08「妹VS吸血鬼」
「兄さん! 兄さん兄さん兄さん! 聞きましたよ! 決闘で勝ったんですよね!」
ローレンスを決闘で倒してから数時間後。
家に帰ると、エプロンを身につけたミュアが小走りでやってきた。
「ミュア、今日はギルドに泊まるって言ってなかったか?」
「所用で帰ってきました! それよりも決闘の件です! エルデガード男爵家の長男を一撃で倒したと聞いたんですが、ほんとですか!?」
「あ、ああ」
「やりましたね! 貴族相手に一撃でケリをつけるだなんて、これで兄さんの評判もうなぎ登り間違いなしです! 今日はお祝いにしましょう! どんどんぱふぱふ~!!」
妙にテンションが高い。
ミュアは今日もギルドで依頼を請けると言っていたため、学園には登校していなかった筈だ。どうやって決闘のことを知ったのだろうか……?
(……マズイな)
祝ってくれるのは素直に嬉しいが、少し嫌な予感がした。
今日はミュアが帰ってこないと思っていたので、少し油断してしまったのだ。
「ミュア、その……実は今日から暫く、友人を家に泊める予定なんだ」
「友人ですか? ……まあ兄さんの友人なら、問題ないですけど。ライオスさんですか? それともエディさんですか?」
ライオスのこともエディのことも、ミュアには伝えていない筈だ。
なんで俺の学友のことを知っているのだろう……と思いつつ、俺はゆっくりと頭を振った。
「いや、そのどちらでもない。……入ってくれ」
振り返り、俺は玄関の外で待機している人物に声をかけた。
戸が開き、入ってきたのは、銀髪の少女だった。
「えっと、はじめまして。クレナ=B=ヴァリエンスです」
名を告げたクレナは、ミュアを前にして「わー、剣姫さんだー……」と暫し見惚れていた。
ミュアは先程までの笑みを消し、途端に能面のような顔をした。
「なんですか、このアバズレは」
「アバズレ!?」
「勝手に人の家に入り込んで、随分と図々しいですね」
「いやいや! 今、私、ケイル君の許可もらってたじゃん!」
クレナが目を見開いて抗議する。
そもそも何故、彼女がここにいるかと言うと――仕事の一環である。
クレナは俺と出会ったあの日まで、王都の宿に泊まっていたらしい。だが帝国軍に居場所を嗅ぎつけられ、襲撃を受けてしまった。今は他の宿に寝泊まりしているみたいだが、一度居場所を嗅ぎつけられたのだ、何か手を打たないと同じ轍を踏むに違いない。王都には沢山の宿があるものの、大人数で虱潰しにすればクレナの利用している宿くらい簡単に見つけられる。
なら、俺の家に来ないか?
そう提案したのが、大体今から三時間ほど前のこと。俺がローレンスとの決闘に勝った後のことである。
俺としても、護衛対象であるクレナには、なるべく傍にいてもらいたい。
ミュアは基本的にギルドの方で寝泊まりしているため、巻き込むこともないだろう。そう考えたのだが――。
「さ、最悪です……こんなことになるなら、長期依頼なんて請けるんじゃありませんでした」
「長期依頼?」
「……実は、明日から二週間ほど、仕事で遠出することになりましたので、今日はそれを伝えるために一度戻ってきたんです。夕食を食べたら、またすぐに出ないといけないんですが――――兄さんが、こんな女狐と一緒にいるだなんて聞いていません!」
クレナが女狐と言われて落ち込んだ。
顔を真っ赤にして怒るミュアに、俺は宥めるよう声をかける。
「ミュア……駄目か? 別にずっと泊めるわけじゃないんだ。数日だけでも……」
「駄目です! ここは私と兄さんの愛の巣! 私以外の女が寝泊まりするなんて、断固として拒否します! 私以外の女の匂いをつけたくありません!」
何を言ってるんだコイツは。偶にミュアは何を考えているのか全くわからなくなる。
ミュアは玄関に立ち、クレナに対し牽制するような動きをみせた。
「ミュア、頼む。詳しくは話せないが……少し、込み入った事情があるんだ。それに、クレナはああ見えて吸血鬼の貴族だ。決して怪しい人物ではない」
真剣な顔で頼み込むと、ミュアは頬を紅潮させてそっぽを向いた。
「そ、そんな格好良い顔で頼まれても…………駄目なものは、駄目です」
顔は多分変わっていないと思う。
しかし、まいった。この時間から宿を探しに行くわけにもいかない。
「じゃあ、今日一日だけならどうだ?」
俺が提案すると、ミュアは「一日……」と声に出し、考える素振りを見せる。
ミュアは散々唸り声を上げた後、絞り出したような声で言った。
「……条件が、あります。お風呂の水は毎回替えること。それと、夜十時以降は接触禁止です。クレナさんには私の部屋をお貸ししますので、そちらで寝てください」
「わかった」
「わ、わかりました……」
俺が頷いた後、クレナもミュアの様子に鼻白みながら首を縦に振る。
「あ、あと! お風呂上がりも接触禁止です! というかパジャマで会うのも禁止です! それと、朝食は私が作ったものを置いていきますから、クレナさんはキッチンに立たないでくださいね! 兄さんの胃袋は掴ませません!」
どこに対抗意識を燃やしているんだろうか。
ミュアの言葉に、クレナは無言でぶんぶんと首を縦に振った。
「……いいでしょう。では、今日だけ許します」
なんとかミュアのお許しを頂けた。
安堵に胸を撫で下ろした俺は、改めてクレナを家に上がらせた。
◇
