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14「親切な獣人」


 荷物を奪ったサイス・モンキーは、ひたすら森の奥へと逃走した。


「こ、の――ッ!!」


 獣人の肉体があるとは言え、俺自身が森という環境に慣れていない。

 生い茂る草を掻き分け、入り組んだ木々の間を抜け、どうにかサイス・モンキーに追いついた俺はその尻尾を鷲掴みにした。


「捕まえたッ!!」


『ギッ!?』


 尾を掴まれたことでサイス・モンキーは驚き、奪った鞄を地面に落とす。

 強引に尾を引っ張り、体勢を崩したサイス・モンキーの顔へ拳を突き出した。ベキリと骨の折れる感触が返ってくる。


 倒れ伏したサイス・モンキーは、それ以降起き上がることがなかった。

 奪われた荷物を取り返し、小さく呼気を発す。

 そして、辺りを見渡して――俺は気づいた。


「……何処だ、ここ」


 四方八方、見慣れない景色が続いている。

 どうやらサイス・モンキーを追うことに夢中になるあまり、俺は森の中で迷子になってしまったらしい。


 アイナの話によると、この森の中に獣人領があるらしい。

 しかし森は広大であり、獣人領に該当するのは森全体の一割近くとのことだ。方角すら分からないこの状況で、運任せに獣人領へ向かうのは難しいだろう。


 目に見える範囲で、少し歩いてみることにする。

 森の外へ出るための道が見つかれば重畳。見晴らしのいい場所でもあればいいのだが……。そんな風に思いながら暫く歩き続けたが、残念なことに森の外へ繋がる手掛かりはなかった。


「……ん?」


 視界の片隅に、灰色の物体が見える。

 岩のように見えたが違う。それは――もっと巨大な構造物だった。


 ――人工物? こんな森の奥に?


 大きな石で組み立てられた遺跡のようだった。

 床や壁面は半壊しており、下手に近づくと一気に瓦解してしまいそうな不安定な状態である。


 数日前のサバイバル演習を思い出した。

 あの時も俺たちは目の前のような遺跡を発見した。エディはそれを神族の遺跡ではないかと疑っていたが、真相は不明である。


 遺跡は奥行きがあり、中心部の天井が高い位置にある。あそこまで登ることができれば、この一帯を見下ろすことができる筈だ。森の出口も見つかるかもしれない。


 遺跡が崩壊しないよう、慎重に段差へ足をかける。

 その時――魔物の気配がした。


「……くそっ」


 また面倒なタイミングで遭遇してしまった。

 身の丈三メィトルほどある、人型で緑色の魔物。

 ゴブリンの上位種――ホブ・ゴブリンだ。


 以前、ギルドの依頼でアイナと共に戦った魔物でもある。


 ――使うか?


 ここで、王の力を使うべきか?

 以前戦った時は最終的に、俺が吸血鬼の王の力を発揮してホブ・ゴブリンを倒した。


 だが、今の俺にその意思はない。

 それにこの状況なら、戦わなくとも、なんとか逃げられるか……?


「下がっていなさい」


 踵を返そうとした瞬間、横合いから声をかけられる。

 大きな樹木の影から、一人の獣人が現れた。


 歳は四十か五十か、顔に多数の皺を刻んだ男だ。しかし灰色の外套から覗く手足は傷だらけで逞しい。まるで歴戦の猛者を彷彿とさせる風格があった。


 男は獰猛な双眸で、ホブ・ゴブリンを鋭く見据える。

 先に動いたのはホブ・ゴブリンだった。大きな腕を横薙ぎに振るい、獣人の男を吹き飛ばそうとする。


 危ない――俺がそう叫ぶよりも早く、男はゆらりと身体を動かす。

 右横から迫る魔物の巨腕に対し、獣人の男は羽虫を払いのけるかのような動作で右腕を振るった。


 轟音と共に、ホブ・ゴブリンの左腕が引きちぎれる。

 獣人の男は、右腕をほんの少し動かすだけでホブ・ゴブリンの巨腕を弾き飛ばした。


 呆然とする俺を他所に、男は悲鳴を上げるホブ・ゴブリンの懐に潜り込んだ。

 半壊した遺跡の不安定な床をものともせず、男は身を翻して回し蹴りを放つ。


 一瞬、その動きがアイナとかぶった。


 だがその威力はアイナの比ではない。

 再び訪れた轟音が、木々の枝葉を揺らす。


「無事かい?」


 男は絶命したホブ・ゴブリンから視線を外し、俺の方を見て訊いた。


「はい。……あの、助けていただきありがとうございます」


「気にする必要はない。偶々、散歩中に通りがかっただけだ」


 そう言って男は、じっと俺の顔を見つめた。

 こちらも男の顔を眺める。灰色の髪に、灰色の獣耳。アイナは虎の獣人だったが、この男は狼の獣人だろうか。


「君は、獣人……ではないね。見た目は人間だ。そのわりには、獣人の気配を感じるが……」


「ええと、人間ですが、今は獣人の眷属になっています」


「成る程、そういうことか。しかし何故人間がここに?」


「これから獣人領に向かう予定なんです。その、知り合いに獣人がいて、案内してもらう予定だったんですが……」


「はぐれたというわけだな」


「……その通りです」


 視線を落として肯定する。

 すると獣人の男は、遠くを見つめた。


「二人分の気配があるな。獣人と……吸血鬼だろうか。ふむ、では案内しよう。ついて来なさい」


 どうやら優れた獣人の感覚なら、気配だけで相手の種族が読み取れるらしい。

 獣人と吸血鬼の組み合わせなら、十中八九アイナとクレナだろう。男の案内に従い、俺は森を歩いた。


「ここを真っ直ぐ進めば森を抜ける。その先に君の友人がいる筈だ」


「ありがとうございます。助かりました」


「気にしなくていい。ただ、この森は危険な魔物も多いから今後は注意しなさい。獣人領に着いた後も、できるだけ森の奥に入ることは避けるんだ」


 そう告げた後、男は真剣な表情を浮かべて続けざまに言った。


「別れる前にひとつだけ約束して欲しい。ここで私と会ったことは、誰にも話さないでもらいたい」


 その約束の意図が、俺には理解できなかった。ただ男の目は本気だ。この約束を承諾しない限り、多分、俺をこの場から逃すことはないだろう。


「……わかりました」


 首を縦に振り、男と約束を交わす。

 それから俺は男に指示された道を真っ直ぐ進み、クレナやアイナたちと合流した。


「もお、ケイル君! 探したよ!?」


「正直、焦った。この辺りには危険な魔物もいる」


「わ、悪い。気をつける」


 奪われた鞄を荷台に戻し、再び馬車で獣人領へと向かう。


 ……あの獣人は、何者だったんだろう。


 獣人領で暮らしている獣人の一人だろうか。

 それにしては妙によそよそしかった気もするが……。



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