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21「王と戦うための王」


 観光どころではなくなったため、俺たちは一度、宛がわれた部屋に戻って休憩することにした。

 アイナは用事があるとかで席を外している。部屋には俺とクレナだけがいた。


「ケイル君……どうするの?」


 ベッドの縁に腰を下ろす俺へ、クレナは訊く。


「どうって言われても……」


 答えは既に決まっている。この話を承諾することはできない。

 ただ、少し考えたいこともある。


 ――貴方に頼るしかない、か。


 アイナに言われたことを思い出す。

 あの真っ直ぐな眼差しは、簡単に見捨てて良いものではない。


 俺は、認めなければならない。

 自分自身の強大な力を。そして、その力でしか解決できない問題があることを。


「……クレナ。亜人の王って、具体的に何をしているんだ?」


「人間の王様とあまり変わらないと思うよ。でっかい館に住んで、執務をしたり、部下に指示を出したりするの。実務は殆ど部下に任せている例もある。……だから正直、ケイル君が王様になるのは、不可能ではないんじゃないかな」


 思ったよりも冷静な意見をクレナは述べた。

 リディアさんの話を聞く限り、革命軍が求めているのはあくまで民衆を納得させるためだけの、見せかけの王だ。


 元々、亜人社会における王は"格"の高さが何よりも重視されている。実務などを遂行するのは他の者たちでも良い。俺のような王族とは全く無縁の者が王になっても社会を機能させることは可能なのだろう。


「でも、私は反対」


 クレナは言う。


「だって……ケイル君が獣人の王様になったら、多分、今までみたいに会うこともできないもん」


 視線を落とし、拗ねたように言うクレナに、俺は苦笑した。


「……そうだな。俺も今の暮らしは結構気に入ってる。それを捨てる気はない」


 妹、ミュアのことも放ってはおけない。

 クレナと出会って、俺の学生生活は充実し始めたばかりなのだ。それをこんな簡単に捨てられる筈もない。


「アイナさんが心配だね」


「ああ。俺たちに、何かできることがあったらいいんだが」


 直接アイナにそう訊くと、彼女は間髪を入れずに「革命に協力して」と言うだろう。しかしそれだけは承諾できない。


 革命の協力以外に、彼女を手助けする術はないだろうか。

 いや、そもそも――革命という行為は本当に正しいのだろうか。


 アイナだって、俺たちと同じ学生なのだ。

 革命後の王を探すために学園へ通っていたとしても、同い年であることに変わりはない。本来なら、こんな物騒な悩みなんて抱くことなく、平和な日常を歩むことができる年頃なのだ。


 いや……そうとも言えないか。

 観光している途中で、俺たちはアイナよりも若い子供の獣人を見た。あの小さな子供たちも、獣人王の圧政に苦しめられているのだ。子供だからという理由でその現実から目を背けていいわけではない。子供も苦しめられている当事者だ。


 ……難しいな。


 俺たちは所詮、部外者だ。

 獣人領のことなんて殆ど何も知らないに等しい。

 そんな俺たちが手伝えるとしたら、それはやはり――。


「……クレナは、俺の能力をどう思う?」


 悩みは言葉となって、驚くほど自然に唇からこぼれ落ちた。


「どうって?」


 ケイルは、王になりたくないの?

 アイナからそう問われたことを思い出しながら、俺は答える。


「俺の力は、やっぱり、本来なら王になるためのものなんだと思う。実際、【素質系・剣】の持ち主であるミュアは一流の剣士になっている。でも、俺は……」


 続きの言葉に詰まり、沈黙する。

 先月の一件から……【素質系・王】という能力を自覚してから、力の使い道について考えることが多い。

 しかし俺はまだ、自分が納得できる回答を導き出せていなかった。


「私は、別に王様にならなくてもいいと思うよ?」


 クレナは真っ直ぐ俺を見て言った。


「吸血鬼領でケイル君に助けられた時、私は……ケイル君は王様みたいに強いけれど、同時に王様とは異なる存在なんだって思った」


「それは、どういう……」


「うーんとね。要するに、王様と戦うための王様って感じかな!」


 明るい笑みを浮かべてクレナは言った。


「亜人にとっての王様は、絶対的な強者と言っても過言ではないの。だから、リディアさんがこれから起こそうとしている革命も、亜人社会ではかなり稀な事例だと思う。本来、亜人の王様は、どれだけ数を揃えても絶対に倒せないくらい強い者が選ばれるから」


