05「平和に潜む獣の思惑」
ミュアと模擬戦をした翌日。
いつも通り、王立ヘイリア学園へと向かった俺は、ミュアに言われた忠告を思い出していた。
「……頭が痛い」
昨晩はひたすら悩んでいたため寝不足だ。
ひょっとしたら目元に隈ができているかもしれない。
俺の能力について、ミュアに相談したのは正解だった。
彼女のおかげで、俺は「良い情報」と「悪い情報」を知ることができた。
まずは前者。即ち、良い情報について。
どうやら俺が持つ王の力は――殺気に呼応して生じるものではないらしい。吸血鬼領で王の力を発揮した時、俺の脳内はきっと殺意で埋め尽くされていた。もしそれが王の力を発動する条件なのだとしたら、この力がどれだけ凄惨で危険なものなのか、想像に難くない。
どうやら王の力は、感情の昂りによって生じるものらしい。
つまり興奮することが条件と言ってもいいだろう。殺意はあくまで、そのうちの一つに過ぎない。――吸血鬼領での件は、クレナを守りたいという感情が起因して、王の力が発動したと思いたい。
次に後者。即ち、悪い情報について。
単純ゆえに頭を抱えたくなるような問題だ。
要するに――俺は、亜人の王となる未来へ、着々と歩みを進めているのかもしれない。
ミュアの説明が正しければ、俺は王の力を発動する度に亜人の王へと近づいている。
『下手な輩に目を付けられると――――利用される可能性があります』
ミュアの警告が、もう何度も頭の中で反芻されている。
クレナの母、エルネーゼさんにも全く同じことを言われた。
エルネーゼさんに言われた時は「流石に考えすぎだ」と楽観的に捉えていたが、素質系の先達であるミュアにも同じことを言われた以上、考えを改めざるを得ない。
この先、俺は誰かに利用される危険がある。
いや、もしかすると――既に利用されている可能性もあるのか?
「……どうすればいいんだ」
「何のことだい?」
「うおっ」
溜息を吐いた俺の傍に、いつのまにか友人のエディが立っていた。
背が低く、華奢な体型の男子生徒である。薄い金色の髪はサラサラで、男にしては長く肩まで伸びている。更に女顔であるため、正直言って男子用の制服を身につけていないと少女にしか見えない。
そんな、一部男子の間では「学校一可愛い男子生徒」というわけのわからない評価をつけられているエディは、曇りなき眼で俺の様子を窺っていた。
「別に、何でもない」
「ふーん。まあいいや。早く購買行かないと混んじゃうよ?」
「……ああ、もう昼休みなのか」
授業中もずっと、今後の身の振り方について悩んでいたため、学園が昼休みを迎えたことに気づいていなかった。
「ライオスは?」
「先に購買に向かってる。ライオスは、ほら、コロッケパンを食べないと生きていけないから」
「ああ……うちのコロッケパン、なんであんなに人気なんだろうな」
購買で売っているコロッケパンは男女問わず大人気のメニューである。すぐに売り切れるため、あれが欲しいなら昼休みが始まると同時に購買へ向かわなければ間に合わない。
エディと二人で購買に向かい、適当にパンを買う。
今日は教室を出るのがいつもより遅かったため、殆どのパンが売り切れていた。
「ライオス、お待たせ。コロッケパン買えた?」
「おう。――やらねぇぞ?」
「そんな警戒しなくても、奪うつもりはないよ」
エディとライオスのやり取りを聞きながら、俺はライオスが取っていた中庭のベンチへと腰掛ける。エディもすぐ隣に腰を下ろした。
いつも通りの、退屈ゆえに平和な一時だった。
吸血鬼領から帰ってきてからというもの、俺はこの平穏な一時に心が安らぐことを実感していた。やはり平和が一番だ。勿論、ミュアの紐とならないためにも、ギルドで依頼を受けて魔物を狩ることは今後も続けていくが、王の力だの、利用するだのされるだのといった問題は、正直もう懲り懲りである。
「そういやぁ、そろそろ夏休みだな」
ライオスが呟く。
すっかり忘れていたが、学園は後一週間ほどで夏休みを迎える。
クレナが転入してきたのが五月の末辺りで、吸血鬼領へ足を運んだのが六月頭だ。あの激動の日々が俺の時間感覚を狂わせたらしい。
「ライオスは何か予定あるの?」
「いや、何も。エディは?」
「僕も何もないね。ケイルは?」
エディの問いに、暫し考える。
だが、頭の中に予定は一切浮かんでこなかった。
「俺も、何もない」
「ま、そんなもんか……」
ライオスが気の抜けた相槌を打った。
長期休暇を前に胸躍らせるのは極一部の者のみである。少なくとも俺に夏休みの予定は一切ない。きっと大して意味のない、退屈な日々を送ることになるのだろう。
「話変わるけど。ケイルって最近、クレナさんと良く一緒に帰るよね」
エディの言葉に、俺はパンを咀嚼しながら頭を働かせた。
さて、どう答えるべきか――。
「クレナさんだけじゃねぇぞ。こいつ、最近アイナさんとも仲良いんだ」
「え、そうなの?」
ライオスの苛立ちを露わにした言葉に、エディが反応を示した。
「俺は見たんだ。……こいつ、この前クレナさんとアイナさんに挟まれながら下校していやがった。両手に花か? おぉ? 喧嘩売ってんのか? あぁん?」
「いや、それは、その……」
確かに最近は放課後、三人でギルドへと直行しているため、毎日一緒に帰っている。
別にそれ自体を説明するのは問題ないが、深掘りされると困ることになる。なにせギルドで依頼を受けているのは「吸血鬼のノウン」であって、俺ではないのだ。これは俺の能力である【素質系・王】に関わる問題であるため、できれば人に知られたくない。
人間がギルドに登録する条件は、「能力を使いこなせること」だ。
これを証明するには、俺の能力についてある程度ギルドに開示する必要がある。【素質系・眷属】という偽った能力で登録することも考えたが……どちらにせよ亜人から何かしらのアプローチがかかりそうな気がしてならない力だ。ミュアは家族であるため距離感が近く、変に勘ぐられるくらいならという思いで偽った能力を伝えているが、不特定多数にはその偽った能力すら知られたくない。下手に注目を浴びても困るため、俺は引き続き「吸血鬼のノウン」としてギルドで活動すると決めた。
また、クレナの活動名「アン」についても継続することにした。
ギルフォードの件は終わったが、帝国がクレナの血を狙っている件についてはまだ何も終わってないからだ。
現在、帝国の問題についてはクレナの母、エルネーゼさんが解決を試みている。
一人娘に手を出されたのが相当、腹立たしかったようで、この件に関しては一任して欲しいと言われたが……まだ解決したという報告はない。一先ず、クレナは帝国の件が片付くまではできるだけ個人情報を隠した方がいいだろう。
と、まあ――色々と複雑な事情が絡み合っているため、とにかく二人にはギルドについてあまり突っ込まれたくない。
言い訳を……言い訳を考えるんだ……!
