22「舞台裏の対話」
「序列戦が行われていることには気づいていたが……今のはトラブルだろう? 思わず手を出してしまったが、問題はないな?」
「は、はい……」
リリが戸惑いを露わにしながら肯定した。
それからライガットは、俺の方を見る。
「ケイル=ヴィネか」
どうして俺の名を知っているのか、僅かな動揺が沈黙を生んだ。
その沈黙を、ライガットは肯定と解釈した。
「君の快進撃については私の耳にも入っている。これからも精進したまえ」
「……ありがとうございます」
ライガットは最後に、俺たちの顔を見る。
「今後は気をつけるように」
そう言ってライガットは踵を返した。
空気が弛緩する。……無意識に緊張していたらしい。下手すればリリとの序列戦以上に重圧を感じた。
ライガットが倒した男子生徒を見る。
制服の中心が焼け焦げていた。的確に、鳩尾の辺りを狙ったらしい。
「……圧倒的だな」
「だ、大丈夫ですよ~。ケイル様も、すぐに追いつけますから~」
エレミーが励ましてくれる。しかしその表情は引き攣っていた。
搦め手を得意とするリリと違って、ライガットはまさに個の強さが目立つ悪魔だ。あれを本当に倒せるのか、今の俺にはまだ自信がない。
「しかし……リリ様も、とんでもない悪魔を支配下に置いていたんですね~。この悪魔を中心に戦略を立てていれば、ケイル様に勝てたのではないですか~?」
エレミーがリリに訊く。
確かに、先程ライガットが倒した悪魔は非常に強かった。この男が前線に出ていれば、俺とリリの序列戦は決着がつくまでもう少し時間がかかったのかもしれない。
しかし、リリは不可解な様子で口を開く。
「さ、さっき暴れた悪魔は……あんなに強く、なかった筈よ」
「……どういう意味ですか~?」
「あ、あの悪魔は、他の生徒と同じ……普通の実力でしかなかった筈。《魅了》を使った時、相手の"格"が分かるから……間違いない」
リリの言葉に、俺とエレミーは首を傾げた。
「じゃあ、なんでこの男は……あんなに強かったんだ?」
その問いに答える者は、誰もいなかった。
◇
「ライガット」
廊下を歩くライガットに、何者かが背後から声を掛けた。
ライガットは金色の長髪を揺らしながら振り返る。
そこに立っていたのは、牛の角を生やした男だった。
「……ガシャス=バラム」
名を呼ぶと、ガシャスは小さく唇で弧を描いた。
ガシャスは数年前に悪魔学校を卒業した男だが、現役の生徒たちにもそこそこ名を知られている。何故なら、バラム一族は悪魔族の宰相として代々魔王を補佐しているのだ。現役の生徒たちにとって、ガシャスは「いずれ自分を補佐してくれるかもしれない相手」である。
ガシャスもそんな自らの立場を理解しているのか、卒業生という肩書きを利用して度々悪魔学校を訪問していた。
ガシャスは、悪魔社会では珍しい穏やかな心根の持ち主としても有名だ。
ケイルが背負うべきヴィネ一族の借金を肩代わりしたという話も、既に広まっている。
「私が何故、声を掛けたのかは理解しているだろう」
ガシャスは、真剣な眼差しで告げた。
「どうして彼を――ケイル=ヴィネを助けた?」
「……別に彼を助けたわけではない。あのままだと他の生徒にも被害が生じたから、止めただけだ」
ライガットは視線を逸らし、誤魔化すように言った。
ガシャスが訝しむような目でライガットを見る。その面持ちは、とても穏やかな心根の持ち主とは思えないほど険しかった。
「ガシャス、私からも質問がある。……何故、私以外がグノーシスを所持している」
「あれはただの実験だ。……以前、君にも話しただろう。グノーシスは"格"が高い亜人でなければ使用できない。しかし、それでは不便だと思ってね。私なりに改良した上で、適当な生徒に摂取させてみたんだが……見ての通り失敗だったよ。理性が消滅してしまった」
「……たかが実験のためだけに、何の罪もない生徒を利用したのか」
「実験のためだけではない。序列戦という機会を利用して、あわよくばケイル=ヴィネを潰すつもりだった。……一石二鳥を狙っていたのだよ。まあ結果はどちらも失敗に終えたわけだが」
失敗と口にしたガシャスだったが、その様子はどこか楽しそうだった。
実験の成功以前に、実験すること自体に楽しみを見出しているのだろう。
「お前が、ヴィネ一族の借金を肩代わりしなけば、ケイル=ヴィネが悪魔学校に入学することもなかった。……このような事態も避けられた筈だ」
「過ぎたことを言うのはよしてくれ。ヴィネ一族の復興に助力したのは、細やかな善意のつもりだったが……まさかその跡取りが、ここまで化けるとはな。私も後悔しているよ。……このタイミングで、肩代わりした分をケイル=ヴィネに請求しても怪しまれるだけだろうし、今更どうにもならん」
ガシャスが溜息交じりに言う。
「そろそろ君も、ストックがなくなる頃だろう。少し早いが、今月の分を渡しておこう」
ガシャスが懐から何かを取り出して言う。
それは青い錠剤だった。ガシャスは透明な袋に詰められた錠剤を、バアルに見せる。
バアルは、苦虫を噛み潰したような顔でその錠剤を睨んだ。
「どうした? 受け取らんのか?」
「やはり、私は…………」
震える声でバアルが何かを言おうとする。
その時、ガシャスは眦鋭くバアルを睨んだ。
「いいのか? ライガット=バアル」
脅すような声音で、ガシャスは告げる。
「ケイル=ヴィネの飛躍的な成長は目の当たりにしただろう? あれは、君と同じく王の器を宿している」
ライガットは無言を貫いた。
無視しているわけではない。ただ、ガシャスの発言が事実だと認めているからこそ沈黙していた。
「もし、ケイル=ヴィネがこのまま成長すれば……君の立場はどうなるだろうね」
「――っ」
ライガットの脳裏に、これまで投げかけられた様々な言葉が過ぎる。
次代の魔王。多くの悪魔が自分のことをそう呼ぶ。赤の他人だけでなく、親友だった者も、家族も……ありとあらゆる悪魔が期待の眼差しを自分に注いでいる。
耐え難い重圧が背中にのし掛かった。
その重圧から逃げるように、ライガットは錠剤を乱暴に受け取る。
すると、ガシャスは嫌らしく笑った。
「それでこそ、次期魔王と名高い御方」
「黙れ……っ!」
ライガットは強く歯軋りしながら立ち去った。




