33「二等分の未来」
アイナか、ミレイヤか。
当然、選べる筈もない二択だ。
声を出せず、ただただ困惑していると、ミレイヤがアイナを睨んだ。
「背が高いだけの、無愛想で貧相な女のくせに。私に張り合おうっていうの?」
ミレイヤが言う。
しかしアイナは全く動じることなく、いつもの無機的な表情で口を開いた。
「贅肉をぶら下げることしか能がないくせに、よくそこまで得意気になれるわね。頭も脂で詰まっているのかしら」
「……なんですって?」
形勢逆転。
アイナの一言がよほど効いたのか、ミレイヤは額に青筋を立てる。
「いい、アイナ? 貴女は腕っ節が強いだけなのよ。脱いだところでそれは変わらない。大体、貴女には女としての色気が――」
「ある」
はっきりと、アイナは言った。
僅かに頬を赤らめた彼女は、視線を下げながら続ける。
「ケイルは……ある、と、言ってくれた……」
そう言ってアイナは、真剣な眼差しで俺を見た。
そうよね? と暗に同意を促され、俺は硬直する。思わず視線を逸らすと、今度はミレイヤがじっと俺を睨んでいることに気づいた。
「そうなの?」
「いや、その、まあ……はい」
「そう。なら――」
微かに不満気な顔をしたミレイヤは、俺の胸元へ身体を寄せた。
「私は? 私はどうなの?」
「あ、あると、思いますけど……」
緊張のあまり、何故か敬語が出てしまう。
そんな俺を、アイナは睨んだ。
「ケイル、そろそろ選んで」
「え、選べって言われても……」
「選べ」
「ひっ」
鋭い眼光に射貫かれ、鼻白む。
二人は対立している筈だが、彼女たちが暗に告げている言葉は全く同じだった。
――私を選ばないと殺す。
殺意だ。これは紛れもなく、怒気を超えた殺意である。
どう考えてもとばっちりだ。怒らせたのは俺ではない。二人が勝手に罵り合っているだけなのに……なんでその行く末を俺に委ねるんだ。
究極の選択?
とんでもない。
どちらを選んでも同じ死だ。
――誰か助けてくれ。
王の素質は、こういう時には全く役に立たないらしい。
眷属化された直後で体調も不安定だ。膨らんだ欲求は、目の前にある快楽を貪りたいと訴えている。
辛うじて理性が本能を抑える中、俺はこの獣人領に来ているもう一人の仲間のことを思い出した。
――クレナ。
明るくて屈託のない、あの少女のことを思い出す。
彼女がこの場にいれば、何と言うだろうか。
『ミュアちゃんに言いつけるから』
「――それだけはマズい」
自分の身体が二等分される未来を幻視した。
我に返った俺は、しなだれかかるミレイヤを押しのけ、ベッドから離れる。
「悪いが……どちらも選べない。お互い、今はそんなことしている場合じゃないだろう」
急に冷静になった俺を、アイナとミレイヤは不思議そうに見ていた。
だが、次の瞬間。アイナが動く。
「――っ!?」
アイナが素早くミレイヤの身体を手前に引いた。
ミレイヤの動きを封じながら、彼女は俺に告げる。
「突き当たりを右に曲がった後、左、右、左の順に角を曲がって。あとは真っ直ぐ進めば裏口から外に出られるわ」
「わ、分かった! アイナは!?」
「私はここでミレイヤを食い止める」
その一言に、部屋を出ようとした俺は一瞬だけ足を止める。
だが、アイナの自信に満ちた眼差しを見て、俺はすぐに部屋を出た。
アイナなら問題ないだろう。
角翼の会の三人衆でも『完全獣化』を使えたのはオッドのみ。アイナを止められるとしたらオッドだけの筈だが、そのオッドは俺との戦闘で負傷している。
「お、王の卵!? どちらへ――」
「悪いな!」
一瞬で廊下の端から端まで移動する。