昨晩からずっと頭を酷使している。何か適当な冗談でも言って話題を逸らすか――なんて考えていると、視界の片隅に、見知った二人の少女が映った。
「あ、ケイル君だ! やっほー!」
「……やっほー」
噂をすれば本人が。
満面の笑みを浮かべて手を振るクレナと、いつも通りの無表情でこちらを見つめるアイナの二人がそこにいた。
そのまま挨拶だけで通り過ぎてくれれば良かったのに、二人は俺のもとへと歩み寄った。
タイミングを考えて欲しい。ライオスの目を見てくれ……殺意が漲っている。
「あ、えーっと、二人はケイル君の友人だよね。確かエディ君と――」
「どうも」
エディが苦笑しながら会釈する。
クレナは次に、ライオスの方を見た。
「――ライオス君だよね?」
「おっひゅ」
クレナに名を呼ばれたライオスが、変な声を漏らした。
「そ、そうです! その、はい! 覚えていただき光栄です!」
直立し、姿勢を正したライオスが声を張り上げて言う。
クレナは「あはは」と苦笑いしながら、そんなライオスの奇行を無視した。
元々、転入してきた時点でクレナは男子生徒から人気を集めていた。吸血鬼領から帰ってきても、その人気が下火になることはなく、今ではクレナ自身がそうした状況に慣れつつあるようだ。
「うーん、やっぱりいつ見ても……女の子にしか見えない」
クレナがエディの方を見て言った。
「あはは……クレナさん、怒るよ?」
「ひっ、ごめんなさい!」
エディの怒気を感じたのか、クレナは素早く謝罪した。
エディに「女っぽい」は禁句である。入学したての頃、エディはよく今のようにからかわれており、その度に静かな怒りを燃やしていた。俺とライオスは良く知っていることだが、先月入学したばかりのクレナは知らなかったのだろう。
「と、ところでその、三人とも購買なの?」
多分、話題を逸らすためでもあるのだろう。
隣のベンチに腰かけたクレナが、俺たちの持つパンを見て訊いた。
「……まあな。そういうクレナとアイナは弁当か」
「うん。どっちも自炊だよー?」
クレナが自慢気に言う。
二人はどちらも料理が得意らしい。クレナの弁当は肉と野菜がバランス良く入っており、見た目も色鮮やかだ。対しアイナの弁当は肉の割合が多く、全体的にボリューム感のある内容だった。クレナの方が女の子らしいが、男子的には後者の方が食欲をそそる。
「どちらも美味そうだな」
「えへへ」
クレナが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ケイルは、いつも購買?」
不意にアイナが訊いてきた。
「ああ。偶にミュア……妹が作ってくれることもあるが、基本的には購買で済ませてる。正直、飽きてきたけど……仕方ないな」
ミュアはギルドの用事で大体、家を空けている。
俺も料理が苦手というわけではないが、やはり昼食を作るのは面倒だ。購買を利用しているのは手間を省くためと言ってもいい。
「あ、あのさ、ケイル君」
クレナが視線を左右に揺らしながら、声をかけてくる。
「もしよければ――」
「ケイル。これからは私が弁当を作る」
クレナの言葉を遮るように、アイナが提案した。
まずどちらに反応すればいいのか。……硬直するクレナを一瞥してから、取り敢えずアイナの提案に対応する。
「いや、作るって言われても……え、いいのか?」
「一人分も二人分も大して変わらない」
唐突な提案だったが、俺にとっては好都合なことしかない。
購買のパンに飽きていたのは事実だ。それに実を言うと、アイナの弁当を見て食欲がそそられていたのも事実だ。
「じゃあ、頼んでいいか……?」
「任せて。今のうちにケイルの好みとかも知っておきたかったし、丁度良いわ」
そう言って、アイナは食事を再開した。
相変わらずマイペースな性格をしている。俺はともかく、全員が彼女のこういう性格に慣れているわけではない。
苦笑するエディ。唖然とするライオス。
そして、クレナは――頬を真っ赤に染めて、プルプルと震えていた。
「――ケイル君の馬鹿! あほ!! 【素質系・たらし】!!」
「おい最後の!?」
とんでもなく失礼なことを言い放って、クレナは走り去っていった。




