26「ズル」
「ズル……?」
訊き返すと、ウォレンは舌打ちした。
つい口が滑ってしまったとでも言いたげな様子だ。
「……元々、俺とライガットは競争していた」
ウォレンは後ろ髪をがしがしと掻きながら語り出す。
「一年生の頃から、俺とあいつは周りから別格扱いだった。俺はライガットの実力を認めていたし、ライガットも俺の実力は認めていた。仲がよかったわけじゃねぇが……切磋琢磨する間柄だったのは間違いねぇ」
どうやら、ウォレンはライガットと縁があるようだった。
かつての記憶を語るウォレンの顔は、どこか穏やかだ。口調は厳しいが、ウォレンにとっては楽しかった日々なのだろう。
「当時からライガットは強かった。切磋琢磨とは言ったが、ぶっちゃけ俺が勝ったことは一度もねぇ。ただ、その差は少しずつ狭まっていた。アイツの強さは紛れもなく本物だが、決して手の届かねぇ領域ではなかったんだ。……だが、ある日を境に、ライガットは桁違いに強くなった」
ウォレンは唇を噛み、続けて語る。
「ただでさえ天才だったんだ。そいつが更に急成長した結果、俺はあいつに完全敗北した。まさか、傷一つつけられなくなるとはな……最初は死ぬほど悔しかったぜ。一体どうやったら、そんなに強くなれるんだと思ったさ。……だが、時が経つにつれてどうにもおかしいことに気がついた」
ウォレンは拳を握り締めて言う。
「あいつの強さには、ばらつきがある」
「ばらつき?」
「調子の波が激し過ぎるんだ。波に乗っている時は次元が違うほど強ぇのに……そうじゃない時は、以前よりも遥かに弱くなっていやがる」
弱くなっているとは、奇妙な話だ。
不可解な顔をする俺に、ウォレンはすぐに話を再開した。
「気になった俺は、暫くあいつの後を付けてみた。そして……発覚した」
ウォレンは、感情を押し殺したような声で告げる。
「あいつは……何かを使っていやがる」
恐らくその時の光景を思い出しているのだろう。
ウォレンは、険しい顔つきで語った。
「あいつは定期的に、妙なものを飲むんだ。青い……錠剤のようなものだ。以前はそんなもの飲んでいなかった。念のため学校側にも確認したが、何らかの病が発症したというわけでもねぇ。ありゃあいわゆる、ドーピングだ」
ウォレンは眉間に皺を寄せながら言った。
「試しに一度、錠剤を飲む前のあいつに不意打ちをかましてやったことがある。すると案の定、あいつは弱かった。序列戦の最中なら間違いなく防げた一撃だったが、あいつは防ぐどころか反応すらできなかったんだ」
つまり、ライガットの調子の良し悪しは、薬を使っているかどうかだったということだ。それなら辻褄も合うが……。
「でも……飲むだけで強くなれる薬なんてあるのか?」
「あるんだから仕方ねぇ。……身体能力は変化していなかったから、恐らくあの薬は、悪魔の能力を強化するものだ。或いは、亜人の種族特性そのものを強化しているのかもな」
亜人の種族特性を強化する薬。
その存在を頭の中で思い浮かべた瞬間、ズキリと頭痛がした。
妙な感覚だ。何か、心当たりがあるような気もするが……記憶に靄が掛かっているせいで正体が分からない。
「……グノーシス」
その時、エレミーが小声で何かを呟いた。
上手く聞き取れなかったので、エレミーの顔を見る。すると彼女は何事もなかったかのように笑みを浮かべながら小首を傾げた。
気のせいか?
何かを呟いたかのように、聞こえたが……。
「まあ、そんなわけで……あいつが、そんなもんに頼っているのを知ってしまった俺は、急に何もかもがどうでもよくなっちまってな。別に俺は、そんなことをしてまで魔王の座が欲しいわけじゃねぇし……ライガット=バアルが序列一位の座にいる間は、序列戦なんて無意味だ。そう思うようになった」
「……だから、学校にも来なくなったのか」
「ああ。元々、序列戦のためだけに通っていたようなもんだ。……唯一、興味のあった相手も、今やすっかり落ちぶれちまったしな」
その興味のあった相手とは、ライガットのことなのだろう。
切磋琢磨していた好敵手が、下らない力に手を出してしまったのだ。ウォレンの心中は想像に難くない。
「ライガット=バアルは、どうしてそんなものに手を出したんだ?」
「さぁな。……だが、はっきりと言えることはある」
語気強く、ウォレンは告げる。
「あいつは、落ちぶれた力に手を出すような、ヤワな男じゃねぇ。それでも狂っちまったということは――誰かに誑かされたんだ」
黒幕の可能性を、ウォレンは示唆した。
全てを語り終えた後、ウォレンは小さく呼気を吐く。
「話は以上だ。……ケイル=ヴィネ。悪いことは言わねぇから、序列戦からは暫く距離を置け。どうせ俺もライガットも、あと一年で学校を卒業するんだ。そうなりゃ自動的に、てめぇが一位になるだろ」
確かにウォレンの言う通りだ。
ライガットが本当に妙な薬を手にしているのだとしたら、そのような怪しいモノとはできるだけ関わらない方がいい。
しかし、ウォレンの言葉に従うと……俺は一年間、待たなければならない。
失った記憶も、一年間放置されたままだ。
「……それは、できない」
エレミーを一瞥すると、彼女は小さく首を縦に振った。
ヴィネ一族の大願は、反天派の代表として、天使族が所有する『レメゲトン』を奪い取ることだ。そしてそれを実現するためにも、ライガットを序列一位で卒業させてはならない。ライガットが魔王になれば、悪魔は天使に傅くことになる。そうなれば天使族に攻め入る機会も失われてしまうだろう。
正直、ヴィネ一族の大願なんてあまり気にしていない。
ただ俺は……ヴィネ一族の跡取りとして、ライガットを倒さなければ、記憶を取り戻せないのだ。
「俺は、ライガットを倒したい」
私欲塗れの願望だが、その思いは本物だった。
決意を込めて告げると、ウォレンは不敵な笑みを浮かべる。
「そうか。……なら、まずは俺と戦うってことだな」
そう言って、ライガットは俺を睨んだ。
「ライガットの話ばっかりしちまったが――俺も強ぇぜ?」
ゴウッ、と暴風が吹き荒れたような気がした。
その実態は――殺気。
全身の肌が粟立つ。この男は、今まで戦ってきたどの悪魔よりも間違いなく強かった。
「序列戦、受けてやるよ」
序列二位、ウォレン=ベリアルは、獰猛な笑みを浮かべた。




