30「オッド」
2020/4/1
タイトル変更しました!!(エイプリルフールとは全く関係ありません)
「――始めッ!!」
ミレイヤが戦いの始まりを告げる。
先手はオッドが取った。
地を蹴る音がしたと思えば、次の瞬間にはオッドが目前に迫っている。
咄嗟に腕を交差する。少し遅れて、強烈な衝撃が放たれた。
「ぐ……っ!?」
グラセルと比べれば力は弱い筈だが、衝撃の強さは殆ど同じように感じた。
身体の使い方が上手いのだ。演習時のアイナを彷彿とさせる。獣人の身体能力と体術の組み合わせは、絶大な威力を発揮する。
小さな歩幅で間合いを詰められる。
試しにフェイントで一歩近づくが、全く動じることはない。一歩退いて体勢を整えようとすると、今度は向こうから接近してくる。
拳が交互に繰り出された。身を翻した後、半歩下がることで回避する。
直後、鋭い蹴りが放たれる。咄嗟に肘で防いだが、衝撃を殺しきれずに腕が軋む。
「エミィとの戦いは途中から見物させてもらった。……グラセルとの戦いは、お嬢から詳細を聞いている」
構えを維持したまま、オッドは言う。
「お前があの二人に勝てたのは、機転を利かせたからだ。……決してそれが悪いわけではない。寧ろ立派な作戦のうちだとは思うが……要するにお前は、純粋な実力ではあの二人に勝てなかったということだ」
耳の痛い言葉だった。
オッドの拳が風を切る。右腕でそれを弾くと、今度はローキックを叩き込まれた。
体勢を崩された――追撃がくる。
次の一手を予測した俺は腕を軽く引き、カウンターの準備を整えた。
反撃の糸口が見えたような気がした。だが、思い通りの展開にはならない。
オッドが拳を突き出す。それを受け流しながらカウンターを繰り出すつもりだったが、次の瞬間、オッドは身体を半回転させた。しまった、フェイント――そう気づいた頃にはもう遅い。回し蹴りが俺の鳩尾に炸裂する。
「が、あ……ッ!?」
斜め上に蹴飛ばされた俺は、肺に貯めていた酸素を全て吐き出した。
床に打ち付けられ、背中から鈍い衝撃を受ける。
「私はあの二人より強い。そして、あの二人のような隙を見せる気もない」
立ち上がろうとしたその時、いつの間にか自分が巨大な影の中にいることに気づいた。
痛む全身に鞭打って、立ち上がった俺の前には――巨大な豹が佇んでいた。
「『完全獣化』……」
この男も使えるのか。
四足歩行の、嫋やか体躯だった。金色の体毛には黒い斑点が混ざっており、背中の向こうには細長い尾が見える。
虎の獣人であるアイナの『完全獣化』と比べれば、僅かに小さいが……その迫力は勝るとも劣らない。
今の俺は獣人だ。
しかし、目の前にいる獣がとても俺と同じ種族には思えなかった。
豹がその大きな腕を振りかぶった。
マズい。次の瞬間に訪れる攻撃を予期した俺は、ぶわりと全身から冷や汗を垂らしながら素早く後退する。
振り下ろされた豹の腕は、盛大に床を割った。
グラセルの時の比ではない。風圧だけでも吹き飛んでしまいそうだ。
「く……っ!!」
蹂躙。その二文字が頭を過ぎる。
これから始まるのは、戦いではなく蹂躙ではないだろうか。
『自惚れているわけではないのだろう』
大きな顎の奥から、重たい声音が響く。
『だが痛感した筈だ。お前は王の卵であって、王ではない』
ゆっくりと、豹が近づいてくる。
僅か半歩。豹にとってはその程度の移動でも、俺にとっては十歩にあたる距離だ。
『私に勝つには――まだ早い』
大きく開かれた顎が、真正面から迫った。
真っ暗な口腔が視界一杯に広がったかと思えば、すぐに左右から鋭利な牙が押し寄せる。
慌てて上へ跳んで逃げると、豹は軽やかに身を翻した。
長い尾に、横から叩かれる。
「ぐあッ!?」
勢い良く床に叩き落とされる。
立ち上がるよりも早く、大きな爪が振り下ろされた。
咄嗟に腕を前に出し、衝撃に備える。
激しい一撃を受けると同時に、視界が真っ白に染まった。痛みが一瞬遅れてやってくる。
「ぐ、ぅ……ッ」
『『部分獣化』では、防ぎきれんぞ』
腕を『部分獣化』で狼のものに変えても、豹の一撃は防げない。
絶望的な力の差があった。
――信じられない。
一周回って焦りは消えた。今、胸中にあるのは驚きだけだった。
あまりの実力差に愕然としているわけではない。
先日のことを思い出す。
――あの王は、これをあっさりと倒したのか。
恐らくオッドの『完全獣化』とアイナの『完全獣化』は、そう変わらない。どちらも間近で目にしたからよく分かる。
アイナの『完全獣化』も、今、俺の目の前にいるオッドと大差ない力を持っていた筈だ。にも拘らず、獣人の王はアイナをあっさりと倒してみせた。傷ひとつ受けることなく、微塵も恐れることなく。……信じられない。当代の獣人王はそこまで強いのか?
とにかく、このままではオッドに負けてしまう。
今の俺の力では適わない。もっと獣人としての力を引き出す必要がある。
以前アイナが言っていた。獣化は、優れた獣人なら例外なく会得できる。歴代の獣人王も全て獣化を使えたらしい。
恐らく『完全獣化』もその中に含まれるのだろう。
なら【素質系・王】の能力を持つ俺に、できないことはない筈だ。
吸血鬼の、『血舞踏』と同じだ。
原理はまるで違うが、どちらも亜人の種族特性。潜在能力の前借りを行うことで、俺はいつか未来で手にするかもしれない技術を手元に引っ張ってくることができる。
その時。
強烈な違和感を覚えた。
――なんだ、これ。
自分自身の中に眠る素質に、疑問を抱く。
求めている力は、すぐ目の前にあった。
恐らく手を伸ばせば届くが……。
――『完全獣化』の先に、まだ何かある?
もう一段階、上の力がある。そんな手応えがした。
考える暇はない。『完全獣化』を会得したからと言って、オッドに太刀打ちできるとは限らないのだ。なら、少しでも強い力を引き出した方がいいだろう。
より強い力を掴み取る。
そして――その力を行使した。
『――ッ!?』
途端に膨れ上がった俺の"格"に、オッドは驚いて後退した。
ドクン、ドクンと心臓が大きく鼓動する。身体を巡る血潮が沸騰したかのように熱い。
「ぐ、が、ァ……ッ」
身体が作り替えられていく感触があった。
これは、『部分獣化』でも『完全獣化』でもない。
「が、あぁああぁあぁああぁぁぁぁァァアアァアァァァァ――ッッ!!」
徐々に声すら変質する。
身体の奥底から、抗いがたい衝動が込み上げた。




