08「ライオスとエディ」
今回の演習の目標は、一人ひとつ、ディーグリン鉱石という翡翠色の石を手に入れることである。
つまり俺たちは、計五つの鉱石を手に入れなければ全員合格ということにはならない。
「ちくしょう、落ちてねぇな……」
ライオスが足元を観察しながら愚痴を吐く。
演習が始まって、早三十分。俺たちは鉱石を探しながらどんどん岩場の奥へと移動していた。
「足元、危ないから気をつけて」
先頭を歩くアイナが後方の四人へ注意を促す。
卓越した身のこなしであるアイナが先導してくれることで、俺たちは安心感を抱きながら先へ進むことができた。
「魔物」
短く告げて、アイナが足を止める。
彼女の言う通り、眼前には複数の魔物が佇んでいた。
――ゴーレム。
土、岩、鉱石などで身体が構築された人型の魔物だ。
今、俺たちの目の前にいるのは、岩によって構築されたゴーレムだった。
その身体は辺りの岩を掻き集め、固定したものなのだろう。結果的にゴーレムはこの岩場の保護色となり、近づくまで察知することができなかった。
そのゴーレムが、三体いる。
俺たちは五人だ――役割分担をせねばならない。
「私が一体倒す」
アイナが言う。
「ならケイルは、クレナさんと組んでもう一体を倒してくれ」
ライオスが言った。
だがその提案に俺は不安を抱く。
「残り一体はライオスとエディに任せてもいいってことか?」
ゴーレムは動きこそ鈍重だが、身体が硬く、何より攻撃力が極めて高い。
岩で殴りつけられて無事な人間などいるわけがない。この危険な魔物を、二人の友人に任せるのは正直不安だった。
「心配すんな。今までの演習だって、俺とエディの二人でやってきたんだ」
「そうそう。というか僕としてはケイルの方が心配だよ」
「……わかった。じゃあ、最後の一体は二人に任せるぞ」
彼らの自信満々な様子を見て、俺は二人を信頼すると決めた。
呼気を整え、無言で周りの四人と視線を交わす。
全員の戦闘準備が整ったところで、まずアイナが動いた。
獣人特有の強靱な身体能力で、彼女は凹凸の激しい岩場をものともせずに疾駆する。
一番手前にいるゴーレムの懐に潜り込んだアイナは、右足を軸に身体を翻し、後ろ回し蹴りを放った。
大きな音と共にゴーレムがよろける。
「クレナ!」
「うん!」
体勢を崩したゴーレムの脇を抜け、俺とクレナが二体目のゴーレムと相対する。
『ボォオオォオオッッ!!』
ゴーレムの口から、法螺貝の音のような叫び声が聞こえる。
大気を揺らがす重厚感ある声に、俺は顔を顰めながら――ゴーレム目掛けて掌底を放った。
「ぐ――硬っ!?」
わかってはいたが、素手でゴーレムの身体を攻撃するのは厳しい。
直後、後退する俺と入れ替わるように、クレナが前に躍り出た。
「『血舞踏』――《血戦斧》ッ!!」
数ある『血舞踏』の中でも、破壊力に重きを置いた技が繰り出される。
真紅の斧が顕現した。斧はクレナの細腕と連動し、ゴーレムの右足を削り取る。
「ケイル君! 今ッ!」
「ああ!」
片膝をつきながらゴーレムは拳を突き出した。
獣人の鋭敏な五感は、放たれたゴーレムの拳をはっきりと捉えた。極力、無駄を削ぎ落とした動きでその拳を避け、俺は再度攻撃を試みる。
――アイナの動きを思い出せ。
片足を軸にして、身体を回転させる。
背中を相手に見せる一瞬だけ、無防備になるが――敵は鈍重なゴーレムだ。その短い隙を狙われることはない。
「おおおぉおおォ――ッ!!」
回転のエネルギーを足に乗せ、踵でゴーレムの胴を蹴り抜く。
アイナの時と、勝るとも劣らない音が響き、ゴーレムが吹き飛んだ。
「ケイル君……ぶ、武闘派っ!!」
「アイナの動きを参考にしたんだが……反動が、結構きついな……」
股関節に痛みを覚えながら、興奮した様子のクレナに言う。
アイナの動きは多分、獣人特有のものではなく純粋な体術だ。【素質系・王】の効果によって、俺は獣人の肉体の使い方がなんとなく理解できるが、アイナの技を全て模倣できるとは思わない方がいい。
「って、休んでいる場合じゃない。ライオスとエディは――?」
後方へ振り返る。
そこでは丁度、二人の友人がゴーレムと戦っている最中だった。
「ライオス、足止めをお願い」
「おう!」
ゴーレムが突き出した拳を、ライオスは腕を交差して受け止める。
本来、人が生身で受け止められるものではない筈だが――。
「へっ! まったく効かねぇぞ!」
ゴーレムの拳を防ぎきったライオスは、不敵な笑みを浮かべて言った。
――【吸収系・衝撃】。
ライオスの持つ力は、はっきり言って非常に強力だ。
