35「革命」
数日後。
綿密な作戦会議を終えた俺たちは――革命の決行を前にしていた。
「予想通り、この辺りから警備が手薄になっているな」
闇夜に紛れて王の館へ接近する。
王が慢心しているためか、兵士たちの警邏も穴だらけだ。これなら強引に突破できる。
――作戦の決行まで、あと少し。
緊張は仕方ない。しかし一人で背負う必要はない。
傍にいるクレナとアイナを見る。彼女たちは頼りになる存在だ。
穏やかな風に枝葉がそよぐ中、俺は数日前のことを思い出した。
俺たちが、この革命に参加する決意を抱いた時のことだ。
◆
会議室には、爪牙の会の上層部に加え、俺とクレナとアイナの三人がいた。
俺が角翼の会の基地から脱出した翌日。俺はクレナとアイナに相談し、決断した内容を、リディアさんたちに伝えた。
「革命に、協力していただけるということですか……?」
驚愕と歓喜を綯い交ぜにした表情で、リディアさんは俺を見つめる。
周りにいる獣人たちも、協力的な姿勢を見せる俺に「おぉ」と歓喜の声を漏らす。
リディアさんの対面に座る俺は、深く首肯した。
「はい。但し、二つだけ条件があります」
条件。その単語を聞いてリディアさんたちは唇を引き結んだ。
「ひとつは数日以内に作戦を決行すること。もうひとつは――誰も死者を出さないことです」
死傷者を出さないこと。
それが俺の提示する、二つ目の条件だった。
「それは……厳しい条件ですね」
リディアさんが難しい顔をする。
だが、これは譲れない一線だった。
――もし、俺の予想が正しければ、この革命で死者が出るのはあまりに馬鹿馬鹿しいことである。
それに、俺はこの条件が無茶でないことを知っていた。
「先にアイナと相談させていただきましたが、戦力的には問題ない筈です。王はともかく、王の兵士は強者揃いというわけでもない。それに革命軍には、獣化が使える獣人も数多くいると聞いています」
勿論、王の兵士たちは無辜の民と比べれば十分に強い。
しかし革命軍の獣人たちも独自の訓練によって能力を鍛えているのだ。
慢心している王は兵士たちの訓練にもあまり関心がないらしい。その結果、兵士たちの練度はかつてないほど落ちているというのがアイナからの情報だ。
「全面的に作戦を練り直す必要があるわ」
ここから先の説明は、以前から革命軍の一員だったアイナが引き継ぐ。
「死者を出さないためには、できるだけ過激な争いを避けるしかない。逆に言えば、戦力が正面衝突するような事態を避けることができれば可能性はある」
「……具体的にはどうするつもり?」
「少数精鋭で、王の館に切り込む」
リディアの問いに、アイナは迷うことなく答えた。
「館に侵入した後も必要最低限の戦闘しかしない。できるだけ迅速に王のもとへ辿り着き――捕らえる」
そうすることで、争いを極限まで抑えて作戦を遂行できる。
「但し、この作戦を実行するには陽動が必要になる。……血が流れるとしたら、そっちでしょうね」
表にいる兵士たちの目を引き付けるためにも陽動は必要だ。できれば館にいる兵士たちも誘き出したい。館に潜入する部隊よりも、陽動の方が大規模な戦いを繰り広げることになるだろう。
「ケイル様。王を殺すことも、禁じられるのでしょうか」
アイナの説明を受けたリディアさんは、俺の方を見て訊いた。
「もし、王を殺さないつもりであるなら、王を捕らえなくてはなりません」
リディアさんが懸念していることを告げる。
俺は首を縦に振って続きを促した。
「他の兵士たちならともかく、王が相手となると私たちでは力不足です。そのため王を捕らえる役割はケイル様に果たしていただくことになります。……しかし、王は強敵です。ケイル様が戦っても確実に勝てる保障はありません。そんな状況下で捕縛を優先するのは、少々リスクが高いと考えます」
至極当然のことをリディアさんは言った。
「死者を出さないという理想は構いません。ですが、王だけは一筋縄ではいかないでしょう。捕縛を優先するあまり、作戦に失敗してしまうのは本末転倒です。……革命の失敗か、王の殺害か。この二つを天秤にかけた時、貴方はどちらを選びますか」
リディアさんが訊きたいのは、要するにこういうことだ。
――私たちは死者を出さないという条件でも構いませんが、寧ろ貴方はそれで大丈夫なんですか?
