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12「葛藤」

「もう一体、付近にゴーレムがいる。ケイルにはそのゴーレムを、『部分獣化』を使って倒して欲しい」


 アイナの言葉を聞いて、俺の困惑は一層膨らんだ。

 元々、感情の機微が乏しいアイナは、何を考えているのかわからないことが多かった。だが今回は――度が過ぎている。


「……待ってくれ。まずはその『部分獣化』について、教えてくれないか?」


「『獣化』は獣人が持つ種族特性のひとつで、肉体を獣の姿に変えることができる。但しこれは獣人の中でも、できる者とできない者がいる。……吸血鬼の『血舞踏(ブラッディ・アーツ)』に近いと思う」


 吸血鬼の『血舞踏(ブラッディ・アーツ)』も、一部の吸血鬼しか使えない。

 成る程。今の説明で、取り敢えず獣人には『獣化』という技があると理解した。


「だが、それなら、俺が『獣化』を使える保証はないぞ?」


「そんなわけがない」


 アイナはきっぱりと否定する。


「『獣化』は優れた獣人なら例外なく会得できる。歴代の獣人王も全て『獣化』を使えた。なら――【素質系・王】という力を持つ貴方が、『獣化』を使えない筈はない」


 アイナの意図は相変わらず読めないが、発言自体は冷静で、論理的だった。

 確かに歴代の王が使えたのであれば、俺にも使用できる可能性が高い。


「ゴーレムが来る」


 アイナが言うと同時、遠方から地響きがした。

 ゴーレムの足音だ。地面の揺れは徐々に激しくなり、ゴーレムの接近を肌で感じた。


「ケイル。『部分獣化』を」


「きゅ、急にそんなこと言われても……どうすれば使えるんだ」


「意識を集中させる。己の中に巣食う獣に、身体の一部を差し出すイメージ」


 具体的とは程遠い、曖昧な教えだった。

 だが吸血鬼の『血舞踏』を使った時も、俺は正しい手法を教わったわけではない。


『ボォオオォオオッッ!!』


 ゴーレムが俺たちの存在に気づき、重たい声を響かせた。

 今度はアイナが俺の戦闘を見守る番らしく、彼女は戦う姿勢を解き、部屋の片隅でじっと俺を見つめていた。


 一度瞼を閉じ、こちらに近づくゴーレムの存在を忘れる。

 感覚を頼りにして、告げられた言葉通りのイメージを抱いた。


 ――多分、できる。


 獣人としての直感。いや、【素質系・王】が仄かな手応えを返した。

 一部の獣人にしか使用できない『部分獣化』を、俺ならきっと使うことができる。

 しかし――。


「くっ!?」


 目を開くと同時、ゴーレムの巨大な腕が迫っていた。

 身体を翻して腕を避け、そのまま大きな一歩で後退する。


 ――『獣化』を使えば、簡単に倒せるのだろう。


 先程のアイナの戦いを思い出す。

 一目見るだけでわかった。あの力は強大だ。吸血鬼の『血舞踏(ブラッディ・アーツ)』と同じように、『獣化』は獣人にとっての強い武器となる。


 獣人の眷属になってまだ日も浅い俺だが、『獣化』さえ使えれば、ゴーレム相手に苦労することもない。頭を回すことなく、余分な体力を消耗することもなく、大体の敵を倒せるようになるかもしれない。


 それでも――。


『潜在能力の前借りは極力避けてください』


 その一言が、脳裏を過ぎると同時。

 俺は、ゴーレムへ肉薄していた。


「おぉおおぉぉぉおぉお――――ッッ!!」


 強化された獣人の肉体に物言わせて、強引にゴーレムの胴体へ蹴りを叩き込む。

 体勢を崩したゴーレムの膝関節へ素早く二回目の蹴りを打ち込むと、ゴーレムがゆっくりと前のめりに倒れ始めた。


 巨大な体躯を持つゴーレムは、当然、かなり重い。

 その自重を利用する。


「せあッ!!」


 前方から真っ直ぐ倒れてくるゴーレムの頭部を全力で蹴り抜いた。

 蹴りの威力と、倒れるゴーレムの自重が合わさり、激しい一撃が炸裂する。

 ゴーレムの頭部は吹き飛びこそしなかったが、後方へ折れた。


 ゴーレムが倒れ、首の皮一枚で繋がっていた頭部が胴体から離れる。

 倒れ伏した巨体は、二度と起き上がることがなかった。


「どうして、『部分獣化』を使わなかったの?」


 傍観に徹していたアイナが、睨むような目で俺を見た。


「……先日。同じ素質系の能力者である妹に、俺の力について相談してみたんだ」


 付近に敵がいないことを確認した後、俺はアイナにミュアから聞いた話を伝えた。


 素質系の能力者は、能力の対象となる未来へ誘われる「引力」を受けていること。

 潜在能力の前借り――これを続けると、俺は亜人の王へと近づいてしまうこと。


「恐らく、『部分獣化』を使うことはできる。だがそうした場合、俺はまたしても潜在能力の前借りをする羽目になる」


「……だから『部分獣化』を使わなかったと?」


「ああ。……安易に前借りを続けていたら、本当に俺は、亜人の王になってしまうかもしれない」


 現実感がない。やはり自惚れではないのかと思う。

 しかし先月、俺は確かに吸血鬼の王にも匹敵する力を行使した。王弟ギルフォードを打倒したあの力は、夢でも幻でもなく本物だ。


「ケイルは、王になりたくないの?」


 アイナが訊く。

 その問いは――――俺にとって、完全に予想外だった。


 ――王になりたくないの?


 言われてみれば、どうなんだろう。

 亜人の王へと近づいているかもしれない。その可能性に至った時、俺は「分不相応だ」と思った。自分のような人間がひとつの種族の王になるなど、馬鹿げた話だと考えた。


 しかし、俺自身はどう思っているのだろうか。

 黙り込む俺に対し、アイナは真剣な面持ちで口を開いた。


「ケイル。私は、王を欲している」


 決意を灯した双眸で、彼女は真っ直ぐ俺を見据えた。


「次の長期休暇。私の故郷……獣人領に来て欲しい」

 学園パート終了。

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