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41「中断」


 激しい咆哮が、玉座の間に響いた。

 獣人王の眼前で、一人の少年の姿が変貌する。


 きっと本来は、何の変哲もない平凡な少年だったのだろう。

 しかし獣人の眷属となり、更には王の器を宿していたその少年は、もはや人間とは思えない姿へと変貌していた。


「グウゥウウウゥゥウゥゥァアアァアアァァ――――ッッ!!」


 唸り声を上げながら、肉体の軋む音がした。

 少年の全身に灰色の紋様が刻まれる。両手からは名匠が打った刃物より鋭い爪が伸び、膨れ上がった両足は床を派手に砕いた。


 第三の獣化――『獣神憑依』。

 相対する獣人王と、全く同じ力を使った筈だが……彼我の差は火を見るよりも明らかだった。


「――ガアッ!!!」


 刹那、少年の姿が消える。

 怒声にも似たその声が聞こえたかと思えば――次の瞬間、獣人王の身体は壁に叩き付けられていた。


「ご、ぁ…………っ!?」


 骨と内臓が悲鳴を上げる。

 口から盛大に血を吐き出した獣人王は、朧気な視界でケイルの動きを捉えた。

 頭上に持ち上げられた少年の腕。恐ろしい切れ味を誇るであろうその爪が、目にも留まらぬ速さで振り下ろされた。


「――ッ!!」


 辛うじて反応できた獣人王は、その場から半歩離れる。

 目の前に広がったのは、絶望的な景色だった。


「は、はは……なんという力だ……!!」


 たったの一撃。

 たった一回、爪を振り下ろしただけなのに――その斬撃は玉座の間を突き抜けて、獣人領を囲う巨大な樹木を纏めて切断していた。


「見晴らしが、よくなったな……」


 あまりの非現実的な光景に、思わずそんな言葉を口にする。

 追撃がない。見ればケイルは獣人王の目の前で両手を床につき、獣のような体勢で唸っていた。


「グ……アァアアァアアァァ――ッ!!」


 その口元から逞しい牙が生える。

 その背中からは太く、荒々しい尾が伸びた。


 ――まだ上がるのか。


 先程より更に力が向上している。

 俄には信じがたいその光景を目の当たりにして、獣人王はひとつの結論に至った。


「そうか、【素質系・王】……そういうことか……ッ!!」


 王の素質を持つ少年が迫る。

 当代の獣人王は全力で肉体を酷使し、一歩で反対側の壁面へ移動した。


「お前が、我々の真似をしているわけではない……」


 少年の一撃で吹き飛んだ壁を視界の片隅に捉えながら、王は呟く。


「我々が……今までずっと、お前の真似事をしていたわけか……ッッ!!」


 少年が腕を横に薙ぐ。

 立つことすら叶わないほどの暴風が吹き荒れ、玉座の間は破壊された。館はもう原型を留めていない。壁も床も天井も崩れ、無惨な姿になっている。


「……今の私では、敵わんな」


 ありとあらゆる獣人に怖れられる筈の獣人王は、今、為す術もなく床に這いつくばっていた。

 このような屈辱、王は過去に一度たりとも経験したことがない。


「それだけの強さがあれば、或いは……いや」


 微かな期待を抱いた王は、すぐに頭を振ってそれを否定する。


「……これ以上、不確かな希望に縋ることはできないか」


 己の覚悟を改めて確かめた王は、鋭く少年を睨む。

 直後、少年は王の頭上で身体を回転させ、踵を落とした。


「が――」


 大気ごと押し潰される。

 頭上からの強烈な衝撃に、踏ん張ろうにも一瞬で床が崩壊した。王の身体は館の一階まで落下し――――それでも衝撃が弱まることはなく、床を貫通し、外にある木々の枝葉や幹を突き抜けながら、地面まで落ちた。


「く、ぉお……ッ」


 地響きが木々を揺らす。地面に大きなクレーターができた。

 この状態で追撃を受けると防御できない。

 痛む身体に鞭打って、身体を起こした王は頭上を仰ぎ見た。


 そこに少年の姿はない。

 少年はいつの間にか――すぐ隣にいた。


「しま――ッ!?」


 大砲よりも強烈な蹴りが放たれる。

 咄嗟に腕を交差させた王だが、衝撃を殺すことができず大きく吹き飛んだ。


「ここは……マズいな」


 よろよろと起き上がった王は、辺りの景色を見て呟く。


「ケイル=クレイニア。聞こえているなら、すぐに止まれ。……この場所は、マズい」


 一縷の望みをかけて言葉を投げかける。

 だが少年は明らかに理性を失っていた。声は届かない。


「く……っ!?」


 トドメを刺すために近づいてくる少年に、王は必死に頭を回した。

 だが、その直後。


『■■■■■――ッッ!!!』


 何処からか、異様な雄叫びが聞こえてくる。

 少年よりも更に歪な、生き物とすら覚えないほどの不気味な声だった。


「……ァ?」


 歪な声を聞いて少年は動きを止める。

 一瞬の静寂。それを破ったのは、外からやって来た少女の声だった。


「――お爺ちゃん!!」


 虎の獣人が、獣人王の傍まで駆けつけて言う。


「アイナ……何故、ここに」


 怪我の具合を確認するアイナに、獣人王は目を見開いた。

 同時に、吸血鬼の少女が少年に声を掛ける。


「ケイル君! 止まって!」


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