47「希望」
「が、あぁああぁぁぁああ――ッッ!?」
痛い――痛い痛い痛い痛い!!
冷めた頭が途端に沸騰した。思考が乱れて何も考えられない。
拳に入った亀裂から鮮血が飛び散った。皮膚も筋肉も骨も、全てが悲鳴を上げている。
――反動だ。
何が起きているのか、本能で悟る。
力を引き出しすぎた。俺は、限界を超える力を絞り出して自滅してしまったのだ。
「く、そ……ッ!!」
どうやら俺は、目の前にいる先代王と同じ轍を踏んでしまったらしい。
先代王に対抗するために、いつの間にか俺自身も過剰な力を欲してしまった。
怪我で済んでよかったかもしれない。
このまま力を引き出し続けていたら、どうなったのか――想像するとゾッとする。
恐らく俺も先代王のように、種族の垣根を越えた化物となっていた筈だ。
「ケイル君!」
その時、遺跡の奥から声がした。
クレナとアイナ、それから獣人王が駆けつけてくる。
「お前たち、なんで……っ」
「馬鹿! 無茶しないでって言ったのに!!」
クレナが叫びながら、右手を振り上げる。
「――《血守護陣》ッ!!」
紅の盾が六つ重なり、迫り来る先代王の拳を防いだ。
激しい衝撃の余波が身体を浮かせ、俺をクレナたちの方へ吹き飛ばす。
「た、たった一人で……あの化物を、ここまで追い詰めたというのか……っ!?」
獣人王が、ボロボロになった先代王を見て絶句していた。
だが――このままでは勝てないだろう。
先程まで戦っていた俺には分かる。今の獣人王ではまだあの化物を倒せない筈だ。
獣人王があの化物に勝つには薬を使うしかない。しかしそれでは、アイナが苦しむ結果となってしまう。
「ケイル……もういいの」
起き上がろうとする俺に、アイナは覚悟を決めた様子で告げた。
「貴方の役目は私が背負う。暴走したお爺ちゃんは私が殺す。だから、貴方はもう休んで」
そう言って、アイナは一歩前に出た。
「……やめろ」
離れていくアイナの背中に、俺は声を掛ける。
「俺は、そんなことのために戦ったわけじゃ……っ」
満身創痍でも譲れないものがある。
たとえどれだけの人に止められても、貫きたい気持ちがある。
アイナたちが成し遂げようとしていることは、獣人領のためになるかもしれない。しかし、アイナたち自身の幸福には繋がらない。
皆のために、私たちは不幸になろう。
そんな想いを覚悟と受け取るわけにはいかない。
それを役目と受け入れてしまったアイナを、絶対に認めるわけにはいかない。
「想定外の事態にはなってしまったが――作戦を決行する」
獣人王が箱から注射器を取り出した。
神族の遺産、亜人の種族特性を強化する薬だ。
それを見て、俺は――ひとつの可能性に辿り着いた。
――待て。
先程の戦いを思い出す。
先代王は、戦闘中に少しずつ速くなっていた。身体を覆う重たい鎧が、戦闘の余波で徐々に剥がれ落ちていったからだ。
何故、態々そんなことをする。
最初こそあの鎧は身を守るためのものだと思っていた。しかし本来、獣人の戦い方はその敏捷性を活かしたものである場合が多い。戦った後だからこそ分かるが、あの鎧は先代王にとっては拘束具のようなものだった。
――どうして先代王は、最初から本気を出さなかった。
その疑問には、すぐに答えが思い浮かぶ。
――本気を出さなかったのではなく、出せなかったのだとしたら?
暴走した先代王に理性は残っていない。
ならこれは、先代王が意図したものではない。
『膨れ上がった欲は、己の身を滅ぼす』
戦う直前、アイナに言われたことを思い出す。
その可能性に賭けて、俺は最後の力を振り絞った。
「ケイル、何を――っ!?」
驚愕するアイナの脇を通り抜け、獣人王に接近する。
目を見開く獣人王から、神族の薬を奪い取った。
「なっ!?」
強引に奪い取った薬を握り締めながら、俺は雄叫びを上げる先代王に近づく。
俺はその薬を、自分に使うのではなく――先代王の首筋に突き刺した。
「な、何故、薬を先代王に……ッ!?」
困惑する獣人王を無視して、俺は薬を先代王の肉体に流し込む。
獣人としての本能が告げていた。きっとこれで、上手くいく筈だ。
薬を摂取したことで、先代王の肉体が膨れ上がった。
その耳と尾は更に伸び、その爪と牙は更に逞しくなる。激しい筋肉の膨張により、その姿は今までの二倍近くまで膨れ上がり――――。
――瞬間、先代王の全身に亀裂が走った。
『ア■■■ァア■■アアアァ■■――ッ!?』
原型を留めないほど膨れ上がった筋肉が、あちこちから破裂した。
血飛沫が舞う中、先代王の仮面や篭手が次々と崩れていく。
その姿は、反動で腕を壊してしまった少し前の俺と全く同じだった。
「これは、まさか……種族特性の強化に、肉体がついていけず……崩壊を始めているのか……ッ!?」
獣人王が信じられないものを見るような目で推測を口にする。
恐らくそれが正解だ。俺が能力によって限界を超えたように、先代王は薬によって限界を超えてしまった。
今でこそ異形の化物と成り果てた先代王も、かつては民を想った良き王だった。
その王が、好き好んで暴虐の限りを尽くす筈がない。
そう考えると、今までの叫び声は全て――悲しみを訴える泣き声にも聞こえたような気がした。
――お前も苦しんでいたのか。
無惨な姿となった先代王を、真っ直ぐ見据える。
体内の骨が牙のように強化され、皮膚を割いて外側へ出ていた。もう立ち上がるどころか一歩も動けないだろう。
「これで、今度こそ――――」
高く跳躍し、俺は篭手に覆われた左腕で、
「――終わりだ」
先代王の頭蓋を叩き潰した。
◇
ケイルが拳を振るった直後。
激しい地響きと共に、先代王の身体が地面に叩き付けられた。
今度こそ完全に終わったと、アイナは直感した。
「アイナ」
先代王を倒したケイルが振り返り、こちらを向く。
そのボロボロの姿を見ながら、アイナは少し前にケイルとした会話を思い出した。
『これ以上、その優しさを私に向けないで。これ以上、優しくされると、ありもしない希望を見てしまうわ』
底抜けに優しいケイルが、アイナの罪悪感を増幅していた。
だから、これ以上は優しくしないで欲しかった。ありもしない希望を見て、虚しい気持ちになりたくなかった。
自分を拾ってくれた恩人である獣人王。
アイナがお爺ちゃんと呼ぶ彼を、殺さずに済む方法なんて絶対にない。
希望なんて、どこにもないと思っていたのに――――。
「どうだ。ちゃんと希望はあったぞ」
傷だらけの姿で笑うケイルを見て、
アイナは涙を流した。
次回、獣人編エピローグです。




