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43「代替わりの儀式」


 話があると言った獣人王は、先に場所を変えたいと告げて移動を始めた。

 俺たちは後を追うように遺跡の廊下を進む。


「遺跡にしては、随分と清潔だな」


「自動的に汚れを除去する機能があるようだ。我々が手を加えているわけではない」


 獣人王の言葉に俺は首を傾げる。

 自動的にとは、どういう意味だろうか。


「この部屋でいいだろう」


 そう言って獣人王が案内したのは、やはり綺麗に整えられた部屋だった。

 白い壁に白い床。部屋の中心には木製の机があり、その隣には本棚も置かれていた。


「まずは、今まで話し合いに応じられなかったことを謝罪しよう。私はどうしてもお前の力を確かめねばならなかった」


 その言葉の意味は分からないが、ひとつだけ確信できたことがある。


「やっぱり、お前は最初から戦う気がなかったんだな」


「……そうだ」


 獣人王は肯定した。


「全ては、獣人王の代替わりが端を発した問題だ」


「獣人王の代替わり?」


 尋ねる俺に、獣人王は語り始める。


「獣人は他のあらゆる種族と比べて、本能的な欲求……特に闘争本能が強い。これはお前も実感していることだろう」


 その問いに俺は頷く。

 三段階目の獣化『獣神憑依』を発動した後、俺は激しい高揚感に包まれた。きっとあれが獣人の闘争本能なのだろう。


「"格"が高い王となれば尚のことだ。……王の欲求は凄まじく強い。それ故に、若いうちなら制御できても、年老いると理性が衰えて制御できなくなってしまう。やがて理性を失った王は、本能の塊になって暴走する。

 獣人王の代替わりは、そのように暴走した先代王を討つことで完了となる。つまり……先代王を殺すことが、獣人王になるための条件なのだ」


「じゃあ、お前は、先代王をその手に掛けて当代の王に……」


「……いや、討っていない」


 否定する獣人王に、俺は疑問を抱く。

 今の説明が正しければ、獣人王は先代の王を殺している筈である。


「それが問題なのだ」


 視線を落とし、自責に苛まれるかのように王は言った。


「神族というものを知っているか?」


 神妙な面持ちで獣人王が訊く。

 俺は神族に対し、漠然とした知識しか持っていなかったので「あまり」と首を横に振った。


「古い時代に生きていたと言い伝えられている、伝説の種族だ。彼らの最大の特徴は、その高度な技術力にある。神族は、今の文明では考えられないような高度な代物を幾つも発明していたらしい。……たとえば、特種兵装だ」


「えっ」


 反応したのはクレナだった。

 特種兵装とは、亜人の種族特性を利用した兵器のことだ。その材料は亜人の血となる。


 元々クレナが吸血鬼領から王都へやって来たのは、帝国の兵士たちに、特種兵装の材料として狙われていたからである。吸血鬼の王弟ギルフォードはそこに一枚噛んでいた。

 

「あ、あれは、種族戦争の際に人間が作ったものじゃないんですか?」


「違う、元は神族が開発したものだ。人間はそれを発掘して利用しているに過ぎない」


 クレナの問いに獣人王は答える。


「神族の遺跡には、彼らが生み出した数々の道具が眠っている。ここも例外ではない」


 そう言って獣人王は立ち上がり、机の引き出しに手を伸ばした。

 取り出されたのは、頑強な鉄製の箱だった。獣人王は懐に仕舞っていた鍵でその箱を開ける。


「この遺跡に眠っていたものは――これだ」


 箱の中に入っていたのは、細長い透明な容器だった。


「……注射器?」


 先端の針と、中に入っている液体を見て、俺は訊く。


「亜人の種族特性を強化する薬だ」


 獣人王が答える。

 そんな薬……聞いたことがない。


「この薬が発見されたのは種族戦争の最中だ。当時の獣人王は、戦争に勝利するためにこの薬を摂取した。結果、王は歴代とは比べ物にならないほどの強さを手に入れることができた。

 しかし、人間が特種兵装を発掘したように、恐らく他の種族たちも似たようなことをしていたのだろう。互いの戦力は拮抗し、勝者が決まることはなかった」


 落ち着いた声音で獣人王は言う。


「勝者は決まらなかったが……獣人たちには問題が残った。薬によって強化された王を、代替わりで倒すことが困難になったのだ。

 強化された王は、その暴走もまた歴代とは比べ物にならないほど凶悪だった。これに対抗するためには、次の王となる者も薬を摂取するしかない。結果、その代から獣人王は薬を摂取せざるを得なくなった」


