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15「到着直前」

 王都を出て、三日目の午後。


「もう少しで獣人領に着く」


 御者台で馬車を運転するアイナが、荷台にいる俺とクレナに言った。

 動物の特徴を持つ獣人は、通常の人間と比べて森や川といった自然の中で過ごすことを好む。森の奥深くに入るにつれ魔物と動物の数が増えていき、俺とクレナは内心不安で仕方がなかったが、アイナは終始平然とした様子で馬車を進めていた。


 後数分で獣人領に着く予定だ。

 一体どんなところなんだろう……と予想していると、不意に馬車が止められた。


「ケイル。獣人領に着く前に、本格的に獣人の肉体になってもらう」


 アイナが御者台から荷台に移って俺に言う。

 もう少し獣人の肉体に近づくというのは、つまり――アイナと同じように、獣の耳と尻尾を生やすということだ。


「つ、ついにケイル君が、獣耳をつけるんだね……!」


 クレナが目を輝かせ、楽しそうに言う。

 その様子を、アイナは醒めた目で見ていた。


「……獣人舐めてる?」


「な、舐めてないです。ごめんなさい」


 人間や亜人たちの中には、獣の耳や尻尾を生やした獣人の見た目を「可愛い」と思う者がいる。しかしそれは獣人たちにとってはあまり喜ばしいことではないのだろう。生まれつきの身体的特徴を、馬鹿にされていると感じるのかもしれない。


「……アイナ。予定通り、俺は獣人のフリをすればいいんだな」


 反省するクレナを他所に、俺はアイナに訊いた。


「別に強制はしない。ただ、ケイルの能力を隠すなら、そうした方がいいと思っただけ」


 獣人領へと旅立つ前、俺はアイナと自分の能力について話し合った。

 俺の力――【素質系・王】はできるだけ隠しておきたい。なら、俺が人間であるという事実そのものを隠せばいいのではないかという結論に至った。


 一般的に、亜人の眷属は、その主を超える力を発揮できない。

 故に俺の正体が人間だと発覚し、更にアイナの眷属であることが露見した場合、俺がアイナ以上の力を発揮すれば必ず怪しまれることになる。


「ここから先は獣人と遭遇することもあるから、気をつけて」


「……ああ」


 元々、このタイミングで俺が獣人の肉体を得ることは予定していた。

 しかし――。


 ――しまったな。


 先日、森に迷った俺を助けてくれた、あの親切な獣人のことを思い出す。

 あの獣人には俺が人間だとばれてしまった。こんなことなら、もっと早い段階で獣人の肉体になっておくべきだったか。獣人領で鉢合わせなければいいが……。


「それじゃあ、親指を出して」


 アイナが腰の帯から小さなナイフを取りだし、自身と俺の指先に傷を入れる。

 互いの傷を重ねると、俺の全身に、獣人の力が流れ込んできた。


「ぐ――ッ!」


 肉体が変化する異様な感覚に、呻き声を上げる。

 身体中に循環する獣人の力を感じ取りながら……俺は、獣人領へ旅立つ前のアイナとの会話を思い出した。


『ケイル。私は、王を欲している』


 結局この言葉の真意は説明されなかった。

 だが、それを告げた時のアイナは――いつもと違う様子だった。 


 覚悟を秘めたあの双眸を思い出す。

 王を欲している。それは俺にとって不穏な気配を漂わせる言葉だが……恐らくアイナにとっては、切実な願いなのだろう。いつも何を考えているのかよくわからないアイナだが、あの時の台詞は本心からのものであると感じた。


 だから俺は、彼女と共に獣人領へ行くことにした。


 俺はまだ、【素質系・王】という力をどう扱うべきなのか悩んでいる。

 ひょっとしたら、今回の旅でその答えを見つけられるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いていた。


「……ん。無事、完了した」


 アイナが俺の全身を見つめて言う。

 全身に力が漲る。同時に、頭と臀部に違和感があった。側頭部がいつもより重たい。恐る恐る手を伸ばし、触ってみると……動物の毛皮に触った時のような、ふさふさとした感触がそこにあった。


 立ち上がり、身体を捻ることで背中を見る。

 臀部からは灰色の尻尾が伸びていた。


「これが、獣人の身体か。……少し違和感があるな」


「ケ、ケイル君……可愛い……っ!」


 両手で鼻の辺りを押さえ、何やら感動しているクレナは無視する。

 軽く身体を動かして調子を確かめた。今までとは力の出力がまるで違う。それでも、このくらい力を入れるとこのくらい動けるというのが大体わかるのは、俺が持つ能力のおかげだろう。


 膝を曲げ、腰を捻り、軽く身体を動かしていると、アイナが俺のことをじっと見ていることに気がついた。


「灰色の耳と尻尾……予想通り……」


「? アイナ、何か言ったか?」


「……何も」


 神妙な面持ちで黙り込むアイナに、俺は首を傾げた。

 視線の向きからして、俺の耳と尻尾を見つめていたようだが……。


 ――そう言えば、似ているな。


 森で俺を助けてくれた、あの獣人。

 彼の耳と尻尾も、今の俺と同じ、灰色のものだった。色だけでなく毛並みや形も似ている気がする。


「準備は終えた。獣人領へ向かうから、もう少し座っていて」


 御者台に戻るアイナに、俺は「了解」と返した。




 次回、何故かめっちゃ歓迎されるケイル君。


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