28「序列2位決定戦①」
ウォレンとの序列戦――序列二位決定戦は、悪魔学校のグラウンドで行われた。
生徒たちからすれば三位と二位の戦いだ。特にウォレンは普段学校に顔を出さないこともあり、注目が集まっている。見れば、グラウンドの周囲には客席のようなものが用意されており、大勢の観客たちが序列戦の始まりを今か今かと待っていた。
「ケイル様、大丈夫ですか~?」
グラウンドの中心へ向かう途中、エレミーに声を掛けられた。
「ああ。体調も問題ないし、いつでも戦える」
「体調だけではなく……その、緊張とかもしてませんか~?」
エレミーが客席の方を見て言った。
確かに、これだけ注目を浴びれば緊張してもおかしくない。しかし――。
「言われてみれば、思ったよりしてないな。……そんなに、場数を踏んでいるわけでもないのに」
或いは、俺が覚えていないだけで――本当は場数を踏んでいるのか。
記憶はまだ戻っていない。しかし、徐々に感覚を思い出しつつあった。頭の中では空白として扱われている過去も、肉体は鮮明に覚えているのかもしれない。
「その様子なら、今回も楽勝ですね~」
「いや……今まで楽勝だったことは一度もないんだが」
「そ~ですか~?」
エレミーがからかうような口調で言う。
本気なのか、冗談なのか、判別が難しい。
「今回も、ケイル様の急成長を期待していますよ~?」
緊張を心配していたくせに、緊張させるような言葉を発して、エレミーは俺の背中を押した。
歓声が響く。生徒だけでなく教師まで、様々な悪魔が俺とウォレンの戦いを待っていた。
「来たか」
グラウンドの中心には、ウォレンがいた。
先に到着していたらしいウォレンは、俺の姿を見て軽く屈伸する。
「……序列戦には、ちゃんと来るんだな」
「あ? んだよ、ばっくれて欲しかったのか?」
「いや、そういうわけではないが……」
見た目や口調で誤解してしまいそうになるが、ウォレンはきっと実直な性格なのだろう。
そんなふうに、思っていたが――。
「……学校に来ていない理由は、昨日言っただろ。何もかもがどうでもよくて、面倒臭くなっちまったからだ」
ウォレンは軽く舌打ちしてから言った。
「だがまぁ、今日はそんなに面倒にはならねぇと思ってな」
「……なに?」
言葉の意味が分からず、首を傾げる俺に、ウォレンは笑って答えた。
「どうせ――すぐ終わるだろ?」
総毛立つほどの殺気が放たれる。
無差別に放たれたその圧力に、それまで騒いでいた客席が一瞬で静まり返った。
「じょ、序列二位決定戦――開始ッ!」
審判が怯えた様子で合図する。
その直後、膨大な劫火が眼前から迫った。
「く――ッ!?」
いきなりの攻撃に、戸惑いながら対処する。
ヴィネ一族の《狂飆》の力を解放し、迫り来る炎を吹き飛ばした。
舞い散る火の粉が地面に触れる。瞬間、砂粒が燃え上がった。
ただの炎ではない。恐るべし熱量だ。
「これが……ベリアル一族の《獄炎》か」
エレミーが言うには、通常よりも遥かに強くて消えにくい炎とのことだ。
シンプルであるが故に力強い。そもそも炎というだけでも武器として成立するのに、それが更に強化されているのだから、恐ろしいに決まっていた。
純粋な攻撃力では太刀打ちできない。
どうにか隙を突く必要がある。
「てめぇ、ちゃんとレベルは上げてきたんだろうな?」
ふと、ウォレンが訊いてきた。
「レベル?」
「……ちっ、そういうことか。あのメイド、俺を踏み台にする気だな」
何を言っているのか分からないが、ウォレンは得心した様子だった。
「存外、スパルタじゃねぇか。訓練よりも、実戦経験をひたすら積ませて、爆発的な成長を促すって寸法か。……どうりで、こんな短期間で、何度も序列戦をしてると思ったぜ」
「……さっきから、何を言ってるんだ?」
「なんでもねぇよ。……あのメイドは、てめぇに相当期待しているみてぇだな」
そう言って、ウォレンは右腕を前に突き出した。
「――《炎剣》」
ウォレンの掌に、炎の剣が現れる。
その刀身は、爆炎が凝縮されたかのような強い輝きを灯していた。剣の周りに陽炎が生まれ、空間が歪んで見える。
「行くぜ」
ウォレンが接近する。
あの剣には近づかない方がいい。見るだけで分かる。あれは防ぐことは愚か、触れただけで危険な代物だ。
「《疾風槍》ッ!!」
使い慣れた風の槍を放つ。
目にも留まらぬ速さで空を滑る疾風の槍。しかし、ウォレンはそれを――手に持った《炎剣》で、軽々と弾いた。
「くはっ! なんだ今のは、そよ風か!?」
ウォレンの足は止まらない。
そのまま近づいてくるウォレンに、俺は焦燥しながら頭の中でイメージを固めた。
飛び道具では凌げない。ここは俺も、ウォレンと同じように武器のようなものが必要だ。
――《血戦斧》ッ!
