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40「爆ぜる」

「――お前は最初から、この革命で負ける気だろ!!」


 ずっと抱いていた予感を吐き出した直後、獣人王は眉間に皺を寄せた。


「負ける気?」


 獣人王が言う。


「この、私が?」


 言葉を確かめるかのように、ゆっくりと言う。


「……ふはっ」


 やがて、獣人王は唇で弧を描いて笑った。


「ふはははははははははははは――――ッ!!」


 獣人王の放つプレッシャーが膨れ上がる。

 笑い声のひとつひとつに、大気を吹き飛ばすほどの威力があった。ビリビリと空間が震動し、全身が痺れる。


「謝罪しよう」


 真顔に戻った獣人王が告げる。


「中途半端に加減したせいか、いらぬ希望を抱かせてしまったようだ。私はただ、お前の力を目にしたいだけなのだが……そのような甘い考えが、お前から覚悟を奪ってしまった」


 そう言って、獣人王は俺を睨む。


「私が本気になれば、お前も本気になるのか?」


 先程から、この男は一体何を言っているのか。

 理解できずに口を噤む俺は、その時、見てしまった。


 獣人王の身体から溢れ出る戦意。

 即ち闘気が――あまりの密度に可視化され、湯気の如く立ち上るのを。


「……ぁ」


 ただそこにいるだけで、世界が滅びそうだった。

 それだけの存在感が、獣人王の全身から放たれていた。


 俺は今まで調子に乗っていたのかもしれない。

 吸血鬼領でギルフォードを倒したせいか。それともクレナから、俺の能力は王に抗うための力だと言われたからか。或いはアイナや他の獣人に、獣人領の未来を託されたからか。とにかく俺は――心のどこかで、自分は目の前の男と対等であると考えていたに違いない。


 しかし冷静に考えれば、俺は今まで亜人の王に会ったことがないのだ。

 だから、今、漸く理解した。

 亜人の王とは、どういう存在なのかを。


「これを使うのは久しぶりだ」


 獣人王の溢れ出る闘気が、その身に紋様を刻む。

 獣人王の顔に灰色の紋様が浮かんだ。最初、それは獣の体毛かと思ったが、すぐに違うと気がつく。元は体毛だったかもしれないが、今やそれは刺青の如く獣人王の全身に濃い紋様を刻んでいる。


「――『獣神憑依』」


 一歩も動けずにいる俺に、獣人王は言った。


「三段階ある獣化の最終形態だ。一つ目の獣化は身体の一部を獣に変え、二つ目の獣化は全身を獣に変える。そして三つ目の獣化は――獣の力を人体に留める(・・・・・・)


 紋様の刻まれた顔が、真っ直ぐ俺の方を向いた。


「お前も、使えるのだろう?」


 どこでその情報を入手したのか。

 いざという時の奥の手を、あっさりと看破される。


「――使わねば死ぬぞ」


 その声は、すぐ傍から聞こえた。

 十歩ほど離れた位置にいた獣人王は、いつの間にか真横に佇んでいる。少し遅れて、先程まで獣人王が立っていた場所から床を踏み抜く音が聞こえた。それと同時に俺は脇腹を殴りつけられ、吹き飛ばされる。


「ごァ……ッ!?」


 身体が乱回転しながら床と並行に飛ばされる。

 あまりの衝撃に意識が一瞬、刈り取られた。


 ――死ぬ。


 本格的に殺し合いが始まったことを確信する。

 力の探り合いはもう終わったと言わんばかりに、獣人王はすぐに追撃を行ってきた。


「がっ!?」


 直撃は勿論、掠るだけでも意識を奪われかねない。

 三段階目の獣化――『獣神憑依』。それは見た目こそ人の姿のままだが、威力は他の獣化と比べて格段に向上していた。


 いわば『完全獣化』によって得られる人外の破壊力を、そのまま人の肉体に宿したようなものだ。小回りの利く人体で、あの大規模かつ暴力的な力を駆使する。その威力は絶大と言わざるを得ない。


 拳の一発一発が、巨獣の突進に匹敵する。

 それを連打されるのだから……耐えられるわけがない。


「力を示せ!」


 振るわれた拳は大気を押し出し、足元に散らばる瓦礫を根刮ぎ吹き飛ばした。

 後退しようとする俺に、獣人王は肉薄する。


「覚悟を示せ!」


 肉眼では捉えられない蹴りが繰り出された。

 ほぼ直感で頭を下げる。瞬間、獣人王の爪先が頭上を通過した。後一瞬でも頭を下げるのが遅れていたら、今頃、俺の首は断ち切られていただろう。


「お前が私を凌駕してみせれば、私はお前の願いに応じよう!」


 それができないから困っている。

 体勢を整えながら、俺は内心で悪態をついた。


「く、そ……」


 どうして――どうしてこうなるのだろうか。

 いけると思った。今回は、戦わずに決着をつけられると思っていた。


 目の前の王は明らかに隠し事をしている。先程も、俺の力を目にすることができればそれでいいと言っていたように、この男の本当の目的は戦うことではない。


 だというのに、今、俺が死にそうになっているのは……偏に俺が弱いからだ。

 これが亜人の王。最低限の強さがなければ、会話のテーブルにすらつくことを許されない。


「来い! ケイル=クレイニア!」


 絶大な威力を誇る拳を紙一重で避ける。

 殺し合いに応じる必要なんてない。

 何故なら、まだ話し合いすらできていない。


「頼む……」


 戦うべきか否か。

 それすら分からない状況で、どうやって殺意を漲らせればいいのか。


 人の上に立つ覚悟もなく、ほんの少し前まで落ちこぼれと罵倒されていたただの学生である俺には、あまりにも荷が重い要求だった。


「頼むから、俺と話を……ッ!!」


 声をかけ続けろ。

 そうすればきっといつか、応じてくれる。


 飛び散った瓦礫が、俺のこめかみに鋭く命中した。

 視界の半分が真っ赤に染まっても、俺は獣人王に訴えかけた。


「話、を………………ッ」


 バキリ、と音がする。

 縦に構えていた左腕が、獣人王の拳によってあっさりとへし折れた音だった。


 意識が朦朧とする。

 どうして自分がこんな難しいことを考えているのか、不思議な気分になってきた。


 俺はただ、話がしたいだけだった。

 でも、もう無理じゃないのか?


 殺すとか、殺さないとか。できればそういう物騒な世界とは距離を置きたかった。

 けれど、その考えは甘かったのかもしれない。


 吸血鬼領で戦ったギルフォードと違い、今回の()は獣人の王なのだ。

 いつまでも理想に拘っているほど余裕はない。


 それに……獣人王は俺と話す気がないみたいだ。

 俺は一体、誰に気を遣っているのだろう。




 ――もういいか。


 

 話なんて、しなくても。










「あァあぁああァぁぁaAAgkmvfdskgj――――ッッ!!!!!」


 その日。

 俺は生まれて初めて、本気で能力を発動した。


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