29「正しい在り方」
闘技場の整備が終わり、俺とオッドは舞台へ上がった。
角翼の会の最高戦力が三人衆であり、オッドはその中でも最強の獣人であるという。つまり角翼の会では、このオッドという男が一番強いのだろう。
客席には、オッドが連れてきたらしい十人近くの獣人が佇んでいた。
精悍な顔つきをした彼らは席に座ることなく、ただ黙って闘技場で対峙する俺とオッドを観察している。
「圧力を感じているのであれば席を外すよう伝えよう。そういう意図はない」
俺が余計なプレッシャーを感じているのではないかと気遣ったのだろう。
戦いを有利に運ぶため、彼らを連れてきたわけではないと暗に伝えられる。
「……問題ない。あそこにいる獣人が、お前の部下か?」
「ああ。革命の際、私の指揮下で動くことになる優秀な兵士たちだ」
既に革命を起こす準備は着々と進められているようだ。
革命が起こればどれだけの犠牲者が出るだろうか。成功するにしても、失敗するにしても、きっと少なくない被害が出る。下手したら、今までの悪政による被害を上回るかもしれない。
「我々の行く末を懸念しているのか?」
心を見透かされて、俺は目を丸くする。
オッドは微かに笑みを浮かべた。
「慎重で、思慮深い性格をしているようだな。……予想はしていたが、お前がお嬢を奴隷扱いしているという噂はやはり嘘か。大方、お嬢が場を盛り上げるために、意図的に吹聴したのだろう」
溜息混じりにオッドが言う。
その推測が完全に的中していたため、俺は少々驚いた。
もしかすると、この男ならば俺の心境も理解してくれるかもしれない。
そもそも俺は勝手にここへ連れて来られただけの被害者である。外に出たいと頼めば検討してくれるだろうか。微かな期待を抱いてオッドを見ると――その瞳には強い闘志が灯っていた。
「王の卵よ、率直に言わせてもらう。……我々はお嬢を次代の王にしたいと考えている」
オッドが言う。
「角翼の会に属している者は皆、同意見だ。お嬢には王としての器がある」
「……なら、どうしてミレイヤは俺をここへ連れてきた」
「本人が乗り気ではないということだ。恐らく"格"の高さを気にしているのだろう」
オッドが声を潜めて言った。
あまり他の獣人たちに、聞かれたくない話のようだ。
「気づいているかもしれないが、お嬢よりも私の方が高い"格"を有している。……だが、私はお嬢の下で働くことこそが獣人の未来のためになると考えているし、他の者も同様だ。私よりもお嬢の方が、他者を動かすことに長けている」
オッドは真剣な顔つきで語った。
「王の卵よ。恐らくお前が王に据えられるとしたら、我々がその補助をすることになるだろう。しかしそれなら、お嬢を王に据えて、他の者が補助をすることと大差ないと思わないか?」
「それは……」
「亜人の王に"格"が求められるのは、有事の際にその力で敵対者を威圧するためだ。だが、必ずしも王自身が力を持つ必要はないと私は考える。……お前には、王ではなく王の兵士になってもらいたいのだ。次代の王に忠誠を誓う最強の兵士……即ち、お嬢が持つ力の象徴となってもらいたい」
そう言って、オッドは構えた。
「私が勝てば、協力してもらうぞ」
オッドの全身から強い圧力が放たれる。
浮き立っていた空気が引き締められ、観客たちも口を閉ざした。
ゆっくりと構えながら、俺はオッドに訊く。
「……俺が勝ったらどうするんだ?」
「好きにすればいい。次代の王になってもいいし、全てを投げ捨てて姿を眩ませても構わん」
思う他、あっさりとした回答が返ってきた。
自身の勝利を確信しているのかもしれない。だがどちらかと言えば、やる気のない者をわざわざやる気にさせるほど、暇ではないと主張しているように思える。
「投げ捨てるつもりはないが……俺は王になる気も、お前に協力する気もない」
「なら、どうする気だ」
「さぁな。まあ……他の道を考えるしかないだろう」
オッドは俺の正体が人間であることを知らない。
だからオッドにとって俺は危機感に欠けた適当な獣人に見えるのかもしれない。
しかし俺も、自分の意思を譲る気はなかった。
――これは俺自身の生き方にも関わる話だ。
俺の能力は【素質系・王】。王になるための能力と言っても過言ではない。
しかしクレナは言ってくれた。俺が王になる必要はない。あらゆる王になる可能性を秘めた俺の力は、あらゆる王と対等になれるという未来も示唆している。
王と戦うための王。
王に抗うための王。
そんな仰々しい存在になれるだなんて、実は露程も思っていないが……。
でも、もし俺が、そんな存在になれるのだとしたら。
ならなくてはならない瞬間が、訪れるのだとしたら――。
――この選択は間違っていない。
俺は特定の種族の王にはならない。
王の悪政は獣人だけの問題ではないだろう。きっと、色んな亜人社会で起こり得る問題だ。
ひとつの社会で大きな重荷を背負って、身動きが取れなくなるのは困る。
自分の能力の使い道を――正しい在り方というものを、模索しなくてはならない。
その答えを掴み取るにはまず、目の前の男を倒す必要があるようだ。




