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10「急襲」


 目の前の男が軽く床を踏む。

 次の瞬間、足元の床が形を崩し、何十本もの槍と化して俺に迫った。


「ちょ――ちょっと待て! なんで俺を襲う!?」


 敵の正体も、能力の詳細も分からないまま、俺は迫り来る槍を回避した。


「ていうか、誰だお前ッ!?」


「答える必要はない」


 次々と槍が飛来する中、俺は渡り廊下から校舎の裏へと移動した。

 すると男も当然のように追ってくる。


 校舎を盾にして槍をやり過ごすと、男は学校を囲む塀に掌をあてた。

 その直後、塀が形を変えて、巨大な大砲となる。


「なんだ、その能力……ッ!?」


 放たれた大砲を間一髪で避ける。

 大砲は背後にあった樹木をなぎ倒し、轟音が学校中に響いた。額から垂れた冷や汗が、顎まで伝う。


 男の能力が分からない。

 床を刃物や槍に変えたり、壁を大砲に変えたり……触れた物質を他の物質に変換し、更に操作しているのだろうか? いくらなんでも汎用性が高すぎる能力だ。


「ちっ! ――《疾風槍(ドラグニル)》ッ!!」


 壁と地面から無数の刃が飛来したので、俺は嵐の槍を三つ展開して、その全てを薙ぎ払った。


 貫通力の高い槍は、そのまま男の方へ迫る。

 だが槍が直撃する寸前、男の足元にある地面が鋼色の盾に変化して、男を守った。


「それが《狂飆》か。……成る程、確かに優れた能力らしいな」


 少なくともこの男は、俺のことをよく知っているらしい。


「だが、所詮は風。その程度の軟弱な力では、我が《錬金》には敵わない」


 男は不敵な笑みを浮かべて、俺に掌を向けた。




 ◇




 悪魔学校には、至るところに掲示板とポストが設置されている。これはどちらも序列戦を活発にするための措置だ。


 掲示板には、序列戦のスケジュールや結果が事細かに張り出されており、すぐ傍には序列戦の申請書も用意されている。これに記入してポストへ投函すれば、あとは学校側が序列戦の準備を整えてくれるのだ。


 序列戦で勝ち上がるには、掲示板による情報収集が大切だ。次はどの序列に挑むべきか、その序列を現在所有している相手はどんな能力を持っているのか、調べておいて損はない。


「流石に、いきなり一位に挑むのは難しいですし~……次に挑むとしたら、四位の方ですかね~」


 序列五位以上は悪魔学校の中でも別格だ。

 それぞれの間にある差は途轍もなく大きい。序列五位以降は、一足飛びで結果を求めては足元を掬われてしまうだろう。これからは堅実に勝ち進むべきだ。


「ええと、四位の方は……《錬金》のザガン様、ですか」


 序列五位以内の生徒は、常にその名が掲示板で公開される。ケイルの名が一気に広まったのもそのせいだ。五位の項目にはケイル=ヴィネという名がはっきりと記されていた。


 序列四位の名は、アルケル=ザガン。

 ザガン一族の能力は《錬金》、あらゆる物質を他のものに変換する力だ。


「正直、相性が悪いですね……」


 次の戦いは苦戦するかもしれない。

 ザガンの能力《錬金》の真骨頂は、地面や壁から硬い武器を生み出すことだ。硬度が高い物質は、武器にも防具にも成り得る。


 ヴィネ一族の《狂飆》は、攻撃範囲こそ広いが、あくまで操っているのは実体がない嵐――即ち風である。風で水は吹き飛ばせても、硬い壁には通用しない。フランキスはどうにか倒せたが、次のアルケルは簡単には倒せないだろう。


 倒すには作戦が必要だ。

 どうやって倒すべきか、考えていると――突然小さな地響きがした。

 ぐらぐらと足元が揺れる。何事だろうか、と首を傾げていると、


「おい! あっちで誰かが戦ってるぞ!」


「この時間に? 序列戦の予定はないよな?」


「ああ! 多分、私闘だ!」


 掲示板の前にできていた人集りが騒々しくなる。


「……しまった」


 話を聞いていたエレミーは、慌ててその場から走り去った。


 序列戦は魔王になるための重要なステップだ。ケイルがヴィネ一族の跡取りとして奮闘しているように、他の悪魔たちも色んな覚悟を背負って、真剣に臨んでいる。


 それ故に、序列戦で勝ち進む生徒には様々な試練(・・)が訪れる。


 高位の序列を持つ者は、下からの追い上げを恐れ、しばしば序列戦を申し込まれる前に警戒している相手を襲撃することがあるらしい。戦う準備ができていない相手を一方的に嬲り、二度と戦えないほど追い込むことで、自分の地位が奪われることを阻止するのだ。


 卑劣な手だ。しかし、もっと注意しておくべきだった。

 ケイルは入学早々、一気に序列五位を取得したのだ。警戒されるに決まっている。


「ケイル様……っ!」


 地響きがした方へ、エレミーは大急ぎで駆けつけた。

 渡り廊下から校舎の裏へ向かう。捲れた床や、崩れた塀を見て、ここが戦場だったのだと瞬時に理解した。


 ――能力を使うか?


 最悪、それも辞さない。

 今、ケイルに脱落されては困る。


 先日の序列戦で、エレミーはケイルの実力を垣間見た。まさか、あれほど強いとは思ってもいなかった。


 しかし、いくらそのケイルでも奇襲されれば一溜まりもない。

 今日のケイルは戦闘に対して消極的だった。その心の隙を突かれれば――敗北してしまう。


 遠くで砂煙が舞っていた。

 その中心に、一人分の人影が佇んでいる。


「ケイ、ル、様……?」


 まさか……もう、負けてしまったのだろうか?

 エレミーは焦燥に駆られて近づいた。


「ケイ――」


「はぁ……はぁ……なんだったんだ、コイツ……?」


 吹き抜けた風が砂塵を払う。

 人影の正体は、襲撃者ではなく――ケイルだった。


「結局、最後まで誰か分からなかったし……恨みを買った覚えもないんだけどな」


 ブツブツと呟くケイルの足元には、一人の男子が横たわっていた。

 男は完全に気を失っている。その黄土色の髪と、雄牛の角に、エレミーは心当たりがあった。


「えっと……ケイル、様?」


「ん……? エレミーか。悪い、急に襲われたから対処していた」


「そ、それは別に、いいんですが……」


 足元で倒れた男と比べて、ケイルには傷ひとつなかった。

 その様子に、エレミーは困惑しながらも告げる。


「あの……ケイル様」


「ん?」


「その方……序列四位ですよ」


 その言葉に、ケイルは暫く硬直してから口を開いた。


「……え?」




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