42「戦いの行方」
「『血舞踏』――」
王の兵士たちが迫る中、クレナは吸血鬼の種族特性である血の操作を用いて彼らを退けていた。
「――《血閃鎌》っ!!」
真紅の斬撃が、薄暗い王の館を飛び交う。
三日月状に放たれた斬撃は兵士たちの槍や鎧を切り裂き、壁に大きな爪痕を刻んだ。
「ぐあッ!?」
壁に叩き付けられた兵士が悲鳴を上げる。
「よし! あと三人!」
事前に聞いていた通り、王の兵士たちの練度はそこまで高くない。悪政を敷く王の権力の上にあぐらをかいていたためだ。
「ま、待ってくれ!」
「降参だ!」
クレナが新たな『血舞踏』を発動しようとした直後、残る兵士たちが武器を足元に落として言う。
「……へ?」
あっさりと降参する兵士たちに、クレナは目を丸くした。
「えっと、降参って……ほんとに?」
「あ、ああ! 本当だ! 俺たちがお前に敵わないのはよく分かった! もう手出ししないから、先に行ってくれ!」
「後ろから攻撃したりしない? まあしても対処できるけど……」
「しない! しない!」
そんな恐れ多い! とでも言わんばかりに兵士たちは首を横に振った。
「そ、そもそも俺たちは、そこまで王のために身体を張る義理がない」
「……どういうこと?」
疑問を口にするクレナに、兵士たちは答えた。
「元々、俺たちも脅されて戦っているようなものだ。なにせ王に逆らえば、殺されてしまうからな」
「しかし、だからといって……王のために命を賭けるほど、馬鹿ではない」
それはそうだ。王に殺されるのが嫌だから戦っているのに、その戦いで命を落としてしまえば本末転倒である。
「吸血鬼がなんで、獣人の革命に参加しているのか分からないけどよ……期待してるぜ。あの王を倒すことは無理でも、せめて、少しくらいマシな世の中になればいいな」
沈痛な面持ちで告げる兵士に、クレナは何も言えなかった。
そのまま無言で踵を返し、ケイルとアイナのもとへ向かう。
階段を上り、廊下を突き進んだ先に、大きな部屋があった。
部屋に入ると同時に、クレナは巨大な虎を見る。
「アイナ!」
『……クレナ』
巨大な虎が、獰猛な瞳をクレナに向けた。
『いいタイミングね。丁度、今――』
虎の身体が縮み、アイナは元の人型へと戻った。
「――終わったところよ」
そう告げるアイナの足元には、倒れた兵士が二人いる。
アイナはそのうちの一人が身に纏う外套を拾い、裸の身体に巻き付けた。
「私相手でこれなら、最初からケイル一人でよかったかもしれないわね」
気絶する二人の兵士を見下ろして、アイナは呟く。
「ケイル君って、やっぱり獣人としてもかなり強いの?」
「ええ。貴方の眷属だった時と同じように……今の彼は、王に匹敵すると思うわ」
吸血鬼領での一件は、二人にとっても記憶に新しい。
あの時のことを思い出し、クレナは息を呑む。
「クレナ。ひとつ、頼みを聞いて欲しいのだけれど」
「頼み?」
「ケイルが王を殺しそうなら……一緒に止めてちょうだい」
アイナの頼み事を聞いて、クレナは不思議そうな顔をした。
「それは、いいけど……アイナって、王を殺すことに賛成じゃなかった?」
「……事情があるのよ」
多くは語らないアイナに、クレナは少し険しい顔をする。
「もしかして、まだあるの? 私たちに隠していることが」
「ごめんなさい。でも、これで全部だから」
申し訳なさそうに告げるアイナの顔を見ていると、詮索する気も失せる。
その時、けたたましい咆哮が聞こえた。
「な、何、今の……!?」
強烈な威圧感が全身にのし掛かる。
ぶわりと汗をかくクレナの傍で、アイナは青褪めた顔で玉座の間の方を見た。
「……ケイル?」
アイナが短く呟いた直後、更に大きな轟音が響いた。
強い地響きに二人とも体勢を崩す。
「急ぎましょう」
「う、うん!」
床も壁も亀裂が走り、王の館は今にも崩れ落ちそうなほど破壊されていた。
半壊した扉を抜けた先には――何もない。
「な、何これ……」
目の前の光景に、クレナは絶句する。
玉座の間は跡形もなく消し飛んでおり、そこにはただ夜の空が広がるだけだった。一体どれほどの戦いを繰り広げれば、これだけの被害が出るのか。
「二人は何処に……」
アイナは落ち着きを取り戻し、すぐにケイルと獣人王の姿を探す。
「アイナ、あれ!」
クレナが慌てた様子で足元の地面を指さす。
そこには革命が起きる前にはなかった巨大なクレーターがあった。
「この高さ……クレナ、下りられる?」
「うん! 掴まってて!」
アイナがクレナの腰に掴まると、クレナは背中から黒い羽を広げた。
そのまま二人は夜の空を滑空して、ケイルたちがいる場所へと向かう。
クレーターの傍で着地した二人は、そこから更に何処かへ向かって地面が抉られていることに気づく。その先へ向かうと、大きな構造物があった。
「こ、ここって……」
「……今は、先へ進みましょう」
石造りの建物の中に入り、ひたすら先へ進む。
探していた人物はすぐに見つかった。だがそれは、想定していた光景とは随分と違った。
「あれ……ケイル君、だよね……?」
震えた声でクレナが呟く。
ケイルは、革命前とはまるで違う姿になっていた。全身には仄かに輝く刺青のような模様が刻まれており、耳も尾も猛々しく逆立っている。筋肉は盛り上がり、牙は逞しく生え、爪は刃物の如く鋭利だった。
そのすぐ傍に、血まみれの獣人がいた。
今にも息絶えそうなその男が、獣人王であると判明した直後――アイナは目を見開いて疾駆する。
「――お爺ちゃん!!」
かつてないほど慌てた様子で、アイナが獣人王へ駆けつけた。
その姿にクレナは一瞬、呆気にとられるが、すぐに我に返る。
「ケイル君! 止まって!」
◆
二人の少女が現れた直後。
俺の思考は急速に冷めていった。
「……あ、れ?」
目の前には、全身傷だらけで今にも倒れそうな獣人王がいる。
傷だらけなのは俺も同じだ。手も足も顔も腹も、傷がない箇所を探す方が難しい。身体は熱く、拳を握り締めると恐ろしいほどの破壊衝動が湧き上がった。
何が起きたのかはなんとなく覚えている。
獣人王との話し合いが難しいと悟り、『獣神憑依』を発動した俺は――そのまま勢い余って、俺の本来の能力である【素質系・王】の栓を全開にしてしまったのだ。
「ここは……」
改めて、周りの様子がおかしいことに気づく。
そこは白い壁に包まれた不思議な空間だった。天井からは柔らかい照明の光が放たれており、壁には傷ひとつない。先程の戦闘によって床には傷や汚れがついているが、本来なら清潔に保たれた室内であることが分かる。
「神族の遺跡。私とお前が、三度目に会った場所だ」
辺りを見回す俺に、獣人王がアイナに支えられながら、ふらふらと立ち上がって告げる。
既に瀕死といっても亜人の王だ。警戒する俺に、獣人王は力なく笑った。
「警戒しなくてもいい。戦いは、お前の勝利だ」
続けて、獣人王は言う。
「ケイル=クレイニア。私の話を聞いてくれないか?」