「……では、私はギルドに行ってきます」
夕食をとった後。ミュアは支度をして、玄関に向かった。
玄関先まで見送る俺に、ミュアは笑みを零す。それから、俺の隣にいるクレナを鋭く睨んだ。
「クレナさん。約束を破ったら――斬りますから」
そう言ってミュアは腰に差す刀をカチャリと鳴らす。
クレナは顔を蒼白く染め、何度も頭を縦に振った。
ミュアが玄関から出て行き、扉が閉まった後、クレナは大きく息を吐いた。
「ミュアちゃん……なんだか、凄く怒ってたね」
「悪いな。どうも、その……ブラコンみたいで」
「ブラコンの域を超えてるよ、あれ……」
クレナと二人、疲労感に苛まれつつもリビングに戻った。
ぐったりとした様子で椅子に座るクレナへ紅茶を差し出した。クレナは「ありがとー」と怠そうに礼を述べ、カップを傾ける。クレナは吸血鬼社会における貴族だそうだが、こうして見るととてもそうは見えなかった。
「明日から、どこに泊まろっか」
クレナの言葉に、俺は紅茶を軽く飲んでから答えた。
「ここでいいぞ」
「え? でも今日一日だけという約束じゃあ……」
「そんなこと言ってられないだろ。ミュアには申し訳ないが、所詮はただの口約束だ」
ミュアは長期依頼で二週間ほど帰ってこない。クレナが数日寝泊まりしても、証拠さえ残さなければバレないだろう。しかし、クレナはいまいち乗り気でない表情を浮かべていた。散々、睨まれていたにも拘わらず、ミュアに嘘をつくのが後ろめたいらしい。
「そう言えばケイル君。ご両親は留守なの?」
「ああ。留守というか、行方不明だ」
「行方不明!? そ、それって、ただ事じゃないような……」
「もう何年も前の話だし、今となっては俺もミュアも困ってないから、別に気を遣う必要はないぞ」
気を遣われても困るというものだ。生きているか死んでいるかもわからないため、俺は両親の不在を嘆くべきなのか、それとも憤るべきなのか、判断がつかない。そんな状態が長続きすれば、関心も薄まるのも仕方ないだろう。
クレナは紅茶を飲み干した後、徐に立ち上がり、リビングを散歩するようにふらふらと歩いた。その途中、壁に立てかけてある剣を見つけ、じっとそれを観察する。
「この剣、ミュアちゃんの?」
「いや……それは母親のものだ」
母親のものだった、と言えなかったのは、多分、俺がまだ心のどこかで両親は生きていると思っているからだろう。
「母さんも、ミュアほどではないが、昔は有名な剣士だったらしい。もっとも、別の大陸で活動していたみたいだから、この国では無名みたいだけどな」
「そうなんだ。……じゃあ、ケイル君のお父さんも、出身はこの国じゃあないの?」
「ああ。父さんは冒険家だったらしい。冒険の途中で母さんと出会い、そのまま世界各地を渡り歩いた末に、この国で家を買うことにしたとか」
「ふぅん。なら、もしかしたらケイル君のお父さんとお母さんは、今頃どこかで冒険しているのかもね」
「それは……有り得るな。今思えば、父さんも母さんも、滅茶苦茶な性格をしていたから」
両親は失踪する前、よく俺とミュアを遊びに連れ立った。美しい自然を堪能したこともあれば、荘厳な神殿に案内されたことも、物々しい遺跡を探検したこともある。しかしあれは、俺たちを楽しませるというより、単に自分たちが楽しみたかっただけではないかと思う。父も母も、俺とミュア以上に楽しそうにしていた。
そんな風に過去を懐かしんでいると――ふと、クレナがこちらを黙って見ていることに気づいた。何か変な顔でもしていただろうか。そう思い、鼻の辺りを触ると、俺は自分が今、微かに笑みを浮かべていることに気づいた。
「ケイル君、やっぱり私、明日からは他のところに泊まるよ」
クレナが視線を落として言った。
「ここには、ケイル君たち家族の思い出が、いっぱい詰まっているから。私のせいで、それを危険に曝したくない」
妙な気を遣わせてしまった。
元々、彼女はミュアとの約束を破り、数日泊まることには否定的だった。改めてその意思を告げたクレナの姿勢は、より頑なになっている。これ以上の説得は難しいだろう。
「……しかし、宿は危険だぞ」
「そうだね。うーん、どうしよっかな」
二人して悩む。
こんなことになるなら、最初からミュアに「泊めるのは一日だけ」なんて言わなければよかった。
今頃、ミュアはギルドにいるだろうか。今から会いに行き、改めて交渉した方がいいのかもしれない。
そこまで考えたところで、俺はふと気づいた。
「ギルドだ。ギルドの宿泊施設に泊まればいい。あそこなら警備も整っているし、安全だ」
自分がギルドに所属していないため、すっかり気がつかなかった。
この手があったかと我ながら感心する。寧ろギルドなら俺の家よりも安全である。国が運営しているため個人情報の漏洩にも厳しい。帝国軍が宿泊者名簿を求めてきたとしても、正当な手順を踏まない限り突っぱねる筈だ。
「私、ギルドを利用したことないんだけど、その宿泊施設って誰でも使えるものなの?」
「俺も使ったことがないから詳しいことは分からないが、そんなに手間は掛からなかった筈だ。明日、放課後になったら早速ギルドに行ってみよう」
クレナは「うん!」と楽しそうに頷いた。
ケイルはシスコンではない……筈。
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