 亜人の王は"格"の高さ、つまり強さで選ばれる。

 吸血鬼の王弟、ギルフォードも強かった。あれ以上の強さとなると、大抵の亜人は勝てないだろう。


「でも、ケイル君は違う。ケイル君だけは、どんな王様が相手でも対等に立ち向かうことができる。……それって、王様になることと同じくらい、大切な役割なんじゃないかな」


 そんなクレナの言葉に、俺は目を丸くした。


「私の勝手な考えだから、そんなに真に受けられるとちょっと怖いかもだけど……実際、ケイル君がいなければ、私はギルフォード様に利用されていたと思う。ひょっとしたら、今もどこかで私と同じような目に遭っている亜人がいるかもしれない」


 落ち着いてそう告げたクレアは、改めて俺の方を見る。


「そういう人たちを助けることができるのは、ケイル君だけな気がする」


 クレナと、同じ目に遭っている亜人。

 その言葉を聞いて、ある人物のことを思い浮かべる。


 ――アイナ。


 彼女がそうではないか?

 いや、アイナだけではない。

 今、まさに多くの獣人たちが、王によって苦しめられている。


「王と戦うための王か……」


 どんな王にも、対等に立ち向かえる存在。

 あらゆる王に抗える存在。


 クレナの言葉は、能力の使い道を決めあぐねていた俺にとって――大きな道標となったような気がした。


「あれ……なんだろ? 外が騒がしいね」


 クレナが呟く。 

 言われてみれば、窓の外から喧騒が聞こえる。

 外で何が起きているのか確認した俺は、小さく嘆息した。


「……またか」


 窓の外では、横暴な兵士たちが獣人の少女を捕らえていた。


「お父さん!」


「黙れ! 大人しくしろ!」


 連れ去られそうになり、獣人の少女は悲鳴を上げるが、それを兵士が咎める。


「くそっ! 娘を返せ!」


「返せとは人聞きが悪い。この娘はこれから王のもとで働くだけだ」


「ふざけんじゃねぇ! そう言って今までどれだけの女子供を攫っていきやがった!」


 捕らわれた少女の父親と思しき男が怒鳴る。

 すると兵士たちは一斉に、その男へ槍を向けた。


「陛下の命令だぞ! 口答えする気か!」


 四方八方から槍を向けられ、男は歯軋りする。


「あ、ああ、ちくしょう……ッ!!」


 悔しがる男を見て、無意識のうちに拳を握り締めた。

 あまりに理不尽な行為だ。


「ケイル様」


 後方から声をかけられる。

 そこには、いつの間に部屋へ入ってきたのか、リディアさんが佇んでいた。


「これが、獣人領の現状なのです。どうか……どうか、お力を貸してください……。私たちだけでは、王に太刀打ちできません……」


 沈痛な面持ちでリディアさんが告げる。

 その時――窓の外から、強烈な圧力を感じた。


「う……ッ!?」


「こ、これは……っ!?」


 全身に重圧がのし掛かり、俺とクレナは呻き声を漏らした。

 人間の能力でなければ亜人の種族特性でもない。俺には分かる。これは強大な"格"だ。

 大気が軋み、気を抜けばひれ伏してしまうほどの存在感が放たれている。


「お、王が、います……」


 片膝を床についたリディアさんが、呻きながら言った。

 辛うじて立ったままでいられる俺は、窓の外を見る。


「……待て」


「ケイル君?」


 ただならぬ威圧感を放っているその人物は、灰色の外套を纏っている男だった。

 露出している手足には無数の傷跡があり、フードの内側には灰色の髪が見える。


「リディアさん。本当に、あの男が獣人の王なんですか……?」


「ええ……そうです。あの男こそが、我々を苦しめる忌々しい王です……」


 本当に、あの男が……王なのか?

 頭の中の違和感が晴れない。俺は窓を開け、外に飛び出した。


「ケイル君!?」


 背後で驚愕したクレナの声がする。

 獣人の身体能力は、窓から飛び降りた俺の身体を簡単に着地させた。

 突如、現れた俺に兵士たちが警戒する。


「貴様は……」


 獣人の王が、視線をこちらに注いだ。


 ――間違いない。


 目の前にいる、王と呼ばれるその人物は。

 獣人領に来る前、魔物に襲われていた俺を助けてくれた男だ。


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