あらゆる現象を無効化する能力――吸収系。
ライオスの場合、その対象は「衝撃」という非常に汎用性の高いものだった。
もっとも、その力が無敵ではないことを俺は知っている。
吸収系の能力には、容量なる概念があるらしい。要するに、吸収できる量の限度だ。
ライオスはこの限度が他の吸収系の能力者と比べると低いらしく、本人もそれを「唯一にして最大の欠点」と言っている。
「ありがとう、ライオス」
いつの間にかゴーレムの背後に回っていたエディが短く礼を述べる。
次の瞬間、ゴーレムは光の杭によって串刺しにされていた。
これが、エディの能力だ。
――【支配系・光】。
光を操作する、これまた強い能力である。
支配系の能力は制御が難しいとよく聞くが、当事者以外からすると、そんなこと全くないように見えた。
エディの能力によって、ゴーレムは完全に沈黙する。
そこへ、ライオスが追撃をかけた。
「さっきのお返しだ」
そう言って、ライオスはゴーレムに正拳突きを放った。
吸収系の効果は、無効化するだけではない。無効化した力を吐き出すこともできる。
先程、ライオスが受け止めたゴーレムのパンチ。
その威力をそのままにして、ゴーレム自身に返した。
ゴーレムの巨体がゆっくりと傾き、やがて高い段差から落ちていく。
「どうよ! 俺らだって、それなりに強いんだぜ!」
ライオスが得意気に言った。
傷一つ受けることなく、完全勝利を果たしたライオスとエディに、俺は苦笑する。
「知ってる。……だから頼りたくなかったんだ」
ライオスとエディの実力は高い。
それを知っているからこそ、俺は今まで演習の時、二人を遠ざけていた。
二人が傍にいれば、俺が何もしなくても、たった二人でどんな問題でも解決してしまう。それが俺にとっては耐え難いことだった。友として、俺は二人の重荷にだけはなりたくなかった。一方的に情けを掛けられたくはなかった。
二人の力を改めて確認して、俺は――やっぱり間違っていなかったと思う。
これまでの演習で二人を頼っていたら、きっと今の俺はここにいない。
「しかし、ケイルも凄いよね」
エディが言う。
「いくら獣人の眷属になったからと言って、いきなりそんな風に動けるものなの?」
エディの疑問はもっともだった。
眷属になるだけで、これだけの力が手に入るなら――きっと多くの人間が亜人の眷属になりたがるだろう。
「急には無理だ。練習する必要がある」
半分嘘だが半分は本当だ。
俺の能力【素質系・王】は、膨大な潜在能力こそ秘めているものの、素質系のカテゴリであることには変わりない。
素質系の能力は、努力することで真価を発揮する。
吸血鬼領から帰ってきてからというもの、俺はギルドで依頼をこなす過程で、眷属としての戦い方を学び続けていた。
「ま、取り敢えず……ケイルが単に、クレナさんやアイナさんとイチャイチャしてるだけじゃねぇってことはわかった。……まだ、許してねぇけどな」
ライオスが怒気を込めた瞳で俺を睨む。
「そう言えば、ケイル」
ふと、アイナが俺を呼んだ。
何か用があるのか。「どうした?」と気軽に返事をすると――。
「好みの女性について教えて欲しい」
「んなぁっ!?」
俺が驚くよりも先に、クレナが奇声を発した。
冗談にしか聞こえない問いかけだが、アイナは真剣な顔で俺を見ていた。
「こ、好みと言われても……その、なんで?」
「とても重要な話。できるだけ事細かに教えて欲しい。年齢、性格、体型……性癖も一緒に教えてくれると助かる」
「性癖って……」
隣を一瞥すると、ライオスが血の涙でも流しそうな鬼の形相をしていた。
これでも健全な男子。好みもあるし性癖もある。
だが、それを……こんなところで語るのは、どうなんだ?
「歳は自分と近い方がいい?」
俺がずっと沈黙しているからか、アイナの方から質問を繰り出してきた。
「ああ、まあ、どちらかと言えばそうだな……」
「明るい性格が好き? それとも物静かな性格が好き?」
「いや、その……どちらでも……」
「こいつロリコンだぜ」
「おいライオスッ!!」
適当なこと言うな!
アイナは生真面目なところがあるため、真に受けてしまうかもしれない。
「そ、そうなの、ケイル君……?」
「……お前まで真に受けるな」
動揺した素振りを見せるクレナに、俺は溜息を吐いた。
「わかった。用意しておく」
アイナが言う。
用意って、どういう意味だよ……。
「ケイル君、私、その……ど、童顔だよ!?」
「頼むからこれ以上、俺を混乱させないでくれ……!」
そもそも俺はロリコンじゃねーよ!