再び眷属化したことで俺の"格"は更に向上していた。全力で疾駆する俺に、追走できる者はいない。
獣人たちの制止を振り切り、アイナの指示通りに通路を進む。
やがて、外へと繋がる裏口を見つけた。
◆
ケイルが部屋を去った後。
アイナに腕を掴まれ、身動きが取れなくなったミレイヤは、やがて嘆息して身体の力を抜いた。
今から追いかけても間に合わないと判断したのだろう。そんなミレイヤに、アイナも拘束を解く。
「結果は引き分けといったところかしら」
ミレイヤは床に脱ぎ捨てていた服を着直して呟いた。
同じようにアイナも服を着る。ミレイヤも口にしていたが、アイナの腕っ節は特に強い。少なくともミレイヤが相手なら不意打ちされても無傷で倒せると判断し、アイナは堂々と背中を向けながら服を纏った。
そんなアイナを見て、ミレイヤは微笑した。
「澄ました顔しちゃって。……発情しているくせに」
「適当なことを言わないで」
「貴女、顔に出ないだけで身体には出るのよ。緊張したり、興奮したりすると、尻尾の先っぽを丸める癖がある」
そう言われて、アイナはゆっくりと自分の尻尾を見つめた。
確かに丸めている。完全に無意識の行動だった。
「ねえアイナ。貴女、一度も発情期が来たことないって本当?」
「……だとしたら、何?」
アイナはミレイヤを睨む。
厳密には、発情期は何度か訪れていたが、その全てを我慢していた。
幼い頃は獣人王の護衛として過ごし、王のもとを離れてからは革命軍の主戦力して過ごしてきた。そんな特殊な環境で育ったアイナに、発情期なんてものに現を抜かす暇はなかった。
「長い付き合いだから、ひとつだけ忠告してあげるわ」
ミレイヤは溜息混じりに言う。
「貴女、今のままだといつか王の卵を襲うわよ。なにせ、今までずっと拗らせてきて、ひたすら我慢に我慢を重ねてきたんだもの。身も心も許せる相手と出会ったら、あらゆる枷が外れてしまうと思うわ」
「……貴女と一緒にしないで」
「同じよ。私たちは共に、獣人なんだから。……王の卵にも言ったけれど、我慢は身体に毒よ」
そう言って、ミレイヤは部屋から出て行った。
◆
「なんとか、外に出られたか……」
アイナの指示通りに道を進むと、無事に地下から出ることができた。
時刻は夜らしく、外は暗かった。足元に気をつけながら、自分の位置を把握する。
「ここは……獣人領の外か?」
遠くに小さな光が見える。恐らくあれが獣人領の灯りだろう。
角翼の会の裏口は、獣人領の外側に繋がっていたらしい。辺りには木々だけが存在し、夜の暗闇も相まって不気味な雰囲気となっていた。このような場所に出入り口を用意しても便利とは思えない。恐らく、革命に備えた避難経路のひとつなのだろう。
ミレイヤの部下たちが辺りを警邏しているかもしれないので、少し迂回して獣人領へ向かう。
足音を立てずに歩き続けて十分が経過した頃、不思議なものを見つけた。
「これは……」
大きな構造物を目の当たりにして、俺は立ち止まる。
石材で組み立てられたその建物には、どこか見覚えがあった。
――確か、神族の遺跡だったか。
あまり歴史に詳しくないため、もしかすると違うものかもしれないが……以前、演習で見かけた遺跡と酷似した外装だ。
昔、存在していたかもしれない、偉い種族たちの遺跡。
俺にとってはその程度の認識だが、一部の学者たちはこれを専門的に学んでいるらしい。
その遺跡が、どうしてこんなところにあるのかは疑問だが、今は考えても意味のないことだろう。
再び歩き出そうとした――その時。
目の前に佇む人影に気づいた。
「……どうして、お前がここにいる」
見知ったその人影に、俺は思わず声をかけた。
「獣人王……」




