34「決断」
目の前にいるのは、紛れもなく獣人の王だった。
獣人王――即ち、現存する獣人の中で最も強い存在。
本来なら、迂闊に対峙するべき相手ではない。
俺は以前、吸血鬼の王弟ギルフォードと戦ったが、あの男とは比べ物にならないほどの圧力を獣人王からは感じた。いくら俺の能力が【素質系・王】だからと言って、すぐに亜人の王と対等に渡り合えるわけではない。覚醒系の能力と違って、素質系の能力は時間をかけて努力しないと効果を現さない。
――革命が見抜かれたのか?
口を閉ざす王に、俺は冷や汗を垂らした。
付近には、先程俺が使った角翼の会の基地へと繋がる裏口がある。まさか、獣人王はその存在にあらかじめ気づいており、ここで待ち伏せしていたのだろうか。
だとすると最悪の展開だ。
王はここで革命軍が結成されていることを知り、すぐに対策へ乗り出すだろう。
しかし――不思議なことに、俺はそこまで焦っていなかった。
恐れはない。
どうしてか、敵意も抱けない。
それはきっと今の獣人王が、最初に会った時のような――道に迷った人間を助けるような、親切な男に見えるからだ。
「覚悟はあるのか?」
「……なに?」
短い問いを繰り出される。
その意味と意図が分からず、俺は訊き返した。
王の静かな瞳が俺を映す。理知的で、真摯な目だ。暴虐の限りを尽くしているという噂だが、そんなものとはかけ離れた印象を受ける。
「覚悟があるなら、私を討ちに来い」
そう言って、王は踵を返した。
「待て!」
離れていく背中を呼び止め、俺は訊く。
「……俺たちが会ったのは、これで何度目だ?」
その問いに、王はこちらへ振り返り、微かに笑みを浮かべながら答えた。
「次は迷わないことだ」
王の背中が遠退き、やがてその姿は見えなくなる。
全身にのし掛かる圧力が消えたことで、俺は安堵の息を吐いた。
――やはり、同一人物だ。
あの王は、俺が以前、獣人領を訪れる前に森で迷っていたことを知っている。
道に迷った俺を助けてくれた獣人と、あの王は別人だったのかもしれないと考えたが、その予想は外れた。俺を助けてくれたのはあの王で間違いない。俺と王は三度会っている。それが互いの共通認識だ。
獣人領へ戻りながら、考える。
以前から疑問だった。暴虐の限りを尽くす王が、道に迷う人間を助けるとは思えない。
それに――「私を討ちに来い」とは、どういう意味だ。
あの王は何を考えている。
悩んだところで答えは出ない。
気がつけば、俺は爪牙の会へと帰ってきていた。
「ケイル君!」
建物の中に入ると、フロントにいたクレナが立ち上がって声を上げる。
「良かった、無事だったんだね」
「ああ……」
クレナは心の底から安堵した様子を見せた。
部屋の奥から、騒ぎを聞きつけたリディアさんもやって来る。
「ケイル様、ご無事でしたか」
こちらの顔を見て、リディアさんは胸をなで下ろした。
「貴方を攫ったのは、角翼の会の代表であるミレイヤだとアイナから聞いています。間違いはありませんか?」
「……はい。その通りです」
肯定すると、リディアさんは嘆息した。
「もう知っているかとは思いますが、角翼の会は、私たち爪牙の会とは違う未来を見据えている派閥です。……派閥が違うとは言え、革命の際は共に手を取り合わなくてはならないのですが……今からこの調子だと先が思いやられますね」
クレナも状況の説明を受けているのか、角翼の会については知っている素振りを見せた。
「リディアさん。アイナが一人で取り残されています。助けにいった方が……」
「いえ、あの子なら大丈夫でしょう。角翼の会でも、あの子を止められる者は殆どいません」
アイナは角翼の会の裏口を知っていた。俺がいた部屋にもダクトから入ってきたため、恐らく基地から抜け出す道についても調べているのだろう。リディアさんの言葉に首を縦に振って納得する。
「今回の件は私の不注意が招いた結果です。本当に、申し訳ございませんでした」
「いえ、リディアさんが悪いわけでは……」
深々と頭を下げてリディアさんは謝罪した。
「とにかく、今はゆっくりとお休みください」
リディアさんの言葉に従い、俺はクレナと共に客室がある二階へと向かった。
「ケイル君……何か考えてる?」
階段を上った辺りで、クレナが訊く。
「分かるか?」
「うん。その顔、前にも見たことあるよ」
クレナは微笑みながら言った。
「私が帝国兵に追われている話をした時と同じ。……今度は、アイナさんの問題について考えているのかな?」
アイナだけの問題というわけではないが……概ね正解だった。
獣人領が抱えている問題は大きい。俺は獣人ではなく人間だが、アイナという友人を通してこの地で起きる問題に何度も触れてきた。今更、他人事のように見て見ぬ振りをすることはできない。
やはり、今の俺にできることと言えば、ひとつしかないだろう。
誰も気づいていない違和感。俺だけが知っている不審な点。
それを解消するべきだ。
「……クレナ」
考えがまとまった俺は、クレナに言う。
「革命に、協力しよう」
驚きに目を丸くするクレナへ、俺は自らの考えを説明した。




