21「不意打ち」
「ケイル様~」
決着がついた直後、背後から聞こえたその声に、俺は振り返った。
「エレミー、来ていたのか」
「ええ。途中から見ていましたが……ま~た、規格外な力を使いましたね~」
「規格外?」
「ヴィネ一族の《狂飆》に、先程のケイル様がやったような使い方は本来、ありませんよ~」
「……そうなのか」
薄々そんな気はしていたので、驚きは思ったよりも少なかった。
だがそれが事実なら、俺がヴィネ一族の悪魔ではない可能性が高くなる。なにせ俺は記憶の空白部分にあったイメージから、技を編み出したのだ。それがヴィネ一族のものでなかった以上、かつての俺はヴィネ一族の悪魔としてではなく、他の力で戦っていたのかもしれない。
「あ、あのっ!!」
考え込んでいると、リリが声を掛けてきた。
いつの間にかリリは俺に密着している。それに何やら必死の様子だ。頬は紅潮しており、肌は軽く汗ばんでいる。長い前髪の間から覗く潤んだ瞳は、真っ直ぐ俺の顔を見つめていた。
「ケイル様……!」
「ん?」
「私と結婚してください!!」
上目遣いのまま、興奮気味にそう告げたリリに、俺は暫く思考停止した。
「――は?」
思考が回復しても、マトモな返事をすることができなかった。
リリは無言でこちらを見つめている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね~? リリ様、どういう意味ですかそれは~?」
エレミーが戸惑いながら訊く。
「じ、実は私……一族の中でも、特に力が強い方で……そ、そのせいで、偶に《魅了》の力が制御できなくなるの。おかげで、異性に迷惑を掛けてしまうことも多いんだけど……」
視線を下げてそう言ったリリは、再び俺の顔を見つめる。
「で、でも……! 貴方は、私の《魅了》を完璧に無効化してみせた……! い、一位と二位の悪魔ですら、私の力には数秒間、抗えない時があるのに……あ、貴方は一瞬も、私の《魅了》に屈さなかった……! つ、つまり、貴方こそが、私と本物の愛を育める……唯一の存在!! 私は、貴方と結婚するしかないわ……っ!!」
何やらリリの中では勝手に俺と付き合うことが決定しているようだった。
「な~に意味の分からないことを言ってるんですか~?」
エレミーが引き攣った顔で言う。
「ケイル様は忙しい身なんですよ。ですから、貴方とお付き合いする暇なんてありませ~ん」
「あ、貴方には何も言ってないんだけど……じゅ、従者の分際で、出しゃばらないで……?」
「あぁん?」
「ひっ!?」
エレミーに睨まれ、リリは悲鳴を上げた。
リリは青褪めた顔で、俺の背中に隠れる。
「ケ、ケケケ、ケイル様!? こ、この人……怖い! 絶対、従者じゃない……!!」
「……ちょっと待ってくれ。頭が追いつかなくなってきた」
額に手をやりながら言う。
奇しくも、俺もここ最近エレミーの身分を疑っている。だがそれは今回の件とは全く関係ない筈だ。
「というか、ですね~。さっきからややこしいんですが……ケイル様のことを様付けで呼ぶのは、やめてもらってもいいですか~? その呼び方を許されるのは私だけですよ~?」
「な、何そのルール……。私、そんなの知らないし……」
リリが不満気にそう言うと、エレミーが眦鋭く睨んだ。
再び悲鳴を漏らして隠れるリリに、俺は溜息を吐く。どうしてこうなった。
「ケイル様。序列戦も済みましたし、さっさとこの場を離れましょう」
「ま、待って。まだ、話は終わってない……!」
不機嫌そうにエレミーが俺の腕を引く。
すると、リリも俺の服を掴んで引き留めようとした。
「ケイル様!」
「ケイル様っ!」
二人の女子生徒に挟まれ、身動きの取れない俺は、何故か懐かしい気分になった。
こういうシチュエーションが、過去にもあったような気がする。その時の俺も、今と同じく複雑な心中だったのだろうか。
その時――遠くで、物音が聞こえた。
「……ギ、ァ」
廊下の隅に倒れていた悪魔の男が、ゆっくりと立ち上がる。
男はどこか生気を失った目で、俺を睨んでいた。
「……倒していない悪魔がいたのか」
「今となっては可哀想ですね~。リリとかいう頭のおかしい女に、いいように操られて……」
「じょ、序列戦が最優先の、悪魔学校なんだから……皆、このくらい覚悟している。わ、私は、自分の能力を正しい方法で使っただけだし……操られた方が悪いわ」
既に決着はついた後だ。戦う必要はない。
きっと混乱しているのだろう。リリと一緒に状況説明をした方がいいか、そんなふうに考えていると――。
「オあァあぁあアァアアアアアァアアアアァアア――ッッ!!」
男は雄叫びをあげて、俺の方へ走ってきた。
「あ、あれ……? 能力の解除を、忘れてた……?」
迫り来る男のただならぬ様子を見て、リリが疑問の声を発する。
その間にも、男は驚くべき速さで俺たちに接近していた。
「リリ様! 早く能力を解除してください!」
「し、してる……筈、なんだけど……!? あれ? あれ……!?」
リリが困惑している。
どうやら間に合いそうにない。俺は両腕を交差させて、男の攻撃を受け止めようとするが、
「ガァ――ッ!!」
振るわれた拳は、想像を遥かに超えるほど重たかった。
「こいつ――ッ!?」
ただ者ではない。
軽く数メートルほど吹き飛んだ俺に、男は脇目も振らずに接近した。
男が右腕を横に伸ばすと、掌の先に大きな岩が現れた。それが男の能力なのだろう。男は焦点が定まっていない目で俺を睨みながら、その腕を払い――巨大な岩が、放たれた。
「《疾風槍》――ッ!!」
手加減している場合ではない。
俺は槍を放ち、男の岩を相殺する。しかし男は止まることなく、飛び散った礫に身体を傷つけられながらも更に肉薄してきた。
「なっ!?」
次の瞬間、男は俺と勝負することは不利と判断したのか、標的をエレミーに変える。
接近したところをカウンターで迎撃するつもりだったので、反応に遅れた。このままではエレミーを守れない。
万事休す。
そう思った直後――雷が走った。
「――《雷槍》」
ドン! と短い轟音と共に、男の身体が雷に弾かれる。
「危ないところだったな」
廊下の向こうから一人の男がやって来た。
獅子の如き金髪に、銀色の角が特徴的なその男は……。
「……ライガット=バアル」
序列一位。
現在、最も魔王に近い悪魔であり――いつか俺が倒さねばならない相手だった。




