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19「見せしめ」


 税の取り立てを行っていた獣人の兵士たちがこちらを睨む。


「通行税は払ったか?」


 俺とクレナを睨みながら、一人の兵士が言った。

 言葉の意味が分からず首を傾げる俺たちに、兵士は続ける。


「税は払ったのかと訊いているんだ。外部の者がこの領地を訪れる際は、金貨三枚を我々に支払う決まりだ」


「そんなの聞いたことがない」


 アイナが素早く反論した。

 しかし兵士は動じることなく鼻で笑う。


「貴様が聞いていないだけだ。これは我等が王の意向でもある」


「……ちっ」


 アイナが舌打ちした。

 この獣人領を管理しているのは獣人王だ。なら、目の前にいる兵士たちはその王の配下だろう。……どうやら獣人王が悪政を敷いているというのは事実らしい。


「ね、ねえ、ケイル君。金貨三枚なんて持ってる?」


「……いや」


 小声で訊いてくるクレナに、俺は頭を振った。

 金貨三枚。ギルドで一ヶ月働けば稼げる金額だが、生憎今は持っていない。


「お前ら――ふざけるのもいい加減にしろ!」


 その時。

 周囲にいた獣人たちが、兵士たちへ怒声を浴びせた。


「外の人たちにまで迷惑をかけてんじゃねぇ!!」


「獣人の恥晒しめ!」


「王に媚びることしか能が無いくせに、調子に乗るな!」


 獣人たちの言葉に、兵士はみるみる顔を真っ赤にして怒りを露わにした。


「き、貴様ら――それ以上我等を侮辱することは許さんぞ!」


 兵士たちが一斉に動き出す。

 周りにいた獣人たちは慌てて避難しようとしたが、兵士たちの動きはそれ以上に素早かった。その手に持った槍を投擲し、獣人たちの動きを牽制する。僅かでも軌道がずれていれば、今頃その獣人は串刺しにされていた。


「ひっ!?」


「に、逃げろォ!!」


 獣人領の下層に阿鼻叫喚が木霊した。

 恐怖に怯えて尻餅をつく男の傍へ、兵士の一人が下卑た笑みを浮かべながら近づく。


「見せしめだ! 我等に楯突いた男の末路、とくと見るがいい!」


 兵士が腰に吊るした剣を抜き、振りかぶる。

 その剣が振り下ろされる直前――俺は、兵士の腕を強く掴んだ。


「それは、やり過ぎじゃないのか」


 身体の奥底から力が湧いてくる。

 獣人の力が全身に漲る今、俺はこの兵士に負ける気がしなかった。


「貴様、獣人とは言え部外者の分際で……邪魔をするなッ!!」


 横薙ぎに振われた剣を後ろに退くことで避ける。

 その間に、クレナが男の肩を支えて避難を手伝っていた。


「ケイル。半分は私が」


 隣にやって来たアイナが俺に耳打ちする。

 兵士の数は四人。うち二人を倒すとアイナは告げるが――。


「いや、アイナはクレナと一緒に住人の避難を手伝ってくれ。……ここはアイナが生まれ育った場所なんだろう? なら部外者である俺の方が遠慮なく戦える筈だ」


 最悪、俺がここで兵士たちに目をつけられても、二度とこの地を訪れなければいいだけの話だ。だがアイナはそうもいかない。


「……分かった。気をつけて」


「ああ」


 アイナがクレナのもとへ向かい、住人の避難を手伝う。

 その間に俺は――できる限り、男たちを倒さなければならない。


「いい度胸だ。同じ獣人とは言え、容赦はせん――」


「――する必要はない」


 地面を踏み抜くと、バキリと音がした。

 一瞬で男の懐に潜り込み、その勢いを利用して拳を突き出す。拳は恐らく男の鼻を折った。だが反動は殆ど無い。獣人の強靱な肉体に感謝する。


「な、なんだ!? こいつの動き――ッ!?」


 槍の先端が向けられると同時、身体を半歩横にずらす。

 そのまま接近しながら槍を掴む。獣人は後退を試みたが、俺に槍を掴まれているため身動きができなかった。

 その喉元へ、一撃入れようとした瞬間――。


「甘いッ!!」


 斜め後方から風を切る音。

 咄嗟に後退した直後、目と鼻の先を槍が通過した。


 ――流石に鍛えられている。


 伊達に兵士ではないようだ。

 獣人の種族特性は武術と相性がいい。兵士たちは皆、槍の扱いに長けているようだった。俺は彼らと違って、獣人の特性を持っているだけで武術の方はからっきしだ。正面切ってこの男たちと戦うのは不利かもしれない。


「おい、人質を取っちまえ!」


「ああ!」


 相手も俺のことを警戒しているのか、兵士たちは最悪の手段を取ろうとしていた。


 ――迷っている暇はない。


 深く肺に酸素を送り込む。 

 集中を研ぎ澄ませながら、俺は以前、アイナに言われたことを思い出した。


「己に巣食う獣に、身体を――」


 ――差し出す。


 ゾワリ、と寒気がした。

 意識の奥底から、もう一人の自分(・・)が歩み寄って来る。


 吸血鬼の力を引き出した時と同じ感覚だった。獣人王と化した未来の俺が――【素質系・王】という能力が、俺を膨大な力の奔流へと導こうとしている。


 これが――素質系の能力に生じるという、引力。

 その全てに従う気はない。だがほんの少し。必要な分だけ――引力に従う。


「グ……ガ、ァ……ッ!!」


 血が沸騰したような気分だった。手足が燃えるように熱い。

 両足と右腕の筋肉が膨れ上がり、灰色の体毛が一気に生えた。右腕の爪が鋭利に伸びる。


「馬鹿な……『部分獣化』だとッ!?」


 兵士たちが目を見開いて驚愕する。

 アイナが言っていた。『部分獣化』は吸血鬼における『血舞踏(ブラッディ・アーツ)』と近いと……つまり、獣人の中でも使える者が限られている能力だ。


 今ならその理由も分かる。――これだけ強大な力、誰もが使えていい筈がない。


「はあああぁあぁあああ――ッ!!」


 気合を込め、疾駆すると同時に右腕を振りかぶる。

 先程よりも更に疾い。自分自身の思考すら置いてけぼりにしてしまうほどの速度だった。目の前の、まだ俺の動きに反応できていない男たちへ、腕を横薙ぎに振う。


 激しい衝撃波が男たちを吹き飛ばした。

 ビリリ、と右腕に力の反動を感じる。肉体の許容量ギリギリの力を発揮したようだ。

 兵士たちはこれで全滅した。辛うじて動ける兵士が一人いたようで、その男は怯えた様子で他の兵士たちを担いで何処かへ消えていった。


「狼だ」


 誰かが言った。


「狼の獣人……」


「しかも、『部分獣化』が使える……」


「それに、あの"格"は……」


 周囲にいる獣人たちがどよめき出す。

 暫くすると、正面の人垣が割れる。その先から一人の女性がやって来た。


「リディアさん?」


 爪牙の会の長である狐の獣人、リディアさんは、俺の目の前で小さく頭を下げた。


「ケイルさん……いえ、ケイル()。お願いです――どうか、私たちを助けていただけないでしょうか」


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