脳内に浮かんだイメージを再現する。
嵐が集束し、巨大な斧が生まれた。
ウォレンが《炎剣》で斬りかかってくる。
俺は後方へ飛び退きながら、嵐の斧を横に薙いだ。
爆炎と爆風の鍔迫り合い。
その勝敗は――引き分け。激しい衝撃が全方位に放たれ、砂塵が目を眩ませた。
「そいつも……見たことねぇ技だな」
砂塵の間に、不敵に笑ったウォレンの顔が見える。
この男はヴィネ一族の技を知っているのだろう。恐らく……俺よりも。
「んな棒きれでは、防げねぇような技を見せてやる」
そう言ってウォレンは、掌をこちらに向けた。
「――《獄炎流》」
炎の激浪が現れた。
一瞬で周囲の気温が上昇した気がする。地面を這うその炎に、俺は再び頭の中で何か使えそうな技を探した。
――『部分獣化』ッ!
両足の膝から下を、嵐が覆った。
獣の如き俊敏な動きでグラウンドを駆け、炎の波を回避する。
そのまま、風の爪を展開してウォレンに襲い掛かった。
「はははッ! いいぜ、思ったよりやるじゃねぇかッ!!」
ウォレンは《炎剣》を生み出して、俺の爪を防ぐ。
「えげつねぇほど速ぇな。だが、どうにも小手先の感じが拭えねぇ」
ウォレンの言う通りだ。
恐らく、この戦いで俺が使ったどの技でも、決定打には成り得ないだろう。
分かっている。
なんとなく感じる。
やはり、これは――――今の俺の力ではないんだ。
身体に染みついた感覚が訴える。本来、『部分獣化』という技は、もっと力強かった筈だ。決して速いだけの技ではない。
確かに馴染みのある力だが、上手く発動できていない感触があった。
これじゃない。きっと、今の俺には、もっと適した技がある。
例えば――元序列四位、《錬金》の使い手であるアルケル=ザガンを倒した時。
俺は、ヴィネ一族の《狂飆》を、こんな感じで使っていた筈だ。
「お?」
ウォレンが小さく声を零す。
俺の頭上に、疾風の槍が幾つもの浮かんでいた。
「――《疾風槍の雨》」
大量の《疾風槍》がウォレン目掛けて降り注ぐ。
その数、凡そ百本。ウォレンの姿はあっという間に槍に隠れ、見えなくなった。
――手応えあり。
用意した槍の全てが放たれ、十秒ほど続いていた轟音が漸く止んだ。
数と速さを兼ね揃えた攻撃である。序列四位のアルケル=ザガンはこれで倒した。
序列二位のウォレンとて、無傷では済まないだろう。
「……伊達に、三位まで上がってきたわけじゃねぇな」
立ち込める砂塵の中から、ウォレンの声が聞こえる。
「いいぜ。……てめぇになら、使ってもいい」
砂塵が晴れる。
その奥から、現れたのは――。
「レベル2――《獄炎の使い魔》」
凄まじい炎を纏った、赤い馬だった。




