39「対話」
「話がしたい、だと……?」
「ああ」
義理は通した筈だ。
だから、ここから先は俺の意思を押し通す。
「俺は、できればお前と戦いたくない」
「……何故」
「何故って、当たり前だろ」
若干、呆れながら俺は答える。
「知っての通り、俺は人間だ。ただの学生で……とてもじゃないが、獣人たちの未来を背負える器じゃない」
こんなこと説明する必要すらないと思っていた俺は、微かな苛立ちと共に告げた。
だが、獣人王の表情は優れない。
「それは、気づいていないだけだ」
「……何?」
「お前には器がある。お前はそれに気づいていない……いや、見て見ぬ振りをしているだけだ」
痛いところを突かれたと思った。
見て見ぬ振り――ああ、そう言われれば、そうなのだろう。
俺の能力である【素質系・王】の力は、未だに底が知れない。その気になれば、俺はこの能力の奥底にある全ての力を引き出せる筈だが……俺は今までそれを意図的にしてこなかった。その先に引き返せない一線があると直感しているからだ。
潜在能力の前借りが孕むリスクは、未来の固定化である。
たとえば俺が獣人王の力を引き出せば引き出すほど、俺の未来は獣人王に固定される。今まではそれが不安だったから、力を引き出すことに抵抗を感じていたが……もし全てを引き出せば、俺は王らしく振る舞えるようになるのかもしれない。
「本当は自分でも気づいている筈だ。お前はもう、王になる運命からは逃れられない」
「……」
「宿命と言い換えてもいいだろう。お前はまず、それと向き合わねばならない」
正論のように聞こえる。
だがそれはあくまで、獣人王の都合だった。
「だとしても、俺が獣人の王になる理由はない」
「理由ならある」
間髪を入れずに返してきた獣人王に、俺は眉を潜める。
「最早、獣人たちを導けるのは、お前しかいないからだ」
そう告げる獣人王の瞳には、諦念の感情が浮かんでいるような気がした。
「どういう意味だ」
「話し合いはこれで終わりだ」
獣人王が告げる。
「私はお前に言った筈だ。覚悟ができれば、討ちに来いと」
獣人王が一歩を踏み出した。
それだけで、全身に激しい重圧がのし掛かった。
「私の前に現れた以上、お前には既に覚悟があるということだ」
空気が軋む。
獣人王を中心に、床板に亀裂が走る。
「私を殺す覚悟。そして、私に殺される覚悟……」
ギチギチと、肉がはち切れるような音が聞こえた。
獣人王の指先から鋭利な爪が伸びている。その口腔からは獰猛な牙も生えていた。
「見せてみろ。お前の力と覚悟を」
強風が吹いたと思った。
前方からの風圧に目を細めた次の瞬間、豪腕が鼻先まで迫る。
胸を反らし、間一髪で攻撃を躱した俺は、数メートルほど後退する。
「ま、待て! まだ俺は、話を――」
「話は終わりだと言った筈だ」
勝手に終わらせるな。
そう文句を言おうとしたが、頭上から迫る踵に気づいたので慌てて身を翻した。
轟音が響き、飛び散った衝撃波が俺の身体を後方へ吹き飛ばす。
「ぐ……っ!?」
獣人――その種族特性は身体能力の大幅な向上。
厳密には、獣の身体能力を再現することだ。
吸血鬼と比べるとシンプルなものである。しかし、その強さは吸血鬼に劣るわけではない。
強靱な膂力。鋭敏な感覚。
まるで闘争のためだけに存在するかのような肉体を持つ。それが獣人だ。
「こ、の――ッ!!」
腕を獣化させ、横に薙ぐ。
だが獣人王は一切動じることなく、それを防いでみせた。
「見事なものだ。人間が、こうも獣化を使いこなすとは」
獣人王の姿が消える。
刹那、俺は背後へ振り向きながら蹴りを放った。
獣人王の拳と、俺の足が衝突する。
相性の問題もあるだろうが――アイナの眷属になってよかった。人間は勿論、吸血鬼の身体でも、今の一撃には耐えられないだろう。
「気を休めるなよ」
「――ッ!!」
人間や吸血鬼では知覚できないほどの、恐ろしく速い応酬が繰り広げられる。
一秒につき三回以上、視界が激しく変化した。床を這った次の瞬間には、壁面を駆け上がっており、いつの間にか空中で拳を交えている。
獣人王の背後に回った直後、その拳が放たれる。
体重なんて殆ど乗っていない、振り返りざまの小さな一撃は――俺の脇腹を掠めた後、壁に大穴を空けた。
夜風と共に月明かりが部屋に入る。
露わになった獣人王の顔は喜怒哀楽を浮かべておらず、淡々としていた。
その様子を見て我慢できなくなった俺は、胸中に蟠る疑念を吐き出す。
「どうして、森で迷っていた俺を助けた!!」
振り下ろされる手刀を、両手を交差させて防いでみせた。
なんとか耐えられる。自惚れるつもりはないが、リディアさんやミレイヤの言う通り、やはりこの王に対抗できるのは、【素質系・王】の力を持つ俺だけかもしれない。
「どうして、討ちに来いなんて言ったッ!!」
拳を交えながら、言葉も交わす。
獣人王は一切表情を変えない。それでも届いていると信じて言い続ける。
「分からないとでも、思ったのか……ッ!」
斜め下から迫り来る鋭利な爪を避ける。
避け損なったのか、頬に傷が刻まれ血が垂れた。
気にせずに、その胴へ拳を打ち付ける。
「兵士たちの士気は考えられないほど低く、警備体制も隙だらけ……」
後退する獣人王に、俺は叫んだ。
「――お前は最初から、この革命で負ける気だろ!!」




