25「何がしたい」
アランがポケットの中から鍵を取り出し、小屋の扉を開ける。
そのままアランが小屋に入り、数分が経過した頃。
唐突に、扉が開き――その向こうから、炎が飛来した。
「ッ!?」
灼熱の矢が迫り、俺は驚愕しつつも嵐でそれを吹き飛ばす。
激しい衝撃波が全方位に放たれ、エレミーとリリの小さな悲鳴が聞こえた。
パラパラと火の粉が舞い散る中、扉の向こうから誰かがやって来る。
「……こいつか」
微かに呟いたその男は、肉食獣の如き獰猛な双眸で俺を睨んだ。
黒い髪に金色の瞳。そして短い角。アランをそのまま成長させたような姿だが、その体躯はアランよりも筋骨隆々で、何より瞳の鋭さが一線を画していた。睨み合うだけで、足が竦んでしまうほどの迫力を感じる。
この男が、序列二位……ウォレン=ベリアルだろう。
オーラとでも言えばいいのか。この男からは、迂闊に近づけない威厳を感じる。
「お前だろ? 俺に、序列戦を申し込みてぇって奴は」
「あ、ああ……」
肯定すると、次の瞬間――眼前に巨大な炎の塊が現れた。
「凌いでみせろ」
「な――っ!?」
突如、放たれた炎塊に、俺は目を見開く。
驚いている暇はない。すぐに対処しなければ、あっという間に燃やされてしまう。
――『部分獣化』!
右手を横に広げ、肘から先に嵐を纏わせた。
自身の腕が拡張されたような感触と共に、腕を力強く横に薙ぐ。
迫り来る炎塊を、周囲の大気ごと弾き飛ばした。
「風の爪……? ヴィネ一族の《狂飆》ってのは、そんなこともできんのか」
ウォレンが、僅かに驚いた様子で呟く。
そのまま、俺のことをまじまじと見つめたウォレンは、
「いいだろう。入れ」
そう言ってウォレンは小屋の中に戻った。
エレミーたちと顔を見合わせる。今のは……俺の実力を確かめたかったのだろうか?
警戒心を抱きながら、俺たちは小屋の中に入った。
小屋はそれほど広いわけではなく、部屋はリビングを含めて三つしかない。内装も最低限の家具および調度品しか存在せず、殺風景に感じる。
生活感もあまりない。脱ぎ捨てられた着替えなど、一応寝泊まりしている痕跡はあるが、どちらかと言えば一時的に利用している仮宿のような雰囲気だ。
ウォレンは革張りのソファにどっかりと腰を下ろし、目の前にあるローテーブルの上に足を載せた。
「もてなす気はねぇぞ。寛がれても困るからな」
そう言ってウォレンは、俺にソファへ座るよう無言で促した。
俺はウォレンの対面にある黒いソファに、ゆっくりと腰を下ろす。
「序列二位、ウォレン=ベリアルだ」
「……ケイル=ヴィネ。序列三位だ」
お互い、相手の名と序列は既に知っていた。
最低限の形式的な挨拶を済ませたウォレンは、眦鋭く俺を睨む。
「てめぇ、なんで序列を上げてぇんだ?」
「……え?」
「ちやほやされたいだけなら、三位でも十分だろうが。俺に序列戦を挑んで、てめぇは何がしてぇ?」
何がしたい、と訊かれると……返答に窮する。
当初はヴィネ一族の跡取りとして、魔王を目指すつもりだった。だが今は違う。失った記憶を徐々に思い出しつつある今、俺は自身の境遇に疑いを抱いていた。
俺は本当に、ヴィネ一族の悪魔なのだろうか?
その疑問が晴れない限り、魔王を目指すつもりはない。
だから今、俺が序列戦を申し込んでいる理由は、偏に俺の記憶を取り戻すためである。
現在、序列一位の悪魔であるライガット=バアル。あの男を倒せば記憶が戻ると、エレミーが言ってくれたから……。
「それは――」
「そんなの、魔王になるために決まっているじゃないですか~!」
俺が答えようとすると、遮るようにエレミーが答えた。
建前の回答を述べるエレミーに違和感を覚える。まるで俺の境遇を、他の誰かに伝えたくないといった様子だ。
「なれると思ってんのか?」
ウォレンはドスの利いた声で言った。
「あの、ライガット=バアルをぶっ倒せると、本気で思ってんのか?」
その問いに、俺は即答することができなかった。
分からない……それが本音だ。ライガットとの力量差はつい先日痛感したばかりだが、あれが全力ではない気がする。多分ライガットは、俺が予想している以上に強いのだろう。
しかし一方で、俺もまた自分の能力について疑念があった。
不思議なことに、俺もまだやれる気がするのだ。だから、俺とライガットの勝敗は、色んな意味で予想がつかない。
「ケ、ケイル様のことを、何も知らないくせに……」
その時、リリが震えた声でボソリと告げた。
「誰だ、てめぇ」
「ひ、ひぃっ!? ごごご、ごめんなさい……ぶたないで……っ!」
「いや……名前訊いてるだけだろうが」
想像以上の怯えっぷりに、ウォレンが若干困惑した。
身構えていたリリは、落ち着きを取り戻し、自己紹介する。
「リ、リリ=シトリー……元序列三位よ」
「……ああ。つい先日まで俺の下にいた、シトリー一族の女か」
流石にリリのことは知っているみたいだ。
新顔の俺と違って、リリはそれなりに長い間、序列三位の座に君臨していたらしい。知っているのも当然である。
「シトリー一族の力は《魅了》だったか。……正直、てめぇの方がライガットに勝つ可能性はあったぜ。正面からぶつかる必要がないからな」
「で、でも……ケイル様は、そんな私をあっさり倒してみせたわ」
リリの言葉に、ウォレンは目を細めた。
一理ある、とでも思ったのだろうか。
「兄貴」
ふと、アランが口を開いた。
ソファに座ることもなく、傍でじっと話を聞いていたアランは、神妙な面持ちで告げる。
「こんなこと言いたかねぇが……この男なら、本当にライガット=バアルをぶっ倒せるかもしれねぇぜ」
そんなアランの言葉を聞いて、ウォレンは……小さく笑う。
「はっ、無理に決まってんだろ」
どこか苛立たしげに、ウォレンは言う。
「あいつは――ズルしてるからな」




