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36「侵入」


「て、敵襲――ッ!!」


 ミレイヤ率いる角翼の会が、王の館へ襲撃を開始した。


「陽動はうまくいってるみたいだな」


「ええ……私たちは、今のうちに地下通路へ行きましょう」


 獣人領には、角翼の会の基地とは別に、巨大な地下空間がある。

 元々は貯水槽としての役割を果たしていたが、今では王の館と繋げられ、緊急時の避難経路としても活用されていた。


 その通路に、角翼の会は秘密裏に細工をしている。

 角翼の会はこの日のために、基地から王の館へと繋がる侵入経路を幾つも作っていたのだ。俺たちは角翼の会の基地へ下り、その通路へ向かう。


「王の館へと繋がる通路は、こちらです!!」


 基地へ下りた俺たちを、角翼の会の構成員が案内した。

 細い通路の突き当たりへ辿り着く。一見すれば何もない行き止まりだが、案内役の獣人は壁面を力強く殴った。カモフラージュ用の薄い壁が崩れ、通路が現れる。


「健闘を祈ります!!」


 案内役の応援に、俺は気を引き締めて通路へ突入した。

 通路には灯りがついている。ということは――恐らく定期的に王の兵士が巡回しているのだろう。いつでも戦闘に臨めるよう、心の準備をせねばならない。


「角翼の会……だっけ。爪牙の会とは派閥争いが起きているって聞いていたけど、よく協力してくれたね」


 クレナが後方を振り返り、案内してくれた獣人を見ながら言う。


「約束を取り付けたからな」


「約束……?」


「革命が成功した暁には、獣人領に最低三つの闘技場を設置する。それを条件に、協力してくれることになった」


 リディアさんに協力の意思を伝えた後、俺はすぐにミレイヤとも交渉を行った。

 ミレイヤに攫われた時は怒りを覚えたが、今になって思い返すと、あれは必要なことだったかもしれない。俺はあの一件で獣人たちの本能や文化について学ぶことができたし、結果としてその知識は交渉に役立った。


「……ミレイヤは、段階的に目的を達成するつもりなのね」


「ああ。角翼の会は、もっと色んな要求をしたかったみたいだが……流石にその全てを爪牙の会が飲み込むとは思えないし、一先ずの折衷案として闘技場三つという条件になった」


 続けて、俺は説明する。


「後は俺も、決断を急かしたからな。この条件で妥協してくれないなら、革命には協力しない。……そう言ったら、爪牙の会も角翼の会も了承してくれたんだ」


 そもそも何故、今まで俺が爪牙の会や角翼の会に振り回されていたのかと言うと、俺自身が革命への協力に否定的だったからだ。


 逆に言えば――革命へ協力する姿勢さえ見せれば、彼らは俺の言うことを聞かざるを得ない。何故なら俺は、革命に必須の存在なのだから。


「……悪いな、クレナ。クレナだけなら、巻き込まれずに済んだかもしれないのに。こうして協力してもらって……」


 隣で一緒に走るクレナへ、俺は謝罪する。


「気にしなくていいよ」


 クレナが笑って言う。


「エディ君とライオス君に、頼まれたからね。ケイル君をよろしくって」


「……あいつら、そんなこと言ってたのか」


 しかし、あの二人なら言いそうだ。

 気を引き締めねばならない状況なのに、一瞬だけ感情が落ち着く。


「謝らなくてはいけないのは、私」


 アイナが言う。


「獣人の都合に、二人を巻き込んで……本当に、ごめんなさい」


 いつも通りの無表情。けれどその声音には、ほんの少し罪悪感が込められていた。


「最終的には、俺自身が協力することを決断したんだ。勝手に巻き込まれたわけじゃない」


 狭い通路の角を曲がり、周囲を警戒しながら言う。


「私も、ケイル君と同じ意見かな」


 クレナが明るく言う。


「あ、でも……この件が終わったら、ケイル君は返してもらうからね」


「それは約束できない」


 空気がギスギスする。

 襲撃の最中だというのに、この状態はマズい。


「二人とも。今はいがみ合っている場合じゃ――」


 一応、注意喚起しておこうと思った、次の瞬間。


「お、おい! 侵入者だ!」


「くそ、地上は陽動か――ッ!?」


 地下道を巡回していた王の兵士たちと遭遇する。

 直後、クレナが『血舞踏(ブラッティ・アーツ)』で血を宙に舞わせた。


「気づいたところで――」


 クレナが血の斬撃を飛ばす。

 二人いた兵士のうち、片方が吹き飛んで壁に打ち付けられた。

 動揺するもう一人の兵士に、アイナが肉薄する。


「――もう遅い」


 ドゴォン!! とけたたましい音が響く。

 アイナが拳で兵士を殴った音だった。


「……余計な心配だったな」


 息の合った二人のコンビネーションを見て、俺は気を引き締める。

 ある程度、道を進むと長い螺旋階段が現れた。通路の形状からして、俺たちが今いる場所は恐らく太い樹木の中だ。樹木の内部を空洞にして、塔のように利用しているのだろう。


 兵士を撃退しながら階段を一気に駆け上がる。

 階段を上った先で扉を開くと、見知らぬ建物の中に出た。


「ここは……」


「館の一階よ。ついて来て」


 館から地下へと繋がる裏口なだけあって、扉付近は薄暗く、人の気配も殆どなかった。慎重かつ迅速に廊下を渡り、二階へと繋がる階段を目指す。


「動くな、賊どもめッ!!」


 槍を持った兵士たちが、俺たちの前に立ちはだかる。

 数は――多い。あっという間に十人弱の兵士が集まった。律儀に全員と戦うのは骨が折れそうだ。


「アイナ、貴様……かつて王に育てられた恩を忘れたか」


「……好きで育てられたわけではない」


 兵士の言葉に、アイナは冷たい声音で答える。


「それに、貴方たちこそ……好きで王のために戦っているようには見えない」


 兵士たちは、その言葉に僅かな動揺を見せる。


「……我々の意思など、関係ない」


 込み上がる激情を押し殺すかのように、兵士たちは力強く槍を握った。


「どのみち、ここでお前たちを止めなければ……我々が王に殺されるだけだ」


 槍の先端が一斉に向けられる。

 どうにかして、この場を切り抜けなければ――。


「二人とも、ここは私が!」


 クレナが一歩前に出て言う。

 これだけの数を一人で相手するのは困難だ。しかし、


「大丈夫。集団戦は、吸血鬼の方が得意だから」


「……そうだな」


 かつて吸血鬼の身体になったからこそ、俺はその言葉が真実であると知っていた。

 吸血鬼の種族特性である『血舞踏(ブラッティ・アーツ)』は、汎用性が高く、あらゆる状況に対処できる。寧ろ俺たちが近くにいることで、クレナの行動が抑制される可能性すらあった。


「クレナ――任せた!」


「うんッ! すぐ追いつくから!!」


 勝つ気満々のクレナの声を聞いて、俺とアイナは先へ走り出した。


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