 こうして獣人王たちは、代替わりの度に薬に頼らざるを得なくなってしまった。


「しかし、その方法はもう使えない」


「……何故」


「薬の数が限られている。現時点であと一つしか残っていない」


 深刻な表情で、獣人王は告げる。


「先代王は、薬の力を使って先々代王を倒した後、自分の暴走を少しでも抑えるために、闘争本能を刺激する闘技場を廃止した。これによって次代の王である私が、薬を使わずに代替わりを成功できるようにと考えたのだ。

 しかし……事は思惑通りに運ばなかった。先代王の暴走は、これまで堪えてきた本能が爆発するかのように膨れ上がり、抑えるどころか寧ろ過去最大のものとなってしまった。先代王を倒すには、今までと同じように薬を使わねばならないだろう」


 無念。そう言いたげな様子で、王は語る。

 闘技場が廃止されたことは知っていたが、まさか、そんな理由だったとは……。


「暴走した先代王は今、この遺跡の最奥に閉じ込めている。……閉じ込めるといっても、先代王にとっては手頃な寝床といったところだ。私が定期的に生贄を捧げなければ、今頃は外に出てこの村を蹂躙しているだろう」


 その説明を聞いて、俺は思い出した。

 獣人王は、村の獣人たちを定期的に攫っているという話を。


「生贄って、まさか……」


「村の獣人だ。既に数え切れないほど犠牲になってもらっている。欲の捌け口さえ用意できれば、暴走は多少収まるからな」


 淡々と告げる獣人王。

 俺はどうしても、訊かねばならない。


「じゃあ、貴方が悪政を敷いているという噂は……」


「……そういうことだ」


 堂々と首肯する獣人王に、俺は思わず拳を握り締めながら訊いた。

 要するに、この王は、自分が悪政を敷いていると獣人たちに誤解させたのだ。


「なんで……真相を、黙っているんだ?」


「語れる筈もない。有象無象の協力者が増えたところで、あれが相手では被害が増えるだけだ。何より……獣人の末路が、あのような怪物であるなどと、公言するべきではない。あれは我々獣人の、尊厳を崩壊させる」


 忌々しい過去を思い出すかのように、苦い顔で獣人王は言う。


「公言できないなら、いっそ全てを私の責任にすればいい。そうすれば、私が消えることで、次の世代からはまた余計な不安を抱くことなく過ごせる」


 意図するところは分かる。

 だがそれは、あまりにも苦しい……自己犠牲だ。


「アイナは、知っていたのか?」


 アイナの方を見て訊く。

 本人は硬い表情のまま何も反応しなかった。代わりに王が答える。


「アイナは私が拾った子供だ。共に暮らす過程で、この問題について知ってしまった。……全てを知っているのは、私とアイナの二人だけだ」


 爪牙の会も、角翼の会も、この事実を知らない。

 殆どの獣人は、真相を何ひとつ知らないまま革命を起こしたのだ。


「黙っていた理由は、理解できた。でも……そんなことをして、革命で大勢の死者が出たらどうするつもりだったんだ」


「私に忠誠を誓う兵士など殆どいない。痛い目に遭えば、あっさりと降伏するような兵士だけを警備につかせたつもりだ。お前たちが上手く警備の隙を突いてくれたおかげで被害も最小限に抑えられている。今頃、地上の戦いも落ち着いている頃だろう」


 地上で陽動役の獣人が戦っていることも、全部、お見通しのようだ。 


「残る薬は一つ。私がこれを不用意に使ってしまえば、次の王は私を倒せず……獣人領は暴走した私の手によって滅びるだろう。薬を使えば自害すらままならない。私は誰かに殺されない限り、この獣人領に甚大な被害を及ぼすことになる。

 だから、ずっと待っていたのだ。私を殺すための力と、次代の王に相応しい器の持ち主を。……それがお前だ、ケイル=クレイニア」


 王が、真っ直ぐ俺を見据えて言う。


「私はこれから薬を使って先代王を殺す。お前はその後、疲弊した私を速やかに殺せ」


 残酷な要望を王は告げた。


「薬を使ったとはいえ、満身創痍になった私ならきっと殺せる筈だ。他の獣人にはできなくとも、お前の力があればできる。……そして、私を殺した後は、次代の王として獣人たちを導いて欲しい」


 そう告げる王は、とても悪政を敷く非道な男には見えなかった。

 純粋に獣人たちの未来を憂うよき王として、男は言う。


「ケイル。お前が私の死体を掲げることで、漸くこの負の時代に幕を下ろすことができるのだ。この地に暮らす獣人たちのためにも、お前には、悪政を終わらせた希望の象徴になってもらいたい」




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[一言] 主人公が先代をヤる択は…?
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