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45「世界の保証」


「助けてちょうだい」


「分かった」


 そう答えると、アイナは無言で驚いた。

 冗談と思われただろうか。困惑するアイナに、俺は別の話を切り出す。


「アイナ。獣人の力が薄まっているから、また改めて眷属にしてもらってもいいか?」


「……ええ、お安いご用よ」


 互いに爪で親指に傷をつけ、それを重ね合わせる。

 アイナの指先から、獣人の力が注がれた。


「ケイル。さっきの言葉は、冗談――」


「――アイナ」


 獣人の力が肉体を駆け巡る。

 その感覚を確かめながら、俺は告げた。


「さっきの言葉は、全部本気だ。冗談ではない」


 指先から注がれる力を強く意識する。

 もっと、より多くの力を。――そう念じた瞬間、アイナの指先から膨大な力が注がれた。


「これ、は……っ!?」


「ごめん。ちょっと多めに力を貰うぞ」


 全身に力が漲る。

 反対に、アイナはみるみる力を失い、やがて立つことすらままならなくなった。


「ケイ、ル……」


「暫く、ここで待っていてくれ」


 体勢を崩すアイナの背中に手を添え、遺跡の壁にもたれるようにゆっくりと座らせる。


 気を失ったアイナから目を逸らし、頭の中でやるべきことを整理した。

 俺のやりたいこと。俺の成すべきこと。俺が抱いた決意を再認識して息を吐く。


 遺跡の奥へ向かって廊下を進んだ。

 その途中で、年老いた獣人と顔を合わせる。


「……獣人王」


「お前か」


 獣人王がこちらを見る。

 アイナと違って獣人王は既に覚悟を決めているのか、その表情は悲しみにも怒りにも染まっていなかった。


「ケイル=クレイニア。作戦を決行する前にひとつ言っておく。……お前はもっと、自分の力を信じてもいい」


 唐突に王は言う。


「それは、どういう意味だ?」


「お前の力は、お前の想像以上に強い」


 要領を得ないその言葉に眉を潜めていると、補足された。


「私を含む全ての亜人の王は、あくまで便宜上、王と呼ばれている。つまり我々にとっての王とは、所詮称号や肩書きに過ぎない。……しかし、お前の力は【素質系・王】とあるように、能力としての王だ」


 王は続ける。


「いわばお前は、王としての力を世界に保証されている。それがどういう意味か、私も詳しくは分からないが……恐らく、亜人の王にできて、お前にできないことは存在しないだろう」


「……そうか」


 きっとこの男は、俺の力があれば問題なく次代の王を担えると言いたかったのだろう。要するに俺の不安を解消したかっただけだ。


 だが俺はそれを、違う意味として受け入れる。

 つまり俺は――亜人の王よりも、強いかもしれないということだ。


「それは、いいことを聞いた」


「……なに?」


 俺の様子を怪訝に思ったのか、王は不審な顔をする。

 直後、俺は王の腹に掌底を叩き込んだ。

 獣人の膂力を全力で使ったその一撃は、ドスン! と大きな音を立てて炸裂する。


「な、何を……ッ!?」


「そこで休んでいてくれ。全部、終わらせてくる」


 膝から崩れ落ちる王に、俺は言う。


「全部、終わらせる……? ま、まさか、お前……ッ!!」


 俺の目的を悟った王は、目を見開いて焦燥した。


「よせッ!! いくらお前が強くても、あれだけは無理だ! あれは最早、亜人の王とかそういう次元の敵ではない! 種族の垣根を越えた――生物としての頂点だッ!!」


 王は全力で叫んだ。


「種族戦争の時代、薬を使った王は獣人にとっての最終兵器だった! 先代王はそれ以上の力を宿している! 私ですら薬を使って勝てるかどうかだ……! お前は強いが、まだ若い! 敵う相手ではない!」


 長い間、先代王の暴走を抑えてきただけあって、その声には実感が込められていた。

 だが、もう立ち止まる気はない。

 倒れる王を背に、遺跡の奥へ向かう。


「何故だ……獣人王に、なりたくないからか。それとも、私を死なせないためか……ッ!!」


 その誤解だけは解いておかねばと思い、俺は振り返って告げる。


「アイナのためだ」


 目を見開く王に、続けて言う。


「ずっと、自分の力をどう使うか悩んでいた。でも、今日、はっきりと決めた」


 己の決意を、はっきりと伝える。


「王に抗うための力とか、王になることができる力とか、そんなのはどうでもいい。俺はただ――大切な人たちのために、この力を使う」


 そこまで告げて、俺は再び遺跡の最奥へ向かう。

 気配に敏感な獣人は気絶させた。これでもう邪魔は入らない。


 獣人王。

 お前のやり方では、アイナが救われない。


 全てを解決するための、たったひとつの方法。それは俺が先代王を倒すことだ。そうすれば獣人王は薬を使わないから、ここで死ぬ必要はない。そのまま生きて王を続ければいい。俺が獣人王になる必要も、アイナがこれ以上縛られる必要もない。


 心配してくれたクレナには申し訳ないが、俺はここで無茶をしなくてはならないようだった。


 遺跡を進むと、少しずつ前方からのプレッシャーが強くなる。

 突き当たりの扉を開くと、大きな部屋に出た。


『オォ■ォ■■ォォ■■ァ■■■■――ッ!!』


 明らかにそれは、獣人を辞めた存在だった。

 第二の獣化である『完全獣化』と同じように、それは四足歩行する毛むくじゃらの巨躯だが、全身には第三の獣化『獣神憑依』の痕跡である模様も刻まれている。但しその模様は通常のものと比べて、悍ましさと禍々しさを増していた。


 手足の爪は不揃いに伸び、鉱物の如く幾重にも連なることで篭手のように腕を覆っている。口腔からも無数の牙が伸びており、それが仮面の如く顔に張り付いていた。口を閉じることができないのか延々と唾液が零れている。床に落ちた唾液は飛沫を放ち、部屋に異臭を蔓延させた。


「先代王だな」


 異形の化物を目の当たりにして、俺は覚悟と共に呼気を発した。

 アイナから貰った力を全身に巡らせながら、俺は構える。


「俺たちのために、死んでくれ」




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