48「エピローグ」
暴走した先代王を倒した後、俺たちは半壊した遺跡で話し合っていた。
「しかし――どう収拾をつけるべきか」
獣人王が深刻な顔で言う。
先代王を倒したことで、獣人王が犠牲になる必要はなくなった。神族の薬も無事に手放すことができる。
だが問題は、獣人王に対する悪評が残っていることだ。
「こうなった以上、引き続き私が獣人王として、この領地を治めるべきだが……果たして領民たちはそれを許してくれるのか」
元々獣人王は、先代王との戦いで死ぬつもりであり、外部の人間である俺が次代の王になる予定だった。その計画を白紙に戻した今、引き続き獣人王がこの領地を統治することになるが、領民たちはきっとそれを許してくれない。
「いっそ、全てを伝えてみればいいんじゃないかな」
「……伝えたところで意味ないわ。やむを得ない事情があったとしても、それで犠牲者が帰ってくることはない」
クレナの提案に、アイナは視線を落としながら言った。
先代王の暴走を止めるために、獣人王は既に多くの領民を生贄に捧げてしまっている。どのような事情があっても、彼らが生き返ることはない。
「方法は、ある」
そう言って俺は立ち上がった。
アイナから受け取った獣人の力を外へ発散させる。人間の状態に戻った俺は、クレナの方を見た。
「クレナ、俺を吸血鬼にしてくれ」
「え? ……う、うん。分かった」
不思議そうにしながら、クレナは俺の首筋に噛み付き、血を注ぐ。
久々に吸血鬼の眷属になった俺は、真っ赤に染まった瞳で獣人王を見据えた。
「これから吸血鬼の力を使って、獣人王の顔を造り替える」
その言葉に、獣人王は目を丸くした。
だがすぐに冷静な面持ちになる。こちらの意図を察してくれたらしい。
「多分、想像を絶する痛みを伴うが……このくらい、我慢できるよな?」
「……もう少し老骨を労ってもらいたいところだが、仕方ないな」
獣人王は微笑を浮かべ、冗談交じりに言った。
「元々、死を覚悟していたのだ。存分にやってくれ」
覚悟を見せる獣人王の顔に、俺は掌を向ける。
相手の血を操作できる吸血鬼の奥義。この技だけは、クレナには使えない。
「『血舞踏』――《血界王》」
◆
それから、二日後。
獣人領は未だに、先日発表された情報で賑わっていた。
「しかし、驚いたなぁ……まさかあの王様に、弟がいたなんて」
荷物を背負った俺たちの目の前で、通行人が会話する。
「国の政治を学ぶために諸国を渡り歩いていたんだろう? 勤勉で、いい王様になってくれそうだな」
「にしても気に入らねぇのは先代の王だ。弟がいることを伏せていたばかりか、その弟が領地を出ている隙に散々な悪政を敷きやがって……」
「まあまあ、終わったことは忘れましょう。次の王様は期待できそうだし、それに今後は爪牙の会や角翼の会も政治に参加するみたいだから、独裁になる恐れもないわ」
獣人たちの会話を聞きながら、俺たちは領地の出口へ向かう。
先日、リディアさんとミレイヤが、この領地の住民たちに革命の結末を伝えた。
革命は成功し、悪名高い獣人王は無事に討つことができた。
そして次の獣人王に誰を選ぶべきか、革命軍が悩んでいたところ、突如、王の弟を名乗る人物が接触してきた。彼は獣人たちの領地を治めるために諸国の政治を勉強して回っていたが、虫の知らせを聞いてこの領地に帰ってきたらしい。
革命軍はこの人物を次の王に選んだ。狼の獣人であるため伝統を守ることができるし、更に人格的にも問題ないと判断したからだ。
そういう――脚本になっている。
「あ、王様が出てきたわよ!」
修復中である王の館から、新しい王が姿を表わした。
王の弟だ。悪政を敷いていたかつての王と比べると、顔は少し若々しい。だが貫禄は滲み出ている。
革命軍の二大巨頭であるリディアさんとミレイヤの推薦ということもあり、獣人たちはあの新たな王を好意的に受け入れていた。
「アイナ。獣人王にはもう挨拶しなくていいのか?」
