10「誰かに頼るということ」
「流石、獣人だね。体力が桁違いだ」
階段を下りていくケイルたちを見届けた後、エディが言った。
獣人の種族特性は単純ゆえに隙がなく、汎用的だ。高度な身体能力に鋭敏な五感。これらの特徴があることで、獣人は戦闘や探索など、野外活動全般において有利に活動できる。
「うぅ……心配だなぁ。やっぱり私もついて行った方が良かったかなぁ……」
吸血鬼の少女クレナは、階段の傍を不安気な様子でうろうろしていた。
だが彼女の体力も限界が近い筈だ。ケイルやアイナだけでなく、エディとライオスも気づいている。不安定な足場を進む際、クレナは何度も躓き、転びかけていた。これ以上の無理はできない。
「クレナさん、少し落ち着いて。今の僕らにできることは体力を回復することだ。……余裕ができたら、もう一度この辺りを探してみよう」
「……うん、そうだね」
エディの言葉を聞いてクレナが落ち着きを取り戻す。
そうして暫くの静寂が続いた後、ライオスが意を決した様子で口を開いた。
「あ、あの、クレナさん! じ、実は少しお話したいことがあるんですが!」
緊張したライオスに対し、クレナは苦笑いする。
「その、前から言おうと思ってたんだけど、同じクラスだし敬語は無しでいいよ?」
「わ、わかりました!」
「いや、わかってないじゃん……」
クレナが複雑な表情でライオスを睨んだ。
ライオスに悪気があるわけではない。隣ではエディも溜息を零していた。
「じゃあ、クレナさん。その……話があるんだ」
改めて、ライオスは真剣な面持ちでクレナに言った。
「ケイルのこと、よろしく頼む」
その一言に、クレナは目を丸くする。
ライオスは続けた。
「クレナさんは……あいつの妹が、剣姫だってことは知ってるよな?」
「それは、うん。知ってるけれど」
「多分、それが原因のひとつだとは思うんだが……あいつは、一方的に助けられることを、避けようとする癖がある」
ライオスはどこか悔しそうに語った。
「ケイルは、大きな問題を抱えているわりに、人に頼ろうとしねぇんだ。……この歳になって、未だに能力を自覚してないんだぜ? こんなの普通は有り得ねぇよ。
本来ならもっと人に頼るべきなんだ。でも、あいつはそうしねぇ。自分は今まで散々頼ってきたから、これ以上は頼りたくない。そんな風に思っていやがる」
ライオスの話を聞きながら、クレナは以前、ケイルから聞いたことを思い出した。
クレナがライオスとエディを知った切っ掛けは、ケイルに紹介されたからだ。
長い間、ケイルは学園で「落ちこぼれ」と罵られてきたが、それでもライオスとエディの二人だけは友人として傍にいてくれたと、ケイルは嬉しそうに語っていた。
だがその長い間、ケイルは恐らく二人の手助けを拒み続けてきたのだろう。
聞くところによると、ケイルは今までたった一人でサバイバル演習に臨んでいたらしい。
無茶もいいところだ。能力が使えない状態で、こんな厳しい環境にたった一人で立ち向かうなど、無謀と言っても過言ではない。
少なくとも自分にはできないと、クレナは思った。
そんな無謀なことを、ずっと続けてきたからこそ――ケイルの精神は強靱なのかもしれない。
だが、その精神の強さは、きっとどこか歪んでいる。
ライオスが言いたいのはそういうことだ。
「だから俺は正直、今のケイルを見て少し安心している。亜人の眷属になることで、戦う力を手に入れる……いいじゃねぇか。だって、眷属になるには必ず誰かに頼らなくちゃいけない。あいつは……自分一人で何でも抱え込もうとする性格だから、そのくらいが丁度いい。
できれば、ケイルの力になってやってくれ。……あいつ、俺らだと遠慮するからよ」
普段、がさつな態度を取っているだけに、今のライオスは一層真剣に見えた。
「うん、わかった」
クレナはそんなライオスの言葉を、真っ直ぐ受け止める。
「……ライオス君って、結構優しいんだね」
「おっふ」
クレナの純真無垢な微笑を目の当たりにして、ライオスの心臓が激しく鼓動した。
一瞬でいつもの様子に戻ったライオスに、エディは苦笑しながら口を開く。
「僕も、クレナさんに訊きたいことがあるんだけれど……アイナさんって、どういう人なのかな?」
エディの問いに、クレナは小首を傾げた。
それは、どういった意図の質問なのだろう。
「ごめん、ちょっと言葉足らずだったね。一応、僕は勘が良いということで通っているんだ。だからまあ、その……クレナさんが、ケイルのことをどう思っているのかはなんとなくわかるんだけれど……」
「え……えっ!? ど、どういうことかな!? 何のことかな!?」
「言っていいの?」
「………………駄目です」
困惑の末、頬を紅潮させたクレナはか細い声でそう言った。
傍らで話を聞いていたライオスは、エディが何を言っているのか理解できず、不思議そうな顔をしている。
「アイナさんも、最初はクレナさんと同じ感情を抱いていると思ったんだ。でも暫く観察していると……違うと気づいた。アイナさんのケイルを見る目は、どこか打算的だ」
神妙な顔で語るエディに、クレナも我に返った。
「何の根拠もないただの憶測だけれど、嫌な予感がする。……できれば、クレナさんも注意して欲しい」
もしかしたら、何かが起きるかもしれないから。
後に続く言葉を理解したクレナは、小さく首を縦に振った。




