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17「ケイル様の好み」


 夜の、お相手と、言わ、れても――。

 頭の中が混乱する。勘違いであって欲しい。或いは聞き間違いであって欲しい。そう思うが……少なくとも、目の前で衣服を脱いだ女性の存在は、幻覚ではなく現実だった。


「ちょ、ちょっと待ってください! あの、取り敢えず服を!」


「服? ……成る程、着たままの方がいいんですね?」


「いやそういうわけじゃなく!」


 人生経験の差を痛感する。

 取り乱す俺に対し、相手は悠々とした態度を貫いていた。

 彼女を説得する前に、まずは俺が落ち着かなければならない。


「…………そういうのは、結構です」


「遠慮する必要は御座いません。ケイル様がお望みであるなら、一夜限りのお相手とさせていただきます。どうか気を楽にしてください」


 女性の言葉に、隠しきれない欲求が刺激された。

 これはまさに据え膳というものなのだろう。俺も男だ。そういうことに興味がないわけではないが――。


「……無理です。少なくとも、今日会ったばかりの相手に、そこまで気を許すことはできません」


 臆病なことを言っている自覚はある。

 けれど、それ以前に――違和感を覚えた。


 獣人領に来てからというもの、やたらと歓迎され、至れり尽くせりの時間を過ごしている。

 その最後の締め括りと言わんばかりに彼女が現れたのだ。


 いくらなんでも妙だ。

 ただの客人を、ここまで接待する意味がわからない。


「私では、不満でしょうか?」


「い、いや、そういうわけではなく――」


「分かりました。では少々お待ちください」


 絶対分かっていない態度で、女性は部屋を去った。

 暫くすると、また扉がノックされる。


「……どうぞ」


 嫌な予感を抱きつつ、返事をした。

 案の定、その予感は的中していた。


「はぁい、ケイル様。今日は私がお相手するわ」


 また違うタイプの獣人が出てきた。

 兎の耳と尻尾を生やした女性だ。彼女は蠱惑的な所作でゆっくりと距離を詰めてくる。


「……帰ってください」


「あら? 照れなくていいのよ、全てお姉さんにお任せ」


「帰ってください」


「……」


 やや語気を強くして言ったからか、女性は不満な顔で部屋を去った。

 溜息を零していると、扉の向こうから小さな話し声が聞こえた。


「駄目ね。あの子、全然興奮してくれないわ」


「困りました……ケイル様の好みが全く分かりません」


「待って。そう言えばアイナから情報を聞いていたわ。確か……」


 不穏な言葉が飛び交っている。

 扉の向こうには、常に人のいる気配がした。部屋を出て逃げるわけにも、居留守を使うわけにもいかない。


 コンコン、と扉がノックされる。

 現れたのは――――年端もいかない少女だった。恐らく猫の獣人だ。


「は、はじめまして、ケイル様! その、私、こういうのよく分からないんですが……お、お相手を務めさせていただきましゅっ!」


 あんぐりと口を開けて硬直する俺に、少女は畳みかけるように言った。

 流石に、引く。 


「……帰りなさい」


「か、帰りません! ご、ご奉仕させていただきます!」


「……ふぅ」


 内心、これでもかというくらい引いているが、先程までの大人の女性と比べるとまだマシかもしれない。

 大人の女性ならともかく、子供相手なら適当に追い出せばいい。


「ほら、早く自分の部屋に戻りなさい」


「ひゃっ!? だ、駄目です――」


「暴れるな――あっ」


「あっ!?」


 少女の脇腹を掴み、無理矢理持ち上げて扉の方へと連れて行く。

 しかし抵抗され、体勢を崩してしまう。


 二人で床に倒れそうになったところで、視界の片隅にベッドが映った。

 俺はともかく、大人たちの悪巧みに利用された少女が、こんなところで怪我を負うのは可哀想だ。強引に身体を捻り、少女と共にベッドへ転がり込む。


 結果、俺と少女は二人でベッドに寝そべった。

 少女が頬を赤らめて、潤んだ目で見つめてくる。


「そ、その……優しく、してくれると、助かります……」


 その一言で――――堪忍袋の緒が切れた。

 もう抵抗はさせない。少女の背中と膝裏に手を回し、素早く持ち上げる。


「あっ!? ま、待って――」


 抗議の声を無視して、少女を扉の外に放り、すぐに扉を閉める。

 鍵を閉めると、ドンドンと少女のノックする音が続いたが、やがて静かになった。


「……頭が痛い」


 そう言えば以前、サバイバル演習でアイナたちにロリコンと勘違いされたことを思い出す。


 残念ながら実際の俺は、年下の異性に鉄壁の耐性を持っていると言っても過言ではない。主にミュアのせいで。


 暴走気味なミュアのことを思い出す。「兄さん! お相手を務めさせていただきます!」……めっちゃ言いそう。


 頭痛に悩まされていると、またしても扉がノックされた。

 もしかしたら獣人側の善意かもしれないが……流石にこれ以上は面倒だし、いくらなんでも非常識だ。俺は立ち上がり、鍵を開けると同時に声を出す。


「あの、本当にもう、結構なんで――」


「よぉ、邪魔するぜ」


 扉の向こうから現れたのは、三十代半ばと思しき男の獣人だった。

 確か俺がこの建物に入った時、歓迎してくれた一人である。

 呆然とする俺に、男はどこか恥ずかしそうに口を開いた。


「へへ、たっぷり遊んでいけとは言ったが……まさかこの俺に、そういう遊びを期待しているとは思わなか――」


「――出ていけッ!!」


 俺は怒ってもいい筈だ。


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