足も折れている。それなのに、こんな……この使用人たちは、私を殺そうというの? この、公爵夫人を!?

 何故!?




 わからない……。





 そのままぞろぞろと出て行く使用人たち。最後の使用人は、出て行くときに鉄格子にしっかりと鍵をかけた。中からは開かない。閉じ込められた。

「ま、まって……」

 何とか呼びかけるも、誰も応えることなく、木の扉から出て行った。

 ゴミを閉じ込めるためのはずの地下牢。そこに閉じ込められた私が一人、取り残される。

 う、うぅ……いったい、何が起きているの……?

 痛みで起き上がれず、裸のまま冷たい床に転がっている。

 許さない、許さない……

 私にこんなことをして……

 この、公爵夫人に……

 夫か娘が帰ってくれば、私がいないことに気づくだろう。そして、きっと探してくれる。そうすれば、すぐに私は見つかって、ここから出られる。

 出たら、この私をこんなメに遭わせたんだ、一族諸共処刑してやる。公爵家の権限で!

 呪いの言葉を吐き散らす。









ボーーーン   ボーーーン










 地下室に、微かにあの音が聞こえる。

 ぞくり、と体が震えた。

 急に室温が下がった気がする。

 あ……あ……ま、まさか、また、化け物が……?

 い、いやっここは、逃げ場も、隠れる場所もない……!

 ゆっくりと、木の扉が開いた。そして、そこから現れたのは……

「あああああああっ!!」

 髪は全てむしりとられ、右目は抉られ、顔の左半分は焼かれていた。乳房は両方とも覆うほどの釘を打ちつけられ、左足は切り落とされた、裸の、女。

 あの、化け物。

 床を這いずり、必死に体を起こす。

 なんとか壁に身を預けながら、化け物を見た。

 がちがちと歯がぶつかり合う。

 化け物は、目が合うとにたぁ、と笑った。





「い、た、い?」




 とても、とても嬉しそうに、問いかけられたとき、その化け物が、あの女の娘だと、私は気づいた。

 声にならない声が上がる。

 髪を振り乱し、涙と鼻水と鼻血と涎を撒き散らし、意味のなさない言葉を喚く。

 化け物は、鉄格子のせいで入ってこないけれど、にたにたと笑いながらこちらをみている。

「で、た、い?」

「いやぁあああっいやっ出ない! 出ないわ! ここから出ないから、許してぇええええっ!!」

 股間を濡らしながら、化け物に懇願する。

 無様な私の姿を眺め、なお一層唇を釣り上げる化け物。もう、唇が耳まで届くのではないかと思うほど、歪な笑み。

 残念、と零して化け物は立ち去った。







 それから、私の地下牢生活が始まった。









 使用人は、日に一度来るか来ないか。

 その手にスープ皿が一枚。中身はほぼぬるま湯のような、味のない、液体。それも、しょっちゅう手が滑った、と床にぶちまけられる。床にぶちまけられたものをすすりながらの日々。時に、すする頭を使用人に踏みつけられながらも、生きるために床を舐める。

 折れた足は、添え木も何もなく、治療一つされないまま放置され、歪んだままくっついてしまった。きっともう、まともに歩けない。

 やってきた使用人は、時折気まぐれに私の髪を掴んで床に押し倒し、気が済むまで殴っていく。それでも、私は、ここでの生活を望む。

 夜になり、鐘が鳴ると、化け物がやってくる。そして問うのだ。ここから出たいか、と。

 出ない!

 絶対に出ない!

 本能が言っている。ここから出て、あの化け物に捕まった方が、よほど恐ろしい目に遭わされる!

 誰も助けに来ないことを不思議に思うより、あの化け物に捕まらないことの方が、重要だった。あの化け物に捕まる可能性を考えれば、誰かに探しに来てほしいとも思えない。



 なんで、どうして、こうなった?

 私の幸せを奪った女が死んで、ようやく夫に嫁げた。夢の公爵夫人になったのに。

 夫が私達の娘を溺愛したせいで、あのゴミと王太子が婚約した時は、腸が煮えくり返りそうだった。けれども、王太子はゴミを捨て、私の娘を選んだ。

 公爵夫人になり、王家と娘が婚約して、私は幸せの絶頂にいたはずなのに。

 どうして、どうして、こうなったの?

 私が何をしたというの?

 どうして私の幸せはいつも奪われるの?

 あのゴミがくるまっていたであろうぼろきれにくるまりながら、神を呪う。









 ひやり、と何かが体に巻きついた。







 焼け焦げたような臭い。

 何かが腐ったような臭い。

 ぞわり、と全身が粟立つ。

 慌てて振り返った、目と鼻の先に、あの化け物の顔。





 は、いれ、たの……!?




 驚愕に、限界まで目を見開く。

「ざ、ん、ね、ん」

 にたぁ、と弧を描く口。

 悪戯が成功した子供のように無邪気に放たれた言葉。それを乗せた声は、低くしわがれ、限りなく悍ましかった。



 初めから……初めから、この化け物は、中に入れた!

 それなのに、ずっと、わざと、入れないふりをしていた!

 何故!?

 私にここで生活させるため!?

 使用人に殴られ、食事も満足に与えられず、こんな無様な姿をさせた!?

 何故!?



 そこで、ようやく気づく。

 それは、私があのゴミにさせた生活。



 わざとだ……!

 わざと、ゴミの分際で、ゴミの分際で……! 私を、この、私を……!

「ぐぅうっ」

 突然、身体が締め上げられる。それも、信じられないような力で。

 傷だらけの体が悲鳴を上げる。

 あは、あは、と歪な笑い声を上げながら。

 足が宙に浮いた。じゃらり、と鎖が鳴る。

 痛い、苦しい。

 次の瞬間、床に叩きつけられた。

 あまりの痛さに悲鳴をあげることもできない。それは数度繰り返され、使用人の暴力がいかにましだったのか、初めて知る。

 人と、化け物の力の差に、恐怖しかない。

 私は、ここで、殺されるの?

 化け物に、玩具のようにされながら?

 なんで?

 どうして?

 私が、何をした、と?

 私の幸せを奪った女が、その女の子共が悪いだけで、私は、悪くないのに……

 遠のく意識に、ただひたすらに神を呪った。


反省。

小さいころ……いえ、今もですが、祖父母の家にあった柱時計が怖くてしかたがない。

そのイメージのまま書いたのですが、あまりいかせなかったです。

ハン〇バル先生、エク〇シスト(画像が怖すぎて観てない)、クロ〇クタワー(怖くてすぐやめた)をイメージしました。

違ったらすみません……。

怖かったので、先生のイケメンぷりだけを思い出しながら書いたので……!

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[気になる点] 指一本も動かせない え?指がまだついている事に驚いた。
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