俺が王を捕らえなければこの革命は成功しない。
しかし、倒すと捕らえるでは難易度が大きく変わる。無血革命を条件にした時、一番苦労するのは他ならぬ俺自身だ。
この革命に二度目はない。
失敗すれば王は反逆者の断罪を始め、より多くの死傷者が出るだろう。
リディアさんの問いかけに、少し考えていると――。
「――いざという時は殺す」
冷淡な声音で、アイナが言った。
「それでいいわね、ケイル?」
「……ああ」
話が想定していない方向へと進んでしまったが、俺は頷いた。
アイナはこの作戦の、本当の目的を知っている。
なら、彼女の判断を信用してもいいだろう。
「アイナが言った通り、いざという時は俺が王を殺します。但し、その選択は……俺に判断させてください」
こちらの希望を全て伝える。
「分かりました。その方針で進めさせていただきます」
神妙な面持ちでリディアさんは頷く。
その反応に、俺は目を丸くした。
「どうかしましたか?」
「いえ……思ったよりも、あっさり納得してくれたので」
「元より我々の敵は王のみです。作戦の成功率を考えて、今までは敢えて言いませんでしたが……爪牙の会も、できるだけ死者を出さない作戦を予てより模索していました。厳しい戦いになるかと思いますが、ケイル様のご助力が期待できるなら、不可能ではないでしょう」
どうやら爪牙の会も、死者を出さない戦いの準備をしてきたらしい。
――死者の有無は、俺の働き次第で決まる。
俺が王に屈しなければ。
俺が王を倒すことができれば、この革命で死者が出ることはない。
「問題は陽動部隊ですね。こちらは大きな戦いになりそうですし、できるだけ強い戦力を揃えなければなりませんが……」
リディアが考えながら言う。
「大丈夫。アテはあるわ」
アイナの言葉に、リディアさんは目を丸くした。
◆
「まったく。勝手にアテにされては困るのだけれど……」
数日前の作戦会議を思い出していると、背後から声をかけられた。
兎の獣人、ミレイヤだ。先日、俺を拉致した張本人だが、彼女は悪びれることなく俺の傍に近づいてきた。
「元々、革命の際は協力する手筈よ」
「まあそうなんだけれど……強いて言うなら、私たちが陽動に使われることが些か不満かしらね」
アイナの言葉に頷きつつも、ミレイヤは唇を尖らせた。
アイナが言っていた陽動のアテ。それは角翼の会だった。
角翼の会の獣人たちは、爪牙の会の獣人たちと比べて武闘派である。地下に隠し持っている闘技場がそれを如実に現していた。特に三人衆の実力は折り紙付きだ。彼らが陽動を受け持ってくれるなら、安心して館へ潜入できる。
「陽動と言っても、死傷者を出さないよう工夫するとなれば、かなりの危険が伴う筈だ。十分、気をつけてくれ」
「ええ、分かっているわ。……王の卵も気をつけて。貴方が死んでしまっては元も子もないのだから」
蠱惑的な笑みを浮かべてミレイヤは言う。
俺は王を捕らえるべく、アイナ、クレナと共に館へ突入しなくてはならない。陽動部隊と違って大規模な戦いに参加するわけではないが、待ち構えているのは最強の獣人である。死の危険は俺たちの方が大きい。
「お嬢の言う通り、些かの不満はあるが……受け入れよう。敗者は勝者に従属する。当然の習わしだ」
ゴリラの獣人、グラセルが言う。
ここにきて、俺が闘技場で三人衆に勝ったという事実が活きていた。もし俺たちが戦うことなく、単なる顔合わせだけしかしていなかったら、彼らはこの作戦を簡単には承諾してくれなかっただろう。
だが、まだ一人だけ不満気な者もいた。
「不服です。どうして私たちが、変態のために陽動なんてしなくてはいけないのですか」
エミィはそう言って俺を睨んだ。
「……その誤解はもう解けただろ」
「私のスカートを覗きました」
不可抗力だと言っても全く納得してくれそうにないため、沈黙することにした。
「そろそろ、我々は動き始めるぞ」
豹の獣人であるオッドが言う。
アイナと同じく『完全獣化』が使えるこの男なら、そう簡単には敗れることもないだろう。
「各自、戦闘準備をお願いします」
後方でリディアさんが告げる。
爪牙の会と、角翼の会。それぞれの獣人たちが、武器を構え、闘志を燃やした。
「――作戦開始です」
革命が今、始まる。




