07「サバイバル演習」
ヘイリア学園の名物、サバイバル演習の舞台は、定期的に変更される。
四月、五月、六月は学園の傍にある森で行われていた。
しかし七月に入った今、その舞台は――広大な岩場へと変更された。
「これは……壮大だな」
小一時間ほど馬車に揺られた後、俺は目の前の光景に驚愕した。
どこまでも続く岩場からは、自然の荒々しさが伝わってくる。砂利だらけの凸凹とした道がどこまでも続いているようにも見えるが、目をこらすと一部の地面が割れて穴が空いていた。足を滑らせるとまず助からないだろう。
ここも学園が管理している場所のひとつであり、浅層と深層の区分がある。
前回は誤って深層に足を踏み入れてしまったが、今回は気をつけなくてはならない。
「全員、注目!」
サバイバル演習を担当する教師が、声を張り上げて生徒たちの視線を集める。
「この岩場は前回の舞台である森と比べて過酷な地形をしているが、魔物の数自体はそれほど多くない! よって、本日の演習には目標をつけることにする!」
そう言って、教師は懐から翡翠色の石を取り出した。
ただの石ころではない。それは陽光を受け止め僅かに輝いていた。どうやら何らかの鉱石、或いは宝石らしい。
「このディーグリン鉱石を回収すること、それが演習の合格条件だ! 各自、足元に注意して行動するように!」
生徒たちが一斉に「はい!」と返事をする。
教師は見本となる鉱石をその場に置き、立ち去った。
ここからは行動を共にする仲間作りの時間だ。
多くの生徒が移動を始め、友人を探し出す。
「よお、落ちこぼれ。今日も一人か?」
「なら俺らの練習に付き合ってくれよ。へへっ」
声をかけてくる二人の男子生徒に、俺は顔を顰めた。
サバイバル演習が始まるといつもこうだ。この授業は教師の監視が行き届かないため、これを機に日頃の鬱憤を晴らそうとする輩が続出する。
そういった日々、ストレスを溜めている人間にとって、俺は格好の的だった。
但し、今日は――少し違う。
「ケイル。待たせたな」
俺の隣にライオスが現われる。
「悪いけれど、今日のケイルは一人じゃないよ」
ほぼ同時に、エディも傍にやって来た。
それからすぐに、クレナとアイナも集まってくる。
俺を痛め付けようとしていた二人の男子生徒は、狼狽した後、目の前から去って行った。
内心、安堵に胸を撫で下ろし、それから俺はエディとライオスの方を見る。
「……お前ら、さてはタイミングを狙ってたな?」
「あ、ばれた?」
「いやー、一度こういうの言ってみたかったんだよな」
なんだ今の臭すぎるやり取りは。
助けてもらっている手前、文句は言わなかったが、正直かなり恥ずかしかった。
「さて、それじゃあケイル君。血を注ぐね」
クレナがどこか楽しそうに言った。
彼女の眷属になるのも、もう慣れたことだ。俺は制服の襟を引っ張り、首筋を露出させようとして――。
「待って。今日は私の番」
アイナがはっきりと言った。
そう言えばこの二人は、どちらが俺を眷属にするのか順番を決めていた。
「そう言えば、そうだった……」
クレナが溜息を漏らして落ち込む。
「というわけでケイル。親指出して」
「あ、ああ」
獣人が眷属を作る方法は、主と眷属が同じ箇所に傷をつけ、それを重ね合わせることだ。
アイナが鋭い爪で、自らの親指を軽く刺す。次に俺の親指にも同じことをした。
互いに、僅かに血が垂れている親指を向け合い、そのまま重ねる。
「――ぐっ!?」
ドクン、と激しい鼓動を感じると同時に、俺の全身に力が漲った。
吸血鬼の眷属とはまた勝手が異なる力だ。吸血鬼の力は血液に宿る。対し、獣人の力は肉体そのものに宿る。
筋繊維の一本一本が強靱になっていくのを実感した。
微かな痛みと共に爪も鋭くなる。やがて五感も鋭敏になった。
「おぉ……それが獣人の眷属か……」
「見た目はあんまり変わらないんだね。てっきりアイナさんみたいに耳とか尻尾が生えるかと思った」
ライオス、エディが獣人の眷属となった俺を見て、各々の感想を述べる。
「今回はそこまで力を注いでないから。……耳とか尻尾が生えた方がいいかしら」
「ちょ、ちょっと見たいかも」
「……また今度な」
好奇心を露わにするクレナを見て、俺は首を横に振った。
常時、耳と尻尾を生やしている獣人のアイナにこれを言うのは憚られたが、正直、耳と尻尾が生えた状態で人前に出るのは少し恥ずかしい。
やがてサバイバル演習が始まった。
教師の合図と共に、生徒たちが一斉に岩場へと駆ける。
「俺たちも行こう」
そう言って、俺は四人と共に岩場へと向かった。
――ミュアに告げられた言葉を思い出す。
もし、俺が亜人の王という未来を避けたいのであれば、俺はあまりこの能力と関わった生き方をするべきではない。
だが……今の俺に、この力は不可欠だ。
まだ俺には、未来を選り好みできるほどの実力がない。




