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18「ゆうべはお楽しみでしたね」


 当然のように、寝覚めは最悪の気分だった。

 昨晩は色んな意味で混乱した。最後の一人――獣人の男を追い返して以降、誰も俺の部屋には訪れなかったが、あれだけ妙なことがあった後でぐっすりと眠れる筈はない。


 完全に寝不足な状態だった。

 目元を擦り、どうにか眠気を遠ざけながら部屋を出て一階に下りる。


「ケイル、おはよう」


 食堂に向かう途中、アイナと合流した。


「ああ……おはよう」


「……眠そうね」


「まあな」


 肯定すると、アイナは何故か「ふむ」と納得したような素振りを見せた。


「ゆうべはお楽しみだった?」


「…………嫌味か?」


 昨晩のことを思い出してしまい、途端に疲労感が湧いた。

 げんなりとする俺に、アイナは不思議そうな顔をする。


「もしかして、失敗した?」


「……あれはアイナの差し金か?」


「そう。気に入ると思ったのだけれど……」


 素直に肯定されて、逆に困惑した。

 元々分かりにくい性格をしているアイナだが、正直、今回ばかりは非常識としか言い様がない。


「ああいうのは、もうしないでくれ」


「……分かった。他の者にも伝えておく」


 反省しているのかよくわからない顔でアイナが頷く。

 その時、階段を下りてくる足音が聞こえた。


「おっはよー! うーん、昨日はよく眠れた!」


 俺たちの顔を見るなりクレナは元気よく挨拶をする。

 どうやらクレナの方は平和な夜を過ごせたらしい。

 俺たちはそのまま三人で食堂に向かい、朝食をとった。


「今日は獣人領を観光案内する」


 朝食を食べ終わり、今日の予定について話し合おうとしたところでアイナが言う。

 観光は俺も賛成だった。前回、訪れた吸血鬼領は観光する暇もなかったため、今回はのんびりと街並みを見物してみたい。


「ケイル、眷属化はまだ解けてない?」


 外に出る直前、アイナが訊いてくる。


「大丈夫だ。最近ちょっとずつコツが掴めてきてな。三日くらいなら眷属の状態を保てるようになった」


「そう。……人間を辞めつつあるわね」


「不安になるようなこと言うなよ」


 まだ人間を辞めるつもりはない。

 アイナの案内のもと、俺とクレナは外に出た。


「昨日も見たけど、やっぱり凄いところだよね、ここ」


 クレナが頭上に広がる光景を見て言う。

 太い枝や薄い板を重ね合わせた橋が、空中の道となって入り組んでいる。獣人たちはその複雑な道を軽やかに歩いていた。


「開放的ではあるが、木の枝や葉っぱで日光が遮られているし、天気によってはすぐ薄暗くならないか?」


「日の光を浴びたければ上の方に行く。……行ってみる?」


「行ってみたい!」


 クレナの意見により、俺たちは獣人領の上層と呼ばれる場所へ向かった。


「うわぁ……い、いい景色だけど、ちょっと怖いかも」


 上層に辿り着いたところで、クレナは目の前の絶景と、足元の小さな街並みを交互に見る。

 強めの風が吹き抜けた。上層には建物が少なく、風を遮るものが殆どない。


「上層は枝や葉が適度に処理されているから、日当たりも良好」


「成る程。ちゃんと考えられているんだな」


 日光浴にはもってこいの場所らしい。

 やや肌寒いのは、それだけ高いところにいるからだろう。獣人の肉体を持つ俺は大して怖がることもないが、クレナはさっきから足元を一瞥しては怖そうにしている。


「あ……ねえ、アイナさん。あの建物は?」


 クレナが指さした先には一際大きな建物があった。

 その建物の周囲には、他の建物にはない柵のようなものが取り付けられており、迂闊に近寄ることができない物々しい雰囲気が醸し出されていた。


「王の館」


「王? 獣人の王様は、ここに住んでるの?」


「そう。……あまり目を付けられても困るから、もう少し館から離れましょう」


 そそくさと観光を再開するアイナに、俺とクレナは首を傾げながらついて行った。

 上層の景色を一通り満喫した俺たちは、再び爪牙の会がある中層へと戻る。


「しかし、昨日はあまり気づかなかったが……」


 道中、俺は周囲の景色を眺めながら思ったことを口にしようとした。

 咄嗟に喉元まで出ている言葉を押し留める。


「大体、考えていることは分かる」


 しかしアイナは、俺の言いたいことを察した。


「今の獣人領はあまり良い状態とは言えない。現に人々は生活苦を隠しきれていない」


 アイナの説明に、俺とクレナは唇を引き結んだ。

 彼女の言う通り。俺が気になっていたのはそのことだ。

 先日は気づかなかったが、獣人領に住む獣人たちは、お世辞にも充実した日々を送っているようには見えなかった。特に獣人領でも、森との境界線――外側に居を構えている者たちの生活は傍目から見ても貧相に感じる。


「……事情があるのか?」


「王のせい」


 アイナは短く告げた。


「今の獣人王は、領民から財を絞り取る悪政を敷いている。おまけに定期的に城から出てきて、気に入った女性を見つけたら手篭めにしている」


「ひ、酷い……! そんなの、理不尽だよ!」


「確かに酷い。でも、私たちには抵抗する力がない。……どれだけ酷くても、王は王だから」


 アイナの説明にクレアは押し黙った。

 亜人の王は、誰よりも強い"格"を宿した者が務める。亜人にとっての"格"とは実力そのものだ。領民の誰もが逆らえないくらい、獣人の王は強いのだろう。


 獣人領の事情を知り、複雑な気分となったその時。

 下層の方で、喧騒が聞こえた。


「騒がしいな……」


「何かあったのかな?」


 獣人の耳は遠くの声も鮮明に聞き取った。

 風に乗って聞こえてくるのは、男たちの怒鳴り声だ。


「くどい! 貴様が税を払わんから我等が来たのだ!」


「だから、その税が不当だって言ってんだろ!」


 言い争っているのは一人の男と、それを取り巻く複数の兵士たちだった。

 後者は恐らく獣人領の安全を守っている兵士だろう。獣人は素の身体能力が高いため、人間と比べて軽装を好む。武装は槍のみ。防具も脛当てと籠手のみだった。


「ん? ……おい、そこの二人。貴様ら、外の者だな?」


 獣人の兵士が俺たちの方を見る。

 アイナが小さく舌打ちした。


「……面倒なことになった」



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