02「悪魔学校」
どうやら俺は記憶を失ってしまったらしい。
その事実を飲み込むまで、半月ほどの時を要した。
◆
悪魔族には幾つかの貴族と呼ばれる血統がある。
その中のひとつであるヴィネ一族の四男として生まれた俺は、家の跡取りを長男もしくは次男に任せ、のんびりと諸国を漫遊する日々を送っていた。
ところが一年前、ヴィネ一族の本邸に住んでいた者たちがまとめて失踪したという連絡を受ける。
詳細は分からないが、どうやら俺の知らないところで一族は財政破綻に陥っていたようで、いわゆる夜逃げを決行したらしい。
既に家との関係が殆ど断絶していた俺だが、諸々の手続きで一度、本邸が置かれている場所――魔界へと足を運ばなくてはならなかった。
しかし、その途中で不運にも事故に遭い、頭に怪我を負って気絶してしまう。
魔界に帰って治療を受けた俺は、一命を取り留めることこそできたが……代わりに記憶を失ってしまった。
「ケイル様! ご無事でしたか!」
治療室で目を覚ました俺が最初に出会った相手は、エレミーだった。
どうやら彼女は昔からヴィネ一族に仕えているメイドらしく、今までも俺と一緒に過ごしていたらしい。
俺の記憶喪失が発覚すると、エレミーは今までのことを丁寧に説明してくれた。
俺がヴィネ一族の四男であることも、一族が失踪したことも、全てエレミーから教えてもらったことだ。
「俺が……悪魔の、貴族?」
「はい。その証は、ご自身の頭に」
自分が悪魔の貴族だと聞いた時、俺は最初、何かの冗談かと思った。
だがエレミーの言う通り、頭に手を伸ばすと――硬いザラザラとした感触が返ってきた。
「……角」
「そうです。その青い角こそ、貴方がヴィネ一族の証です」
そう言ってエレミーは手鏡を俺に渡した。
鏡に映る俺の頭からは、二本の角が生えていた。その角は逞しく、上に向かって曲がっており、そして濃い青色に染まっている。
本能が訴えていた。
俺は悪魔だ。――高潔な悪魔の血を引いているのだ。
「本来なら、ケイル様には失踪したご家族の借金がなすりつけられるところでしたが……ある悪魔の温情によって、それは回避できました。金目のものは殆ど残っていませんが、魔界にある屋敷などの一部資産は、そのままケイル様のものになります。それと同時に……ケイル様はヴィネ一族の、正当な跡取りになりました」
「俺が……ヴィネ一族の、跡取りに?」
「はい」
エレミーは深く首を縦に振った。
「ケイル様。ヴィネ一族を継ぐことができる悪魔は、今や貴方だけです」
全ての過去を説明したエレミーは、俺にそう告げる。
「どうか、一族の跡取りとして……誇り高く生きてください」
「……ああ」
斯くして、ヴィネ一族の正当な跡取りとなった俺は、悪魔たちが住む領地――魔界で過ごすことになった。
そして、半月後。
俺は悪魔たちが通う学校――悪魔学校の門を叩いた。
◆
「ケイル様、どうかしましたか?」
半月前のことを思い出していた俺の顔を、エレミーが下から覗き見た。
いつまでも記憶喪失を引きずっていることを知られたくなくて、俺は咄嗟に周りを見回し、他の話題を探す。
「……いや。随分と、新入生が多いと思ってな」
「魔界にある唯一の学校ですからね」
この世界にはあらゆる種族が存在し、それぞれが独立した領地を所有している。
人間は多種族に対しても寛容であるため、その領地も複数の種族が自由に暮らせる場合が多い。一方、亜人の場合はその身体的特徴から多種族の生活様式と相容れないことも多く、自分たちの種族のみが暮らせる領地を持つことが多い。これを亜人領と呼ぶ。
一般的に、亜人領は複数ある。たとえば吸血鬼領は全部で五つあるし、獣人領はもっと多かった筈だ。
だが、天使と悪魔だけは亜人領をひとつしか持たない。代わりに、その領地がとてつもなく広いのだ。
天使領は、天界。
悪魔領は――魔界と呼ばれている。
魔界とは、この世界に唯一存在する悪魔だけの領地だ。
その規模は小さな国と言っても過言ではなく、そして広さに見合うほどの多くの悪魔が暮らしていた。
「悪魔学校か……本来なら俺が通うことはなかったんだよな?」
「そうですね。悪魔学校はただの学校ではなく……魔王になるための資格を得られる場所ですから」
神妙な面持ちでエレミーは言った。
「悪魔たちの王――魔王になるためには、悪魔学校を主席で卒業するという条件を満たさなくてはなりません。……どの一族にとっても、自分たちの中から魔王が現れることは誇り高いことです。そのため、通常は一族の中でも優れた才能を持つ悪魔だけが、この学校に通います」
「……その説明だと、俺には才能がなかったということになるな」
「まー、その方が面白かったんですが、うちの場合はちょっと違うんですよねー」
何が面白いんだよ、と複雑な顔をする俺にエレミーは説明する。
「メイドの私が言うのは烏滸がましいことですが……ヴィネ一族は、元から財政難に陥りつつありましたから、ケイル様が悪魔学校に通わなかったのは単にお金の都合なんです」
「あぁ……そう言えば、そんな話だったな」
記憶がないため実感は未だにないが、ヴィネ一族とは随分と不憫な血統である。貴族であるにも拘らず財政難に陥った結果、魔界から夜逃げして、所在がはっきりしていた俺も魔界に来る途中で事故に遭って記憶を失ってしまった。
そんな俺がヴィネ一族の肩書きを背負って学校に通えることになったのは、偏に温情によるものだ。
当初は俺が一族の借金を背負うことになっていたが、俺と一族が実質的な断絶関係であったことを知り、そこに待ったをかける悪魔が現れたのだ。流石に何も知らない四男に全ての責任をなすりつけるのは妙な話だろうと指摘したその悪魔は、借金の大半を肩代わりし、更に俺を一族の正当な跡取りにするよう手続きを済ませてくれた。
おかげで俺は、この悪魔に頭が上がらない。
一族が使用していた屋敷もそのまま残してもらったし、屋敷の調度品を売ることで悪魔学校の学費を手に入れることもできた。崖っぷちかと思いきや、寧ろ諸国を漫遊していた時よりもいい生活ができている。記憶がないため比較はできないが。
「とにかく! ケイル様に才能がなかったわけではありません!」
そう言われると悪い気はしない。
しかし自信がないことに変わりはなかった。
「というか、この崩壊寸前のヴィネ一族を救うためには、もうケイル様が魔王になるしかないんですよ。ですからケイル様、どうか魔王になってくださいね!」
「いや……それは流石に無茶ぶりだろ」
「無茶ではありません! 私、ケイル様ならできると信じています!」
キラキラと目を輝かせるエレミー。
「もし、ケイル様が魔王にならず、ヴィネ一族が崩壊するなんてことになれば……私の食い扶持がなくなってしまいます!!」
「それが本音か」
思わず顔が引きつった。