「ええ。……生きているなら、いつでも会えるわ」
そう言ってアイナは、新たな王に視線を注ぐ。
獣人たちは、王の代替わりが行われたと思っているが……実際はそんなもの起きていない。
あれは、顔を造り替えただけの獣人王だ。
領民たちの憎悪を一度リセットするためにも、獣人王は亡き者にならねばならなかった。だから獣人王はあの革命で死んだことにして、顔を造り替えてから、今度は王の弟として再び領民たちの前に姿を表わした。
これで王に関する問題も解決した。
別れ際、獣人王が「今までの無念を晴らすためにも、誠心誠意この村を統治する」と宣言していたことを思い出す。
「色々あったけど、いざ帰るとなると少し寂しいね」
用意された馬車に乗りながらクレナは言う。
吸血鬼領を出る時も似たような気持ちだった。大変な目に遭ったが、それと同じくらい貴重な経験を積むことができた。そんな日々に別れを告げるのは少し寂しい。
「……ん?」
ふと、辺りが騒がしいことに気づき振り返る。
そこには大勢の獣人たちが集まっていた。爪牙の会と、角翼の会。革命の際に世話になった獣人たちが、わざわざ見送りに来てくれたみたいだ。
「皆さん、今回は本当にお世話になりました。是非また来てくださいね」
爪牙の会の代表であるリディアさんが深々と頭を下げる。
その隣では、角翼の会の代表であるミレイヤが妖美な笑みを浮かべていた。
「アイナ、ちゃんと王の卵を捕まえておきなさい。今回は予定とは少し異なる結果になったけれど、どちらにせよ彼を囲い込むことができれば獣人の未来は安泰よ」
ミレイヤは最早、打算を隠すことなく告げた。
どうやら彼女の中では、まだ俺は獣人の王になる可能性があるらしい。
「うーん、でも……やっぱり貴女みたいな貧相な女に、王の卵を射止められるとは思わないわねぇ。いっそ、私も王の卵と同じ学園に入学して……」
ブツブツと独り言を呟くミレイヤ。
その時、俺の腹にシュルリと何かが巻かれた。
「ア、アイナ……?」
見れば、アイナが無言で俺の身体に尻尾を巻き付けていた。
「……あら?」
ミレイヤが楽しそうな声を漏らす。
「あらあらあら……? へぇ……ふぅん、そう? ……今更、独占欲が湧いたのね」
笑みを浮かべながらミレイヤが言う。
アイナは無言で視線を逸らしていた。しかし、その頬は僅かに赤く染まっている。
身体に巻き付いたアイナの尻尾が、ほんのりと熱を帯びたような気がした。
「まあ、貴女にその気があるならいいのだけれど。……幸い王の卵は若いし、ちゃんと毎晩、身体を使って奉仕してあげれば案外簡単にオチて――」
「――しゅ、出発! 早く出発して!!」
ミレイヤの発言に、クレナは顔を真っ赤にして御者に叫んだ。
おかげでこちらも非常に居たたまれない。オチてたまるか。
馬車が動き出す。それでもアイナは俺に尻尾を巻き付けたままだった。
「お世話になりました!」
荷台の上から、見送ってくれた獣人たちに挨拶する。
帰ろう。――俺たちの日常に。
【次回予告】
悪魔たちが棲まう世界――魔界にて。
「ケイル様! 本日から学校が始まりますね!」
メイドが満面の笑みを浮かべて言う。
ヴィネ一族の跡取り息子として生まれた悪魔のケイルは、本日から悪魔学校に通うことになっていた。
悪魔学校に通う生徒たちには目標がある。
それは学校を首席で卒業し、悪魔たちの王――魔王になることだ。
「ケイル様なら間違いなく魔王になれますよ!」
「そんなわけないだろ……」
妙に自分に懐いているメイドと共に、ケイルは学校に入学する。
たとえ望み薄だと分かっていても、内心では魔王への憧れを抱いていた。
一人前の悪魔として。ヴィネ一族の次期当主として、ケイルは魔王を目指す。
これでいい。この生き方で間違いない。そう思っていた。
――記憶が戻るまでは。
次章、悪魔編です!!
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